第58話衛生管理・戦略構想・年末棚卸

10月信濃諏訪城の北二之郭:義信視点


「婿殿、娘が妊娠したとは真に芽出度(めでた)い、重畳(ちょうじょう)重畳(ちょうじょう)」


「はい、うれしき事なれど心配でもあります。できる限り労(いた)わってやりたいと思っています」


「適当な公家の娘を世話に上げようと思うが、よいかの? 婿殿」


「義父上のお気持は嬉しいのですが、幼き頃より疫病神対策に鍛え上げた奥女中衆がおります。ですから下手な公家娘が入ると、逆効果となってしまいます」


「ほう、そのような奥女中をお持ちなのか?」


「相手は神ゆえ、絶対の技ではございませんが、かなりの強者(つわもの)たちです」


「どのような技なのじゃ?」


 さすがに飯綱の法を学ぶほどの酔狂(すいきょう)な方、興味津々だな。


「九条簾中の使う適度な大きさの道具は、全て煮立てます。これによって、疫病神が近寄れぬ清浄を保ちます」


 まあ煮沸消毒なんだが。


「ほう! だが煮立てられぬ大きさのものや、そもそも煮立てられぬ質の物は、どうするのじゃ?」


「このお神酒(みき)で清めます」


 俺は高濃度蒸留酒を取り出した。


「これは特別な手順を繰り返したお神酒です。これにも、疫病神が近寄れぬ清浄を保つ力があります。ですがこのお神酒を上手(うま)く扱うには、熟練の技が必要となり、下手(へた)な者が扱うと力を失ってしまいます。ですから義父上のお気持は嬉しいのですが、公家衆の娘御が奥に入るのは逆効果となります」


 このお神酒は蒸留を繰り返し、アルコール度数を飲料販売用の40度程度から、消毒用の80度程度まで濃縮したものだ。これで九条簾中の周囲にある物を、全てアルコール消毒する。そして毎日入浴してももらって、糠袋(ぬかぶくろ)を使って身体を清潔に保つ。


 俺の知識と能力でできるのは、しょせんこの程度だ。明国と蝦夷からの食料輸入が軌道に乗り、魚肥による綿花と菜種栽培が順調なら、封印していた石鹸を生産しよう。


 正直九条簾中とお腹の子供のために、2人の分だけ石鹸を作ろうか迷った。だが俺の不完全な良心回路が、それを許してくれなかった。難儀な性格に生まれ育ったもんだ。


「そうか、ならば公家の娘を奥に入れるのは諦めよう。娘と腹の子が一番大切だからの!」


「御希望に添えず申し訳ありません」






10月信濃諏訪城の主郭:義信視点


 さて、九条簾中の懐妊は嬉しい限りなのだが、九条の輿入れで、今川と北条の三国同盟が破綻の危機に瀕(ひん)している。


 俺と氏真と新九郎(氏康長男)と言う、3家嫡男による三角婚姻同盟が不可能になったからだ。


 武田の娘が北条の妻になる。

 北条の娘が今川の妻となる。

 今川の娘が武田の妻となる。


 早い話が、正妻と言う名の人質を出し合っているのだ。だが本当に大切な所は、次代の3家当主が従兄弟(いとこ)同士という、濃い血縁で繋がると言う話だ。


 親子兄弟でも争う戦国ではあるが、それでも一応背後に安心感があり、敵対する国境を限定して、出兵できるはずだった。


 だが今回の九条との婚姻は、その同盟話を武田が反故にしたと取られている。まだ交渉段階だったとはいえ、同盟話が出る前の状態に戻っただけと言う訳にはいかない。重臣たちが進めていた話を取り止め、今川家と北条家だけではなく、武田家重臣の面子(めんつ)も潰したのだ。


 それに1番問題なのは、俺がいまだに、できれば3国同盟の可能性を残したいと思っている事だ。


 戦略戦術を1つに絞ってしまうと、想定外の事が起った時に、絞った戦略戦術が脆(もろ)く破綻してしまう事がある。


 だからあらゆる可能性を考慮して、相互の手筋を読まないといけない。多くの可能性を残すために、俺から三国同盟を破断にしたくない。だが何も決断しないわけにもいかない。能力の限りを尽くして、あらゆる手筋を読んで行動する。


 今川家を主に構想するならば、信虎爺ちゃん・定恵院伯母さん・叔父さんたちを、今川家に人質として出しているようなものだ。さらに俺と氏真は従兄弟(いとこ)なのだが、信玄なら必要とあればそんな事は歯牙にもかけず、駿河と遠江に侵攻するだろう。


 だが俺が想定している、今後の調略戦術を考えるなら、信義を失うことは不利となる。


 北条家が相手ならば、全面戦争になっても信義を失うことはない。だが北条殲滅後に、関東を制圧するためには、関東公方と関東管領と戦う事は必定だ。関東公方や関東管領を滅ぼせば、俺は信義を失う事になるだろう。


 日本統一を決意した以上、汚い手でも使う覚悟はした。だが汚い手を使う事で、敵対する大名や国衆を増やしてしまったら、そんな行動は愚かでしかない。この時代の名誉や忠誠を言い訳できる範囲で、偽善的に戦を仕掛ける方が、敵を作らなくて済むだろう。


 そう考えるならば、我が武田家と今川家と北条家との同盟は、できる限り締結の努力を続けなければならない。九条家と鷹司家に、適齢の姫や嫡男がいれば、四角同盟とか五角同盟も考えられるのだろうか?


 それはさすがに複雑すぎるだろうか?


 いや、武田家からはそんな提案を行わず、疑心暗鬼のまま同盟交渉を続けさせるか?


 それにもし今川家から攻め込んで来てくれれば、俺にとっては儲けものだ。今ならまだ鉄砲一斉斉射の、面制圧射撃が有効だ。射撃を受けた今川家の軍馬は、射撃の轟音で暴れ出して戦いどころではなくなるはずだ!


 これは北条も同様だが、北条は関東管領を討滅するのが最優先で、武田に攻め込んで来る可能性は限りなく低い。


 例え今川家と北条家が同盟しても、今川家と北条家は武田に備えながら戦うから、勢力拡大が史実より難しくなるだろう。


 一方我が武田家は、信玄が躑躅城で睨みを利かせてくれているから、俺が安心して外征に専念できる。


 安心できないのは、新しく勢力圏に組み込んだ越後と陸奥の山之内一族だ。さらに心配なのは、出羽の大宝寺と小野寺一族だ。だがこれは想定内の事で、繰り返し大軍で巡回すれば済むことだ。それに徐々に、婿養子政策と当主交代を進めていけば安定するだろう。


 まずは来春早々の佐渡侵攻だ!


 次に考えるべきは、朝廷の官位官職と足利幕府での役職だ。今上帝を奉じて討幕を決意した以上、幕府の役職を受けていては、後々そしられる可能性がある。だから守護職は全て信玄に受け持ってもらい、俺は国司職を今上帝から頂く形にしよう。


 鷹司実信と三条公之が一国守護と成り、内親王殿下に降嫁をしていただく話は、国司職に変わると、京に戻っている秋山虎繁を筆頭とした家司たちに伝えさせよう。


「現時点の武田一門官位官職」

武田信玄 :従四位上:大膳大夫兼甲斐守

     :足利幕府:礼式奉行・国持衆・甲斐・信濃・飛騨守護

武田信繁 :従五位下:大膳権大亮

     :足利幕府:越中守護代

武田信廉 :正六位下:左馬助

     :足利幕府:越後守護代(長尾為景が魚沼郡分郡守護代)

姉小路信綱:従六位下:飛騨国司

     :足利幕府:飛騨守護代


鷹司義信 :従二位 :権中納言・左近衛大将

     :足利幕府:国持衆・越中・越後守護

鷹司実信 :正四位下:左近衛権中将

三条公之 :従四位上:右近衛権中将


 周辺諸国ではないが、バタフライ効果で考慮しておかないといけないのは、中国の大内家だった。大寧寺の変が起きていないのだ。これは俺にとって大変大きい、なぜなら難敵の毛利元就の頭が、大内家に抑えられたままなのだ!


 戦う相手としては、大内嘉隆や陶隆房の方が、毛利元就より遥(はる)かに組し易い!


 なぜクーデターが起きていないかと言うと、公家たちがほとんど伊那に下向しているからだ。公家たちが大内を頼って周防に下向しておらず、大内嘉隆の公家偏重が少なかったのだ。


 それと武田家の快進撃に、大内嘉隆が触発されていた。さらに大内義尊と亀鶴丸の誕生で、大内嘉隆は軍務政務へ意欲を多少取り戻していたのだ。


 これによって、陶隆房を筆頭とする武功派評定衆は、クーデターの理由付けができなかった。その事によって武功派評定衆は、辛うじて決起を思い止まっていた。


 この大内嘉隆健在は、別のバタフライ効果も生んでいた。1つは大内家の日明勘合貿易が続いている事で、それに関係して大内家の倭寇取り締まりも継続されている事だ。


 この影響によって、大内家勢力圏の瀬戸内海を中心とした日本人倭寇は、殲滅されるか日本海側の尼子勢力圏に移動した。同時に明国人が倭寇に偽装した偽倭寇が、日本海航路を使って武田家勢力圏の越中や越後まで、積極的に来航することになっている。


 また日明勘合貿易が続いている事で、史実で起こった銭不足がまだ起っていない。武田家に銭が蓄積されたせいで、大内家が勘合貿易で手に入れる銭は付加価値が大きかった。勘合貿易を続ける大内嘉隆は、銭の力で陶隆房をはじめとする国衆の力を押さえることができるのか?


 この辺も手筋として考慮しておくべき事だろう!


 ここで甲斐武田家以外の、他の武田一族の状況も考慮しておこう。若狭武田家の第7代当主、武田信豊の影響力が史実より大きくなっている。


 俺の細川晴元伯父さんへの支援金が、兵と兵糧を集める際に若狭に流れ込んでいるからだ。確かに史実通り、三好長慶との戦いに敗れて有力武将を失っている。


 だが嫡男の武田信統に、12代将軍足利義晴の娘を正室に迎え、偏諱も賜り義統と改名させている。そして戦力の立て直しに成功している。


 同じ武田一門による若狭沿岸の安定は、俺の日本海航路貿易の安定繁栄には欠かせない。だから今後も細川晴元伯父さんを通して、支援を続けないといけない存在だ。


 もう1つは安芸武田家だが、1541年に8代当主の武田光和が急死している。その後は妾腹の武田宗慶ではなく、安芸郡分郡守護を兼任していた、若狭武田家から武田信豊の弟である、武田信実が第9代当主に迎えられていた。


 だが大内家との和睦内容を家中で統一できず、品川一党が香川家の居城八木城を攻撃すると言う、家臣同士の内紛を生じさせてしまった。


 この時に武田信実は、情けなくも佐東銀山城を捨てて、出雲に逃亡してしまった。出雲で尼子詮久に救援を求めた事で、第2次佐東銀山城の戦いが発生した。だがこの戦いにも敗れた武田信実は、吉田郡山城の戦いで敗れた尼子詮久と共に、再度出雲に逃げている。


 残された安芸武田家は、武田光和恩顧の家臣である八木城主の香川光景が、安芸国内を探し回り武田宗慶を保護した。


 香川光景は、何としてでも武田宗慶を安芸武田家の当主に据えるべく、毛利元就に助勢を願ったようだ。最初は毛利元就も、武田宗慶を安芸武田家の当主すると約束していたようだが、今はその約束を反故(ほご)にして、武田宗慶を自分の影武者に使っているようだ。


 俺が1番に考えるべきは、日本海航路を繁栄させて、甲斐武田家の力を高めることだ!


 尼子に保護されている、若狭武田縁の武田信実を支援するべきか?


 それとも武田光和の実子である、武田宗慶を支援するべきか?


 それに日本海航路の安定繁栄は大切だが、山陰沿岸で尼子が力を持ちすぎるのも面白くない。


 毛利元就を暗殺してくれるなら、武田宗慶に安芸一国呉れてやっても御釣りがくるのだが、これは欲張り過ぎだろう。


 だが安芸郡は、武田家が代々分郡守護を務めてきたのだ。大内家や尼子家はもちろん、毛利元就の好きにさせたくはない。最終的にどう言う戦略戦術を取る事になるかは分からないが、武田宗慶と連絡を取っておこう。


 同じ武田家の俺になら、武田宗慶も寝返りやすいだろうし。それに毛利元就に約束を反故にされたと言う、大義名分もある。あらゆる手が打てるように、下準備だけは整えておこう。


『義信直轄力』


「耕作面積・石高」

甲斐水田 :1100町(1万1000反)

甲斐畑  : 700町(7000反)

信濃伊那郡: 10万石

信濃諏訪郡:  3万石

信濃木曽郡:  1・5万石

信濃筑摩郡:  4万石

信濃水内郡:  5万石

信濃埴科郡:  2万石

信濃安曇郡:  1万石

信濃高井郡:  1万石

飛騨   :  3万石

「影響下にある国」

越中 :35万石

越後 :35万石

陸奥 :山之内一族

出羽国:大宝寺・小野寺一族


「取れ高」

玄米:25万5000石

雑穀:50万0000石


「備蓄兵糧」

玄米:55万石

麦 :90万石


「焼酎生産力」

杜氏30人

杜氏1人当たり3石甕1000個前後

30×3×1000=9万0000石

9万石×(1合卸値18文)=162万貫文


「武具」

鉄砲  :  6191丁

三間槍 :1万9000本

三間薙刀:  9000本

弓   :1万2000張

大型弩砲:   900基

打刀  :3万2000振

太刀  :1万1000振

足軽具足:3万5000個


「兵力」

足軽弓隊 :  5000兵

足軽槍隊 :1万4500兵

扶持武士団:  7300兵

騎馬隊  :  6000兵

黒鍬輜重兵:  6000兵


「牛馬」

繁殖牝馬 1633頭

訓練育成中の軍馬

0歳馬:1598頭

1歳馬:1487頭

2歳馬:1318頭

3歳馬:1254頭

4歳馬: 717頭

5歳馬: 391頭

6歳馬: 119頭


繁殖牝牛 1189頭

育成中の牛

0歳牛:1106頭

1歳牛: 914頭

2歳牛: 764頭

3歳牛: 701頭

4歳牛: 407頭

5歳牛: 161頭

6歳牛:  59頭


合戦・牛馬・武具・米麦・恩賞・裏工作費用など歳出

151万貫文


「軍資金」

使用不能な武田貨幣

金銀銅貨合計:8000万貫文

(10文黄銅貨が特に使えない・半分は信玄保有)


使用可能な精銭・永楽銭

201万貫文

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