60話目 ブーケット国は通常営業。

 あ、あぁ。もう何度目なのかは数えていなかったが、諦めずに再度訴えた。



「だから、もう大丈夫だから。怪我も傷跡も消えたし、頭痛も問題無いよ。魔法で酔っただけなんだからさ。」



 ミトレスが俺の体をベッドから、解放してくれない。



「人間、休む時はとことん休まないとダメなんだってば。無理して後でまた倒れたらどうするのよ。かえって周りに迷惑かけちゃうんだからね。」



 それにカイトを独り占め出来るしね。うふふふふん。ここには殿下の命令も、マグ兄のうっ遠しいお誘いも無い。



 完璧だわ。



「…ミティ。もう充分休んだよ。そんなに長い事ずっと眠れるもんじゃ無いし、……俺そろそろ体を動かしたいんだけど。」



「駄目!解放したら、直ぐに今回の襲撃の検証をするつもりでしょう?……自分でやりたい気持ちも解るけど、こういう時は他の人に任せる事も必要なんだって。」



 ……。



「……分かった。わかりましたよ。無理しないから、せめてベッドから出させてくれよ。頼むよ。」



 ニコニコしたミトレスに再びベッドに押し倒されて、俺の頭を撫でる。



「麻痺魔法は使いたく無いから、ちゃんと寝ていてね♡カイト!」



 ……おかしい。ミトレスは微笑んでいるのに、このゾクゾクする不穏な感じは何だろう。


 お見舞いに来ていたオーレンさんが「大人しく、尻に敷かれておけ。」とか言って帰って行ったけど、もどかしくてしょうがないんだよな。大人しくして良いのかもしれないが、何か見落としていた事がある気がするんだよ。


 こんな寝ている場合じゃないような。確かめたいんだが。


 だから、やっぱり諦めずに訴えるしかない。




 そんな時、アルフは処理に追われていた。今回の魔族や魔物襲撃に対する、全ての処理。


 何処どこから奴らが来たのか調査報告を読みながら、魔族達はエジントラン連邦王国の使う魔方陣で、来たようだった。魔方陣に書かれている言語がエジントラン人が使うヌール語が使われていた。


 魔方陣はケルピーの沼より北西のネルドラの水草に覆われ隠された場所にもあった。東のバイカル湖は囮だったみたいで、簡易魔方陣しかなかった。勿論壊した。大地にコンクリートのような石が敷かれており、魔方陣そのものを魔法で書かれていた。こんな高度な魔法を書ける者は少ない。言語だけではなく、魔方陣の形や気配もエジントランのものだった。


 二度と来られないよう、石は文字が読めないよう破壊され、更に封印された。


 そして魔物解体報告で、魔物が誰かの手によって、飼育されていた形跡がある事が解った。


 ブルーグリズリーの耳たぶの中に牧場の牛のような、其々に個体識別番号が付けられていた。


 どうりで毛皮に艶があるワケだ。野生のブルーグリズリーには毛皮に艶がないし、密度もバラバラで荒れているはずだ。


 この倒れたブルーグリズリーは触るとフワフワで毛の密度も高く、ツヤツヤだった。


 つまりそれは魔族によって養殖され、飼育されたって事だろう。


 サイクロプスの足には靴が施され、鎖帷子を着ていた。それはつまり、管理されていたんだろうな、魔物を。そしてその魔物を魔方陣を使って、敵陣へ放たれたというわけか。



 厄介だな。



 敵は魔物を供給する術を知っている。即ちそれは今後又襲撃があった場合、戦いが長期化する可能性があるという事だろう。


 魔物は主人の命令に従っていた。


 魔物の意思疎通が図れるなんて、聞いた事がない。



 エジントラン連邦王国といえば第一王子が倒れ、今は第二王子が後を継いでいたはず。


 しかし何のために襲ってきたのか、連邦とはいえ、小国である。ブーケットとは違い、小さな島がいくつか並んでいるだけ。国土も小さく、人口も少ない異種族国家だ。それなのに、何が目的だったのか?大国のブーケットに挑んでも、勝ち目がないのは解っていた筈。まぁ、だからの分断作戦か。


 だが、例えば今回の襲撃で春音が1人であっても、本気を出せば倒せる数であった。


 騎士団、騎兵隊、シールス魔導士隊、様々なしがらみが無かったとしたら、魔族との戦いには僕達が必要だろうけど、全ての精霊に春音が命令していたら、本気になったら1人でも勝てていたであろうな。


 そんな国に対して、何故ワザワザ仕掛けてきたのか?余程の策がこの後にある予定なのか。それとも本物の阿呆なのか?


 ……。



「見つけた!!アルフ〜!」



 春音が執務室に飛び込むと、浮遊しながら、抱きついてきた。



「ブルーグリズリーの毛皮ちょっと貰っても良い?燃えてない奴、結構あったでしょ?質が良いから、作りたい物あるんだけど。」



「……春音。飛ばないで、入ってこようね。…「王室の礼儀と作法」の続きの講義、始めようか?…ん?」


 春音は着地すると、上目遣いになって。


「ごめんなさい。ついてしまって。」


 誰が上手いこと言えと?



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