70話目 白髪の少女

 ブレーメン城の3階、客間の一つに白髪の少女を寝かせた。


 淡いピンクを基調とした壁紙。白いレースのカーテン、金が縁取られた白い家具。まるでお姫様が使うような幼い少女が起きたら、喜びそうな部屋だった。この部屋はかつて女王が幼い頃、この城に遊びにきた時に泊まる部屋だったらしい。


 ただ、少女の容体はあまり良くなかった。意識はまだ回復せず、高熱を出してうなされていた。高度なエクストラヒールをかけてみたが、足の傷には効いたものの、病気そのものにはあまり効いていないようだった。何か別の要因があるのかもしれない。もしかしたら、呪いの類いかもしれないと言って、医者のエグモントが厳しい表情をして診ていた。年は7、8歳位かしら?細くて、痩せ過ぎだよね。少女が着ていた服は暑そうなので、今は薄手のワンピース型の寝巻きを着せている。


 側仕えのモリーが体を拭いたり、着替えさせたりと世話をしていた。モリーが言うにはかなり痩せていて、栄養状態が良くないのか、元々病弱なのか分からない。エグモント医師も今は弱り過ぎていて、点滴や薬の投与していても、安心は出来ないらしい。


 シルバニアは彼女の着ていた服を検分していた。



「恐らくこの少女はこの国の者ではないですね。この着ていたコートのビロードの生地やクリスタルのボタンの製法、ローゼンシルクのドレスを見ると、ブーケットからかなり離れた国〝ローゼンサンダール帝国〟の物だとわかります。ただ、其の国は今内乱が起きていて、情報が中々とれない状態です。詳しい事はダンビラス大臣に問い合わせした方が良いかも知れません。」



 シルバニアは内乱に巻き込まれた貴族の娘かもしれないと言った。

 ただ貴族の娘なのに、誰も側に付いていなかったのが気がかりだと言う。そして、白髪はかなり高貴な生まれの者の可能性があるらしい。ローゼンサンダール皇帝や親族が皆、白髪か銀髪らしいので、この少女も近しい親族かもしれないらしい。


 まぁ、何はともあれ状況を確認するにしても、早く回復して元気になってもらわないとわからない。



「所で、ローゼンサンダール帝国

 ってどんな所なの?」



 地図上でしか聞いた事はないのでよく知らないが、ほぼブーケットからみると裏側にある国らしい。


 そしてシルバニアが詳しく話してくれた。昔、皇帝の妹君の婚姻の儀に呼ばれて行った事があるらしい。スィーテニアの北半球の高緯度に位置する為、今の季節は雪や氷に覆われた国だと言う。


 地球よりスィーテニアの方が惑星の直径としてはかなり大きい。その地球の7割が海に対して、スィーテニアは8割が海である。空を飛ぶような飛行機等はあまり発達していなく、飛行船は使われる国もあるが風魔法の調節が難しく、小型な物しかない。海の上を調整をとりながら運ぶのは大変なので、この国に来るには大概は船を使う手段が有効だと推測出来る。ここは港町だしね。


 ブーケット王国がある陸地が世界最大のブーケット大陸に対して、ローゼンサンダール帝国の陸地はブーケット大陸の半分位の大きさしかない。だが半分の陸地ではあるが、いくつかの諸島も持っている。ローゼンサンダール帝国の方が人口密度が多い。ブーケット王国は山が多くて、人の住んでいない場所が多いからだろうと思われる。


 ローゼンサンダール帝国は帝国というだけあって、ローゼンサンダール皇帝が統治している国である。多神教でもあり精霊信仰までもある位、特に宗教には制限の無いブーケット王国に対して、この国は太陽の父神のみを信仰する国家らしい。中央都市に太陽の父神の大きな神殿がある。内緒にしているのなら兎も角、他の神を堂々と崇めるような信徒に対しては厳しい処罰がある。処罰の対象には重い場合は命も取られることがあるという。そんな厳しい制限のある国ではあるが、帝都のある中央都市に比べ、地方には商業都市が多く存在し、元々経済面で発達したきた国の為、多くの国との外交が盛んな国でもある。ちなみにブーケット王国とは貿易等の交渉はない。あまりにも離れているせいまというのもあるが、政治的に共通点があまりないせいか互いに積極的に関わる程のメリットもない。貿易が盛んという事で大変豊かな国でもあるが、貧富の差がとても激しい。貴族にとって豊かな国でも、平民にとっては税が高く物価も高く、政府に対する反発のせいでテロ事件も多い。そういった事情が背景にあるから、貴族第一主義の皇帝貴族院派と国全体を豊かにするべきだとする評議会院派との争いが激しくなり、中央都市ではテロも内乱も一向に収束つかない状態らしい。そういった情報はどの国でも周知の事実だった。


 つまり、いくら商業の発達した国であっても、気軽に遊びに行けるような国ではない。行けても地方の商業都市だけであるが、一般市民であれば地方都市に行けるであろうが王族の場合、地方都市に来て、帝都のある中央都市に行かないというわけにはいかない。他国の内情に関わるわけにはいかないので、この国との付き合いは国全体が落ち着いてきてから考えれば良いと思う。


 アルフとの婚姻の儀でもローゼンサンダール帝国の官僚が来たが、翌日には帰ってしまっていた。国と国の付き合いとして、最低限のマナーは守るが仲良くなろうとは思っていない感が否めない。


 ローゼンサンダール帝国にとってはブーケット王国は驚異であるが為に、敵に回すつもりはないが、警戒を解くような国でもないという所だろう。


 そんな国の高位の貴族かもしれない少女が何故この国にたった1人で、高熱で呪いの類いにさらされていたのか解らない。


 兎に角、元気になるまで必要があればこれからも保護し、助けてあげるよう話し合った。勿論、女王や重鎮に相談してからの決定にはなるだろうが。シルバニアやアルフが腕輪通信で女王とダンビラスさんに伝えた所、まずは目が覚めて状況が解ってからだろうと言われた。



 ブルーライトの西にも太陽の父神様の神殿跡地と東に緑の女神の神殿跡地がある。どちらにも白い塔があり、灯台のように光る魔石が点いていた。神殿部分は劣化して穴だらけ。今回はその修復を兼ねての旅行だった。


 まずは明日、太陽の父神の神殿に行く予定。グレンかアレキサンダーを残して、侍女たちと共に少女を見ていてもらうかなぁ。


 ふむ。妹がいるグレンの方が起きた時に対応しやすいかもしれない。アレキサンダーは良い人なんだけど真面目過ぎて、予期せぬ事態には対応出来るのか心配だもんね。


 明日の調査によっては早目に修復出来るか、その場で直せそうならやっても良いし、駄目なら時間をかけて別の日に修復させるか確認しなくてはいけない。ブルーライトには二箇所あるので、場合によっては今回は調査だけで終わる可能性もある。


 女王の命令で3月の花祭りについての会議があるので、少なくとも2週間後には王宮に戻ってないといけない。

いざとなったら、あたしとアルフだけ転移で戻れば良いけどね。



 少女の部屋を出てすぐに気配に気が付いた。ここは王宮ではないので、建物に保護シールドはない。

 護衛としてオーレンとメガエラが側にいるが、いざとなったら自分のアクセサリーが有効に働くだろうなと思う。


 自分に引きつけてどう来るか判断した方がいいだろうか?アルフは自分の部屋で明日からの神殿プロジェクトについて、シルバニアと話し合っている最中だ。あたしだけの判断で勝手に動いてもまたもやお説教が待っていて碌な事はないので、振り返ってオーレンに話しかけた。



「明日からの神殿プロジェクト、大変だろうけど、宜しくね。」



 と大きめの声を出した後、極小さい声で、話しかける。



「気が付いていて?」


「…はい。左の林の側に1人こちらを伺っている気配がありますね。どうします?俺が仕留めても良いっすよ?」


「明日、ミハイルが来るそうだから、今日は警戒しつつ様子見だね。でもこれ以上近付いてくるようなら、殺さず捕縛してくれる?」


「畏まりました。」




 翌日、神殿に行く前に少女の部屋に入ると、シルバニアがヒールではなく、光の癒し魔法をかけていた。精神的な癒しを行う時に使うもので、あのドロドロの漆黒の闇魔法に対してケルピーの森の湖の時にも使った光魔法である。


 一瞬、少女の体が虹色に輝いてから何か彼女にまとっていたものが晴れていく感じがした。呪いのたぐいにも効くのか?


 それから5分もしないうちに少女は目を覚ました。初めの内は、ぼうっと周りを眺めていたが、いきなり起き上がり震えながら、ベッドの端に体を寄せてこちらを伺った。




「……あ、あの。…ここは?」




 透明でいて、少し高めの声。ただ、弱っていたせいか、少し掠れたような弱々しい声だった。




「わたしはどうなって、……。ハ…ハイドランは?」




 周りに知り合いが居ない事に気が付いて、少女は今にも泣き出しそうに赤紫色の瞳を潤して、怯えたように顔を歪ませた。




「…ごめんね。あなた1人で高熱で倒れていたのをみつけたので、治療して保護させて貰ったの。ハイドランさんていうのはあなたの護衛の方かしら?」



 少女は声もなく、ただコクコクと頷いた。



「わたくしはハルネ・ヴィオラ・ダナン・ブーケットと申します。ここはブーケット王国のブルーライトという港町です。お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」



「…名前はミュラ。お城で爆発があって、護衛騎士のハイドランと一緒にお船に乗って逃げたの。ここは安全ですか?」



 ミュラはお城で爆発騒ぎがあって、怖い人達に殺されそうになったという。母に託されて護衛のハイドランと一緒に逃げたらしい。憶えているのは真っ赤に焼けたお城と何度も追手から襲われそうになって、ハイドランが庇って怪我をしたという事。それでも何とか追手から隠れて船に乗って、ハイドランと一緒に国からなんとか逃げ出せたという事らしい。



「港に着いてから具合が悪くなって、ハイドランに待つように言われたの。でも、気を失ったみたいで気が付いたらここだったの。」



 昨日の気配は護衛のハイドランだったのかもね。怪我していての逃亡は大変だったろうな。後で護衛の彼も保護してあげないとね。



 そこへアルフが来た。後ろには見たことの無い、銀の髪で青紫色の瞳の細くて弱々しい少年が立っていた。彼はメガエラに支えられてやっと立っているようだった。


 あれ?彼が護衛騎士のハイドラン?幾ら何でも若過ぎじゃない?年もせいぜい上に見たとしても、14、5歳位じゃない?



「ミュラ様!」



 部屋に駆け込むと心配そうにミュラのベッドの側で跪いた。



「ハイドラン!良かった。無事だったのね。」


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