第5話寝返り

「父上。上様は何を御考えなのですか」

「宇喜多の事か」

「はい。殿が苦心して調略したのに、それを叱責されるなど、何を考えておられるのか分かりません」

「上様は、天下の形を考えておられるのだ」

「天下の形ですか」

「上様が天下布武を成し遂げられた後の天下の形だ」

「父上が何を申しておられるか分かりません」

「宇喜多は備前と美作を領する大大名じゃ」

「はい」

「そのような者を残せば、上様の作られる幕府の害になる」

「しかし御味方すると申しております」

「上様の幕府が不利になれば、また寝返るであろう」

「では、今は味方に加え、天下が定まってから誅されればいいのではありませんか」

「上様はそのような汚い事が嫌いなのだ」

「敵対しそうな者は、正々堂々と潰すと言う事ですか」

「そうだ」

「しかしそれでは、前線で戦う者は大変でございます」

「だがそれが上様だ」

「もしかして、それが殿の」

「口にするな」

「はい。申し訳ありません」

「上様は坊主共が政に口出すことを許されぬ」

「はい」

「だが兄者にすれば、毛利を討ち果たすまでは妥協して、毛利を叩いてから、改めて坊主共を叩けばいいと思っている」

「はい」

「その思いは、佐久間様も荒木殿も同じであろう」

「それは、まさか、父上」

「だが上様の御考えも分かるのだ」

「それは何でございますか」

「父が子を殺し、子が父を殺す世の中だからそこ、敵味方をはっきりさせ、一度信じて味方した者を裏切らないと言う事だ」

「上様は、味方した者を裏切ることはないと言われるのですか」

「先に裏切らない限りはない」

「では、殿と宇喜多殿はどうなるのですか」

「上様は、朝廷に働きかけて、殿に筑前守の官職を下さり、明智殿に惟任の名を与えられ、丹羽様に惟住の名を与えられた」

「はい」

「共に九州に所縁のある官職と名前じゃ」

「はい」

「上様が御考えになられる幕府では、功臣は九州に封じられるのであろう」

「あ。では、中国や四国はどうなるのですか」

「上様の御身内が封じられるか、蔵入り地になるのであろう」

「しかし、それでは、殿や明智殿の所領はどうなるのですか」

「御召し上げになるであろうな」

「そんな。武士にとって所領と名が全てです。それに殿には切り取り勝手と申されてではありませんか」

「だから、宇喜多の調略は認められるであろう」

「まことでございますか」

「だが上様の本意ではない事を忘れてはならん」

「はい」

「兄者には上様の理想は分かっている。分かっているのに、戦に勝つために違う形を願い出ているのだ」

「それは」

「上様と兄者との間にも、戦いがあると言う事だ」

「父上」

「楓を大切にするのだ。そして小六殿との絆を大切にするのだ」

「はい」

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