69話目 港町ブルーライト

 白い砂浜、寄せる白波。

 燦々さんさんと暖かい日差しが体を癒す。


 頰をそよぐ風は潮の香りに満ちて、まるで水色のブルーハワイゼリーみたいな海水に爪先を浸す。


 あたしは南国のフルーツを絞ったジュースを飲みながら、今至福の時を楽しんでいる。


 若い癖に、末端冷え症なあたしはやや北に位置する、王都ブーケットの冬は正直きつかった。


 それに比べて、ここブルーライトのなんて温いこと…。



 天国か!!



 今しかないと、アルフとあたしはやっとの新婚旅行に港町ブルーライトに来ている。



 ブルーライトはブーケッティアの中でも南に位置する領地町で、海に面した常夏の楽園。冬とは思えないこの暖かさ。それでいて湿気がなくカラッとしているから、日差しが暑くても気にならない。日本のジメッとした夏とは違って爽やかな気候。彼方で言うと乾季のハワイみたいな感じよね。


 そしてここはシルバニアのお父上である王位継承権第三位のグレーメン公爵の管理する領地の一つ。シルバニアのお父様は結構お年なので、寒い季節は毎年癒されにこの場所へ来ているらしい。今回も実はシルバニアのお父様から誘われたのがきっかけなんだけど、前からアルフが連れて行く約束をしていたので、ようやく新婚旅行に来れたの。女王も来たかったらしいんだけど、冬は社交シーズンなので残念ながらお任せしてきてしまった。帰った後が怖いよね。


 昼間は日差しが強くて暑い。ただ夜はびっくりするぐらい気温が下がるので、気をつけないと風邪をひいちゃう。


 女王はあたしに本当はもっと王都に居て欲しがった。自分の後継であるアルフを支えるのなら、冬の社交シーズンは重要な仕事。だから社交の勉強をしろ!良い機会だから王都の事を学べ!いずれ女王が引退した後に手足になる者達を見極めろ!でなければ後で苦しむのは自分達だ!とかなりお説教されたんだよね。


 それでもアルフが引き下がらなかったら、今度は泣き落としが始まった。今まで、自由にさせてきたんだから、そろそろ助けて欲しい。わたくしを1人にしないで、とか色々言われたんだけど、新婚旅行は一生に一度の事なのだ。戦いが続いて連れて行けなかったとアルフとシルバニアに説得されて、ブルーライトにある神殿復活プロジェクトもついでに調査をする為、渋々了承してくれたの。神殿復活はブーケッティア全体を守る為の最重要課題となっているからね。神様を味方に付けたら、最強だもの。


 調査期間も決められたから、あんまりのんびりもしてられないんだけど、護衛にシルバニアとオーレンとグレンとアレキサンダー、アーミン。そして側仕えのメガエラ、モリー、ピノ。小規模でのお忍び移動。あんまりゾロゾロしても目立ってしょうがないし、まだ脅威が去ったわけじゃないから安心は出来ない。目立たず、調査しなければいけない。調査&お忍び新婚旅行なのだ。なので護衛達も一見はラフな服装で護衛している。鎧はブローチに変形させ、魔剣はブレスレットに変形させている。いざとなった時は一瞬で変形出来るらしい。まだ見た事ないけど。



 高坂とミトレスとマグノリア夫妻はジャンセン辺境伯城に行っている。ウォレット殿下の護衛と向こうの神殿の調査の為だ。


 ジョージは婚約者のソフィアとソフィアのお父様と何故か狩好きなフローディアと一緒にバニシルビアの麓の森でイエローウルク狩りに行っている。



 皆といつも一緒だったから、ちょっと寂しいな。



 あたしの腕にはアルフが作製した、あたしの体が光っちゃう現象を防ぐ魔術具を付けている。

 魔力の匂い防止のピアスも付けられた。勿論、防御や通信、位置特定の魔術具も付けている。




「明日は神殿跡地に行くからね。今日はのんびり過ごそう。」



 そういうとアルフはあたしの耳の後ろの匂いを嗅いだ。



「……残念だなぁ。魔術具のせいで、微かにしか香らない。」



 変な奴らや魔物を近付かせない為とはいえ、本当に残念だと睫毛バザバサの色っぽい憂いのある青い瞳で言うけど、自分の匂いって分からないのよね。ましてや魔力の匂いなんて無理。悪意の臭いなら解るけどね。つまり、今は魔物ホイホイは休日です!



 アルフは日焼け止めローションをあたしの膝や脹脛に塗り込み、マッサージをはじめた。当たり前のようにあたしの〝お世話〟が始まった。多分、ここまでくると、アルフの趣味だよね。目付きも真剣になってきたし。ローションの後は日焼け止めクリーム。マッサージの手付きが既にプロ。凄く気持ちが良い。ほぐされてデロデロに力が抜けていく。


 側仕えが代わろうとすると、アルフは睨みながら首を振り拒否した。



「……でも、王太子殿下にそんな事させられません。」



 おぅ!勇者の登場だよ。



事?」



 新人側仕えちゃんのピノがなおも代わろうとするとアルフは更に怖い目付きになって、魔力で威嚇いかくする。



「…春音の肌に触れて良いのは僕だけだ。王太子妃の手入れを〝そんな事〟と言うのは認識が甘いのでないのか?」



 と言って威圧するから新人側仕えちゃん達は涙目で何度も謝り、震え上がった。メガエラも溜息をつくしかなかった。仕方ないので、シルバニアがハネムーンの甘い時間の邪魔をしてはいけないよとさとして、側仕えを下がらせ自分も少し離れた場所から護衛する。


 アルフはあたしの肌に他人を触れさせる事を極端に嫌がる。側仕えのメガエラにでさえだ。同性であるとかは関係ないらしい。着替えや髪型を整える時は許すけど、お風呂や洗髪や肌の手入れなんかは絶対に許さない。更に爪切りや下着の着付けも許さない。裸の無防備な状態では他人に晒させない。アルフは子供の頃の環境があまり良い状態ではなかった。多分そのせいで、他人を信用していないのではないかと思う。たとえ味方の護衛や側仕えにさえ、心の底からは信用していない。アルフの用心深さは敵だらけの環境の中で育ってきたせいかもしれないから、あまり強くは言えないのよね。心落ち着けないと可愛そうだし。多分、今アルフが信用しているのは子供の頃からずっと側から離れなかったシルバニア、甥であるウォレット殿下、何故かアルフにだけ本音を隠せないあたしだけだと思う。女王に対しては前よりも解り合えたようだけど、残念ながら信用はしていないみたい。オーレンやジョージやマグノリア達でさえ、本音で言うと心の底からは信用していない。


 それってどんな状態だろう。少しだけ聞いた話では食べ物に毒や痺れ薬や眠り薬が入っていた事は何度もあるらしい。下着に針や魔法陣があったり、怖いのは呪いの異物だけではなく、アルフを手に入れたい者達の女の長い髪の塊が下着に縫い付けてあった事もあるらしい。それをシルバニアに聞いた時はゾッとしたよ。何ソレ怖い怖い。ホラーじゃん。


 それとアルフ自身がかなりの焼きもちやき。食事やお茶とか部屋の掃除とか衣服の管理とかは文句言わないんだけどね。あたしの世話をする事が特権か何かみたいに思っていて、食事が美味しかったから単にお礼をしただけでイラッと焼きもちを焼いたらしい。本当は護衛達に対しても、アルフの居ない時には話をして欲しくないらしい。オーレンやシルバニアにさえ目を光らせているし、色々面倒くさい事になって来ている。焼きもち焼かれるのは程々じゃないと、正直ウザい。段々、酷くなって来ている気がする。


 空気読まないオーレンが可愛い貝殻を拾ってきたから、あたしにあげると渡そうとした所、アルフがオーレンの貝殻を横からぶん取ってギュッと手の中で握って、手を開いたら粉々になってた。



「ちょっ、ひ、酷くない?」



 と言ったら、アルフはあたしを見て、ニコニコ微笑むだけ。怖っ。



 もう、アルフの愛が重過ぎて、ヤバい!!



 本当は2人だけで過ごしたかったのに、それを許されなかったかららしいんだけど、そんなの仕方ないよね。彼方の世界の時とは違うから。せめて2人だけの世界に入りたかったのに、新人側仕えちゃんやオーレンのせいで、イチャイチャが出来ず、イライラモードらしい。




「アルフ、ちょっと散歩に行きたくなったんだけど、付き合ってくれる?」



 ピリピリした空気になってきたので、気持ちを切り替えさせようと連れ出す事にした。せっかくの旅行だし、色々見て回りたい。



「勿論付き合うよ。それじゃあ、港に行く?店も沢山あるし、面白い物が見つかるといいね。」



 アルフは周りを見渡して指示した。



「護衛はシルバニアとオーレン。側仕えはメガエラ。その他は城で待機。」



「殿下。護衛が少な過ぎませんか?」



「いざとなったら、グレーメン城まで転移するから大丈夫だ。それにだな。春音や私は其方等より弱いか?」



 ぐっ…。

 言葉に詰まったアレキサンダーはこうべを垂れた。大討伐でアレキサンダー達を助けに行ったのはアルフ達だものね。



 ……よしよし。アルフは元気になってきたようだわね。



 アルフはあたしを引き寄せ、立ち上げさせると、手を繋いで歩き出した。


 おお!新婚っぽい。でもちょっと照れる。普段、王宮では手を繋がないからね。



 あたし達はヨットみたいな小型船や大型客船やタンカーみたいな大きな船を眺めた。沢山の種類の船が港に停まっていた。


 様々なカラフルな船を眺め、満足したのでお店の方に行こうとすると、ロープが結んである係船用ビットの側に寄りかかる子供がいた。こんなに暑いのに厚手のフードを深く被り、倒れ込むように眠っている。漁師の子供かしら。


 しかし、よく見るとフードはあちこち焦げたような跡があり、フードから出た子供の足が傷だらけな事に気がついた。




「いけません!……春音様。迂闊に近付いては。もしかしたら、其の者は敵の罠かもしれません。」




 シルバニアが子供に近付こうとしたあたしを止めた。




「……でも、傷だらけよ。…ならば、この者が危険かどうか確認して!」



 シルバニアが警戒しながら子供に近付いた。そっとフードを取ると、真っ白な髪が零れ落ちた。

 まだあたし達の気配に気が付かず、よく眠っているようだ。


 靴を履いておらず、足の裏は傷だらけだった。でもよく見ると、手足を見ると下町の子供のように頑丈な皮膚ではない。華奢な手のひらに傷はない。荒れているような手ではない。どう見ても労働階級の子供ではない。中に着ている服も、絹に沢山の小さな青い魔石が丸く削られ、飾られている。袖や襟のレースも複雑で豪華。常夏のブルーライトなのに長袖だし、どうしたのだろう。まさか、誘拐?




「シルバニア、この子供はどう見ても貴族の子供だ。何か事情があるのかもしれぬ。ここは其方の領地だ、直ぐに保護せよ。」




 シルバニアが子供を揺さぶり、起こそうとしたが起きず、ハッとした顔で子供の額に手をあてた。どうやら高熱で意識がない状態らしい。


 アルフは厳しい顔付きになり、思案を張り巡らせているようだ。



「仕方ない。一旦、ブレーメン城まで帰るぞ。」



「はっ!」



 其々、ブレーメン城まで転移した。

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