第34話 [番外編]シルバニアの心のうち

 王宮で虹色オーラの王子様が生まれたらしいわよ。

 へぇ。うちの王子と同じなの?じゃあ、やっぱり美しいのでしょうね。


 ここはグレーメン公爵城。

私の名前はシルバニア・トライアングル・グレーメン。

いずれ父より、公爵の地位を受け継ぐ事になっている。


 現女王と父は従兄弟同士。

従兄弟同士といっても、父は女王より、20も歳上だ。女王の父王は私の父の母(祖母)の12歳離れた弟だったから、どちらかと言うと私の方が年が近い。私より3つ歳上なだけ。だから、子供の頃は兄弟のように遊んだ。

 同じ銀髪同士、彼女、グレースの瞳は海のように青く、僕は紫色ってだけで、顔立ちも良く似ていた。周りの大人達もよく兄弟みたいだと言っていた。


 グレースの弟は病気がちで、一緒に遊ぶ事が出来ないし、彼女の母は病弱な弟殿下ばかり構って、彼女はいつも孤独だった。


 そんな時に自分とよく似た親族が出来たのだから、それはもう喜んでくれた。彼女の得意な魔法は水や氷だったので、二人で氷で出来た秘密基地を作ったり、魔法の本について議論し合ったりと楽しい日々が続いていた。


 ある日、グレースが13歳、私が10歳の頃、二人で昔の城壁跡で探検をごっこをしていた。その時、グレースが壁に「緑の夫人」と呼ばれている、体を緑色の蔦で覆われた妖精の一種を見つけた。

 緑の夫人は常にそこに居るわけではなく、日毎に移動している。

見つけられるのも運が必要だ。彼女達は賢く、予言の力を持っている。グレースは興奮し、二人の未来を視てもらおうと言った。二人は将来の事を聞いた。すると緑の夫人は


「では、予言の代わりにお前さん達は何をくれるのかい?代償もなしで、ものを頼めるわけないだろう?」と言った。


 グレースはおやつのクッキーを差し出した。私はバターマフィンを渡した。


「ふうん。子供だしね、それ位しか持ってないだろうよ。仕方ないさね。良いだろう。視てあげよう。」


 緑の夫人はグレースの顎を掴むと「未来の女王だね。お前さんは不幸にもなるが、幸福にもなるだろう。子供も沢山授かるが、残るのは一人だけ。その子は祝福される子だ。道を間違えないようにしな。」

グレースの目がカッと開いて「そ、そんな。」というと、目を閉じた。



 次に私の顎を掴んだ。

「こりゃ、たまげた!偉く長生きな命だね。妖精の取り替えっ子の血が含まれるているね。先祖返りか、虹色のオーラを持つ子よ。あんたは全ての出来事を語り継ぐ者に、なるだろうよ。この娘の子供や伴侶、そして孫やその子供達の守り人の一人だね。お前の伴侶となるものは、ずっと先の未来になるだろう。諦めずに探せ。守り人のお礼は精霊が必ずするから、安心おし。お前達は精霊に祝福を受けるが、大きな試練も受ける。止まらずに進む事じゃ。」そう言うと、また目を閉じて蔦の一部に戻った。


 グレースが質問しようとしたが、片目だけ開けて「それ以上の事はない。質問を変えても答えは同じじゃ。心して進め。」そして、また壁の一部のような石像になってしまった。


 また、どこかに移動してしまったようだ。


 二人とも無口に押し黙った。

お互いの未来の事に、何も言えなくなった。彼女が女王になるって事は、弟殿下が亡くなってしまうという事だ。悲しい事だが、弟殿下の体は悪い。民には知らせていないが、王族であらばその病状は魔力によって解ってしまう。


「でも、私はグレースの子供達の守り人になるんだね。」

 私は比較的、明るい未来の話をした。


 グレースがやっと笑顔になった。

「うん。孫やその先の子供達の守り人にもなるんだね。すごいね。シルバニアは長生きするんだ。」


 でも、淋しそうでもあるな。ずっと先まで伴侶に出会えないらしい。今回の予言は二人とも他の者には、絶対に言わないようにしようと誓いあった。血の血判の魔法まで使って、秘密を守る事にした。


 そんな時、弟殿下が亡くなった。

 それから、王妃は何ヶ月も心を閉ざし、表には顔を出さなくなった。公式晩餐会や舞踏会、他の国の大使の公式訪問にも、王妃の代わりにグレースが対応した。そして、正式に彼女が王位継承者一位になった。


 王もグレースも王妃に寄り添おうとしたが、王妃の悲しみが大きく結局、弟殿下の喪が明けぬ内に王妃までが、後を追うように亡くなってしまった。

 グレースが15の時、王はグレースの許嫁としたのは、貴族院が推薦した男だった。

 王妃が魔導師議会側の人間だったから、今度は王立議会側の貴族院から選ばれる方が、均整がとれるとの事だった。


 頼りなげな男だった。

 こんなんでグレースを守れるのか?私は彼女を取られてしまう事に嫉妬し、憎んだ。


 彼女も不満たらたらで、「シルバニアと結婚出来たら良かったのに。そうしたら、きっと魔力の強い、綺麗な子供が出来るのにね。でも、あなたの伴侶はずっと先に出会うのよね。きっと、私はその頃には生きていないんでしょうね。」哀しげな顔で呟いた。


「その代わり、グレースの子供達は私が必ず守るから、魔法もだいぶ使えるようになったし、弓もかなり上達したんだ。きっと守るから、あなたは幸せになるんだ。」

 精一杯の強がりだった。もっと私が大人だったら、周りを説得するか、さらっていくのに。


 そして、1年後グレースは結婚した。私は未来を思い、剣術、魔法、弓、槍何でも鍛えた。

 そして、皇子を授かったという言葉を受けて、近衛兵隊に入隊した。直ぐに王より異世界の調査に行くように命令を受けた。日本の高校という学園での生活をして、異世界の文化を知る事が任務であった。全く異なる文化に、私は感銘を受けた。特に電気やガス、石油、クルマ、シンカンセンなるものには、どうやったらスィーテニアに普及出来るかと悩んだ。

 この世界では魔法は存在せず、替わりにこのような発展を遂げたのだろうと結論した。


 だが僅か二年足らずで、一度戻らねばならなかった。王が亡くなったと、ダンビラス隊長から知らせが入ったからだ。


 グレース女王の戴冠式。

 不安気な表情だった。


 彼女の子供は可愛かった。魔力も結構あるし、きっとこの子が彼女を癒すだろう。

 私は経過報告と今後も調査の継続をするか否かを確認した。

だが、彼女の夫は仕事に興味はない、そういう事は女王に確認してくれと言った。


 では、何の為に結婚したのだ!

 彼女を支えてやる気もないのか!?


 グレースは異世界の文化を知りたいと言った。父王の望みだったから、この世界を支える為に何でも知りたいと言った。

 私は再び、日本に戻った。

学校は楽しかった。

倶楽部は弓道部に入った。静かな空気が私には必要だったから、何故か女生徒に囲まれる事が多く、放課後になると、何処どこかの店に一緒に行くよう言われたり、いきなり抱きついてきたり、キスをされそうになった。危うく、魔法を発動しそうになった。彼女たちに


「そういった行為は下品で、はしたない事だ。」


と言っては泣かせてしまう事もあった。


 スィーテニアのブーケット国もグレースの事も心配だった。イライラする心を隠し、ただの留学高校生として生活していた。


 弓道部の弓を張った時の緊張感、張り詰めた空気は、私の気を落ち着かせる為、必要不可欠だった。この倶楽部に所属する人間も皆、いつも落ち着きのある者達ばかりだった。ここに居られれば安心だった。


 やはり、弓は良いな。


 そして、卒業と共にもうすぐスィーテニアに戻れる。グレースは元気であろうか。


 しかし、戻った時のグレースは覇気はきがなく、暗い顔をしていた。


「何だって?奴に女が出来ただって?それ本当なのかい?グレース。」仕事もしない、かといって何か子供達の相手をするわけでも無い、どうでも良い存在の夫は妾を作る事だけはやるようだ。


 そんな奴らを快く思わない者だらけの王宮。さぞや居心地が悪かったのだろうな。何せ、奴の悪口を言い合う時だけは派閥を超えて、意見が合ったのだから。特に酷かったのは王女達が居るにも関わらず、メイド達までが言う始末。


 長女のイリスは必死に、父と母との会話を盛り上げようと、話しかけていた。見ていて、こちらが辛くなる程だった。


 でも、既に修復は無理だった。彼女の夫が城を出て行き、別荘で愛人と暮らし始めた。


 私はグレースに言った。もう、あいつを解放してやれと、所詮女王の夫になる器ではなかったんだと。しかし、彼女はプライドが高くて、自分からは言えないという。子供も3人も授かった事だし、結婚はもうたくさん。これからは一人で3人の娘達と生きていくわ。


 そして、彼女の最初の夫は毒殺された。グレースや子供達は動揺し、食事を摂るのも警戒するようになった。そして、悪意に敏感になった。自分に悪意を抱く者、妬む者、騙そうとする者、利用しようとする者。そういった者は匂うようになった。本当に比喩ではなく、悪臭がするのだ。


 グレースから言われるまで、気が付かなかったが、確かにする。そう思ってからは、私も匂いに敏感になってしまった。


 これには参ってしまった。

今まで女性に囲まれても、上手く躱せていたのに、悪臭で目眩がしそうだ。

あ、あ、今夜も舞踏会に呼ばれた。行きたくない。


 それなのに、裏切り者のグレースはちゃっかり再婚だと。


 あんなにもう結婚はゴリゴリとか言ってたのに、やっぱりグレースも女だったんだな。女は皆、嘘つきばかりだ。これだから、信用出来ないんだ。チエッ。


 ふん。ドール公爵ってどんな奴だったっけ?思い出せない。最近、悪臭を感じてしまってからは、貴族との付き合いも、億劫になってしまったんだよなぁ。


 私は見に行く事にした。


 所が、実際に会ったドール公爵は明るくて屈託がない、グレースを大事にする良い奴だった。なるほどなぁ。良い匂いだし、仕方ない認めてやるかぁ。だって、あのグレースが笑っているんだ。心から、王女達も幸せそうに、私は二人を祝った。

そして、ドール公爵と酒を飲み交わす仲にもなった。波長が合うっていうか、居心地の良いオーラに包まれる奴だった。


 私は予言を忘れかけていた。


 残るのは一人だけ。



 スタンビートという、大規模な魔物が繁殖し、王都を襲うという情報があった。ダンビラス軍部大臣や私達近衛兵隊だけを残し、王立騎士団、騎兵隊、第五までの部隊が魔物討伐に駆り出された。


 もし、この魔物討伐が出来なければ、王都は魔物に飲み込まれてしまうかもしれない。スタンビートが起きたという、オルセン平原まで隊が向かっていた時、私は城の窓から、昼だというのに、沢山の黒い塊と赤く光る魔族、魔物の目に埋め尽くされたブーケッティア平原が見えた。


 スタンビートが起きたのは、オルセン平原ではないのか?


 それに明らかに、魔物ではないものが混じっていないか?あれは魔族だ。


 どういう事だ。魔物討伐に行って、城は手薄になっているのに、こんな時に!!


 湧き立つ怒号、金属が爆ぜる音、泣き叫ぶ子供の声、悲鳴。

 私の剣は折れ、魔法で魔族を爆発させた。しかし、魔力消費が多すぎる。仕方ない。魔力の節約で、矢に少量の雷魔法を纏わせ、放つ!!

 魔族の顔が弾けた。

 次々と矢を放つ。


 サンサ第二王女とルーアン第三王女の亡骸を見つけてしまった。

胸から上だけで、下腹部以下がない。サンサ王女の心臓は潰れ、腸も半分千切れていた。何ものかに食いちぎられたような傷跡が見える。ルーアン王女は股から上に向かって、首の所まで体が裂けられていた。他にも侍女達の亡骸が幾重にも重なって、内臓を踏み潰された者、首の無い胴体、腕や足が転がり、どす黒く血液がそこら中に溜まっていた。そして、むせ返るような悪臭が漂っていた。


 余りの光景に言葉が出せず、吐いてしまった。



 グレースは?イリス王女は?ドール公爵は?


 狂いそうな状況に、愛しい者達の姿を探した。

 そして、ドール公爵が目も閉じずに、横たわっていた。手足はがれ、首と胴体が繋がっているだけ。心臓部分だったであろう場所は空洞だった。


 彼のまぶたを閉じ、更に探した。


 矢も魔力も尽きかけていた。

ダンビラス軍部大臣の姿を確認した。


「来い、女王達は地下だ!俺たちが守るしかない。」


 地下の入口扉の前を、近衛兵隊達だけが守っていた。他の場所に居るであろう、貴族や侍女達は守れないでいた。


 そこへ黒いカブトと鎧の男が、黒いオーラをき散らせ、やって来た。地竜にまたがり、大きな鉄の斧を手に持っていた。


 突然、大きく飛翔し、斧を振り下げ落ちて来た。

ダンビラス軍部大臣が盾を持ち、男の一撃を止めた。

 互いを睨み付け合った。

そこから男とダンビラス軍部大臣との一対一のガチバトルになった。その間、私達は地龍と戦った。私は折れた剣の代わりに、ドール公爵の亡骸の側にあった剣を借りた。


 地龍の皮膚は固く、鱗が大きい。中々剣が刺さらなかった。喉元を狙ったが、地龍の動きが早く、逸らされてしまう。仲間の疲労もピークになっていた。回復薬も切れ、魔力も尽きる一歩手前。体力温存の為、なるべく無駄な動きはせず、相手の動きを観察した。私を飲み込もうと、大きな口をあけた。地龍の口の中に、ドール公爵の剣を突き刺した。しかし、地龍は剣ごと飲み込んだ。これはもう、これしかない。私は精霊を呼び出した。


 炎と水の精霊達が応えてくれた。


 全身炎を纏い、不敵に微笑む炎の精霊。青い髪を1つにまとめ、戦闘に備える水の精霊。

 水の精霊が氷の槍で地龍の動きを止め、炎の精霊が次々とマグマ弾を放った。そして、精霊達はダンビラス軍部大臣の加勢もし、無事、黒騎士を倒す事が出来た。


 気が付くと、王立騎士団や騎兵隊達

 が戻って来てくれていた。


「……た、助かった…。」


 私は精魂尽き果て、体を動かす事さえ、出来なくなっていた。


 グレースもイリス王女も無事だった。……良かった。



 そして、今日はグレースの王子を見に来た。あんな事があった後だし、少しでもグレースに笑って欲しかった。きっと子供の姿を見れば、彼女の心も少しは癒されるだろう。


 しかし、私がこの日、会ってしまった王子こそ、アルフォンス・ベル・ドール・ブーケット王太子。通称アルフ。

 見た瞬間から、虜になってしまった。


「な、な、なんて可愛いいんだ!!私の指を離さないじゃないか!(モロー反射ね。)きっと私がこの王子を守ると解っているんだ。この睫毛の長い事。頬っぺたピンクでプリンプリン。サファイアブルーダイヤモンドのようなこの瞳、なんて美しい子だろうか。これは運命の出会いだ!」と盛り上がっている。


 終いには、「この命かけて、あなたを生涯守る事を誓います」と膝をついて誓いだした。グレースは呆れ果て、暫く会わせるのは危険と判断した。



 だが、グレースが笑わなくなり、殿下を遠ざけ、私が殿下の孤独を知った時、あの日の誓いを実行させて頂く事にした。


 そう!私は殿下と伴侶様、そして将来の子供達の守り人なのだ!!



 ……現在。

「で、殿下。春音様はそろそろ、お腹にややこがなんて事は、ございませんか?そうですか。残念です。討伐中とか、そんな些細な事は気にしないで下さい。ですが、あのエルフは駄目です。あれは悪臭を隠す魔法を持っています。二人の間にヒビが入ってはいけません。二人はもっと密になるべきです。励みなされませ。私に早く二人の間のお子を抱かせてくださいませ。え?結婚が先?春音様が嫌がる?では明日、私が承認の儀の許可を女王から貰って来ますね。」


 やめい!春音には絶対その話をするなよ!と、また止められてしまいました。お世継ぎは大事です。私は孫も曽孫も抱かせて頂く、予定ですしね。楽しみです。



 シルバニアの心の中を知ってしまうのは、やめた方が良いと春音は何となく気配を感じて納得した。

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