第110話期待と不安

12月尾張末森城:鷹司義信視点


 信長を家臣に招くか悩みに悩んだ。

 

 この戦国の世では、一度敵対した人間でも有能であれば、許して重用する度量が必要な側面がある。


 飯富虎昌ですら信虎爺ちゃんに叛いて戦ってるし、毛利元就も井上一族を許している、大切なのはリスク対効果というかリスク管理だろう。


 信長を招いたことで得られる利と、そのことで生じる危険と家臣団内の軋轢の問題。


 まあ調略や裏切りで、国衆や地侍が右往左往するのはよくあることだ。


 一度鷹司に付きながら信長の下に行き、再度の寝返りで鷹司に降伏臣従した三河の国衆や地侍も、城地召し上げの上で近衛府出仕させているから、信長を城地召し上げ捨扶持支給で召し抱えても大丈夫だろう。


 どれだけ追い詰めれても、信長は降伏臣従しないかもしれないし、有能でいつ裏切るかわからない信長を側近にして、俺の神経が持つかも分からない。


 信長の性格やエピソードを出来る限り思い出し、それに基づいての調略と今後の登用法も、自分なりに決意した。


 だがもし俺の政権構想が信長の理想と違ったら、謀叛するんだろうな。


「フロイスが書き残している信長」

正義感と慈悲に関係あることは喜んで実行する男。

傲慢で神をも恐れぬ人物で、名誉を重んじることこの上なし。

決断を内に秘め、軽々しく外に表すことがなく、戦術も巧みである。

戦術を立てる際に部下の進言を聞き入れることは滅多にない。

長身、痩躯で、髭は少なく、声は甲高い、常に武技を好み粗野、酒をほとんど嗜まない。


 

「信長の性格を思わせるエピソード」

「山中の猿」の様に身障者に優しい。

大蛇がいると言う池に自ら飛び込み確かめた。

身分にはこだわらない性格。

「お主の両親は心配していないのか」とフロイスの両親を気遣う一面。

秀吉とねねの夫婦喧嘩を仲裁し、その際の手紙のやり取りで秀吉と遊んだ。

光秀を助けるために少数で大軍に突撃した。

怠け者が大嫌いで、信長の留守に町に遊びに出た女中を皆殺しにした。

女色・酒色に浸り世俗の欲にまみれた僧を皆殺しにした。

庶民と一緒に踊ったり、その汗を拭いてあげたりした。

献上された奴隷黒人の黒さが信じられず、実際に洗わせ後に侍に取り立てた。

相撲好きで有名、1500人の腕自慢を集めて相撲大会開催した。

馬に乗るときに、片足を馬の背に乗せる癖があった

娘が大好きでデレデレの親ばか。

ほぼ全ての他人を「貴様」と呼んだ

地球が丸いことを理解できた。

礼儀正しい人物だった(多門院英秀の言葉より)

盂蘭盆会(うらぼんえ)の時、無数の提灯で安土城天守を闇夜に浮かび上がらせた。

庶民に安土城城内を見学させて、自分で料金100文を徴収した。

話をする際には、冗漫や長い前置きを嫌った。

宗教論争の討論会を開催した(天台宗対キリスト教)(浄土宗対法華宗)

迷信やインチキが大嫌いで、インチキ詐欺僧侶・無辺は死罪にしたが、そいつを利用して石馬寺御堂の雨漏りを直そうとした栄螺坊は許して銀三十枚与えた。






12月尾張清州城:真田将曹幸隆視点


 参ったな、行き成り従七位下・将曹に任じられるとは思いもしなかった。


 しかも追い込まれた信長に対する、降伏臣従の使者を任されるとはな。


 鷹司卿がそれだけ信長の能力を高く買っているのだろうが、ここで許すより滅ぼす方が簡単だと思うのだが?


 許す振りをして誘い出して殺せば、御名に傷がつくのは明白だから、本当に許されるのだろうな。


 しかし俺が上座か。


 まあ今の信長はまだ無官だから、直前に任じられたとは言え、従七位下・将曹で左近衛大将の正使の俺が上座は当然なのだろうが、一時は尾張一国と三河の過半を支配した信長を下座に控えさせるとは、矢張り勝ち組に乗る事が大切だな。


「織田信長でございます」


 噂通りの長身痩躯だな、だが入ってきた時の立ち居振る舞いから、鍛え上げているのはわかる。


 能面のような表情からは、何一つ感情が読み取れないな。


 本来なら会話を重ねて、相手の為人(ひととなり)を探るのも役目なのだが、今回は卿からの厳命があるから、それを守らねばならん。


「信長殿には鷹司卿よりの御預した言伝がある、一言一句違えず伝えたい故、人払いをして頂きたい」


 さて、これで極秘の内容が含まれていることくらいは察するだろう、察することができなければ愚か者で、鷹司卿の眼が狂っていた事になるが?


「政秀・長秀、部屋を出ておれ」


 部屋の外で盗み聞ぎしていないか確かめないとな。


「御免」


 俺は障子を開けて周囲の気配を探り、十分注意を払ったうえで話す決断をした。


「鷹司卿の御言葉である『今上帝の下で天下を新しい形で纏めていく、応仁の乱のような戦を二度と起こさないような新しい仕組みを作る。信長には溢れる才気と構想があるだろう、だがそれ故に領地も戦力も与えることはできない。軍師として張良のように仕えよ、直談判に末森城まで参れ』以上である」


 しかし何という評価だ!?


 才能が有りすぎるから、家臣に加えるが領地も戦力も与えないとは!


 しかも張良を比較に出すということは、卿は自分を劉邦に比しておられるのか?


 だが今上帝の下でと言われておられるから、皇位の簒奪は考えておられない。


 今までの行いも、微塵も皇位を簒奪するような素振りは無い。


 いや、今考えるは信長の事だな。


 信長を張良に例えられたのなら、これから信長が幾ら功名を立てても、権能と名誉は与えても領地は与えないと宣言されたことになる。


 これでよく降伏臣従せよと使者を出したものだ。


 それに深く考えれば、天下の為には劉邦のように、功臣も処罰すると宣言されたことになる。


 一番の問題は、俺が使者に選ばれたということだ。


 このような書き残すこともできないような大事を託されたのは名誉だ、だが同時に釘を刺されたのだ。


 どれほどの功名を立てようとも、褒美には上限があるから、それ以上を望めば天下の為に誅すると。


 俺に天下を左右するほどの才が有ると認めて下さったのは有り難いが、これからの身の処し方が難しくなった。


「鷹司卿と直に御話したい、案内願えますか?」


 噂通り家臣にも諮らず即断即決だな、これなら秘事の漏えいの心配もないだろう。


「案内いたそう」






12月末森城への途上:織田信長視点


 さて、鷹司卿とはどう言う男なのか?


 使者の口上は興味深いが、それを卿自身が考えたものなのか?


 それとも家臣が授けたものなのか?


 それによって、俺の身の処し方は変わってくる。


 真実を確かめなければ、正しい行動など取れん。


 それにしても俺も随分評価されたものよ!


 三好や大内とどう話をつけて、倭寇の船を尾張まで辿り着かせたかは分からんが、張良の例え話を考えれば、卿の構想に三好や大内のような大国を残すことは無い。


 俺が三好や大内にこの話を持ち込めば、三好が六角・一向衆と手を結び、鷹司を攻める事もあり得るのだから。


 まあ三好も大内も鷹司卿も、互いの言う事など信じていないだろうが。


 しかし、今上帝の下で作る新たな仕組みとはどういうものだ?


 後醍醐天皇の建武の新政などとも思えぬ、自らは鎮守府大将軍となり、足利に征夷大将軍を与えて天下を二分するなど、応仁の乱を再来するだけの愚策としか思えん。


 いや、下手をすれば、南北朝のような騒乱すら起こしかねない。


 今の卿の力なら、中途半端に和議を結ぶより、全ての大名を攻め滅ぼしたほうが、新たな天下を築けるだろう。


 少なくとも公方と名乗る者は、全て攻め滅ぼすべきだろう。


 だがまあ敵対する今の我には、言えぬことも多いのだろうが、兎に角直に会って、真実を確かめねばならん。






12月末森城の鷹司義信と織田信長:鷹司義信視点


 さて、信長との直談判に持ち込むことは出来たが、流石に1対1で話すほどの根性は無いし、愚かでもない。


 黒影と嬢子軍所属の娘の他にも、俺には常に側にいてくれる狼たちがいる。


 噂には聞いていたかもしれないが、狼を侍らす俺の姿に、流石の信長も驚愕していた。


 信長は馬鹿が嫌いだったから、言葉を選ばないとな。


「聞きたいことは?」


「三好はどうされる?」


 信長も三好が一番の大敵と思っているのだな。


「今上帝に従い、天下の安寧を守るなら残す」


「本気でそうなると思っているのですか?」


 三好が素直に俺の命には従わないと思っているのだろうな、確かにそうなるだろうな、今の三好の領地を俺が認めない限り、戦いを仕掛けてくるだろう。


「ならぬだろうな、三好から攻めてくるだろう」


「攻めてこなければどうされます? 卿が亡くなるまで我慢するかもせれませんぞ。いや、それぞれの当主が亡くなれば、天下騒乱は必然でしょう」


 史実で知っている信長にしては、随分話をしてくれるな。


 我慢して会話しているのか、興味を持ってくれているのかどっちだろう?


 確かに信長の言う通り、三好も大内も不利な間は雌伏して、力を蓄え相手の衰えを待って攻め込んでくるだろう。


「関東東国を平らげたら、国替えを行う」


「どのように?」

 

「三好兄弟の領地を分割して遠国に離す」


「素直に聞かねば?」


 まあ確かに三好が素直に受けるはずはないな。


「攻め滅ぼす」


「今上帝を奉じたら?」


 三好が今上帝を確保し、人質にした場合の対応を確認しているのだな。


「その前に御所を確保する」

 

「今すぐ奉じたら」


「御所は近衛府軍が1万の兵で護っているから、例え三好が攻め込んで来ても直ぐには落ちぬ。清州城と河内には抑えの兵を置き、全軍を率いて山城に攻め込む」


「勝てますか?」


「まだ使っていない武器と策がある、敵対する者は攻め滅ぼす」


「信義に悖ることになってもですか?」


 三好や大内との盟約を破る決意があるのか聞いているのだな。


「領地を削るわけではない、天下を騒がせないように分けるだけだ」


「褒美はどうします?」


 功臣に対する褒美に切り込んできたな。


 張良を例えに出したから、劉邦が韓信・彭越・英布を粛正したように、俺が家臣をどう扱うか知りたいのだな。


「官位と名誉を与え領地は制限する。極力扶持で褒美を与えて、領地は直轄化する。更に蝦夷地を切り取り、天下を倍にする。蝦夷地も新しく取り入れた穀物を栽培すれば、十分領地として与えられる。しかし天下の平安の為に、一門一家譜代を分家させ直臣化する」


「足利はどうされます?」


 今度は俺と三好の密約を突いて来たな。


「滅ぼす。公方と管領は滅ぼして、三好に名誉を与える」


「では平島公方の征夷大将軍は認めないのですね?」

 

「三好が望むなら認める、だが三好が本当に望むものを与える」


「三好が本当に望むものは何です?」


「三好家の先代である元長が、主人である細川晴元に裏切られ、自害に追い込まれたうえに領地も奪われている。細川晴元と本願寺顕如の首、それと朝廷からの阿波・淡路・摂津国司職の官位で話をつける」


「それで納得しますか?」


「納得できぬと言うなら、天下の為に攻め滅ぼす」


「大名に与える石高の最高を、どれ位に見積もられているのですか?」


 謀叛を起こされず、それでいて功臣や降臣が納得する石高が知りたいんだな。


「10万石が限度だろう。」


「武田本家はどうするんです?」


「鷹司が統合する」


 徹底的に話し合った、そして500貫で軍師として召し抱えた。


 信長がここに来た時点で、死ぬか家臣に成るかの2択だった。


 敵や味方に知られたくない事も話すのだから、家臣にならねば殺すしかない。


 信長もそんな事は先刻承知だろうし、一旦は下ったが、俺に心服している訳では無いだろう。


 当然色々と調略したり縁を重ねて、俺に対する下剋上の準備は怠らないだろう。


 闇影に常に警戒させて、必要となれば殺さねばならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る