第33話 森の精霊とあたしの魔力の解放

 オルセン高原へ向かう幌馬車の中。

アルフはサチェを膝に乗せ、絵本を読んでいる。あたしはシルバニアとアミダラさんと呪いの解除について、話し合っていた。


 アミダラさんが透視魔法を使った時に、呪いをかけられそうになった話を聞いた。目を見るとヤバいらしいので、調べる時は極力目以外の所を見るように、と注意を受けた。そして更に


「呪い自体は春音様の婚約指輪があるので、跳ね返せるとは思うのですが、精霊の力なので油断は禁物です。まずはどんな魔法で、閉じ込められたかですね。」と言われた。


「指輪が跳ね返せず呪いを受けそうになった場合、聖なる光の魔法で防御する事も必要ですね。厄介な仕掛けをしたものです。」とシルバニアが言った。


 ほぇ。聖なる光魔法って、そんな事も出来るの?


「今回こそ、慈愛の心が必要です。相手は攻撃してくるかも知れませんが、攻撃されたら私達で対処致しますので、間違っても攻撃魔法なんて使わないでくださいね春音様。」あたしの目を真っ直ぐ見て、真剣な顔で諭すシルバニア。


 ……ウゥッ。そんな人を危険人物みたいな扱いして!


 その話を聞いたマチルダさんは「何々〜春音様の魔法って、危険レベルなの?」と聞いてきた。


「そうね。私も王都に向かう途中で、盗賊を討伐した時に一度だけ、見た事あるんだけど、もうね!半端ないよ。うちらが狙われたのかと思うレベル!ウラヌス渓谷がさらに陥没しちゃってね!凄かった!」とアミダラさんが素になって、言った。


 シルバニアが笑って

「そうですね。皆、高速移動の魔法レベルがグングン上がりましてね。春音様のお陰ですね。」と言えば、オーレンが可笑しそうな声で「もう自分、春音様が手を挙げるだけて、構えてしまうようになったんすよ!戦闘でもないのに。」と笑う。

「僕も浮遊魔法を早く憶えないと、鉄枷ジャックみたいに蒸発させられちゃうかもな。」と高坂が言った。

 ミトレスも「あれはマジヤバかったよね。魔石回収するの大変だったよね。あたしの氷魔法効かない効かない。」


 て、テメエら!!解った!!そんなにあたしの魔法が見たいと、そういう訳だね。


「……ふうん。炎の幌馬車とか早く走れソウダヨネ。トテモ面白いダロウナ。」と言ってみたら、皆が慌てて、フォロー入れ始めた。


「え、いや、そうだ!!春音様が最後、敵を倒してくれたので、あたし達もなんとか、助かる事が出来たんですよ?実際、本当に強い敵でしたよね。」とミトレス。さっきの発言の後じゃ、信用出来るか!!


「あ、そうそう!お、俺は谷の下に落ちていたから、逃げるのに猶予あったし!大丈夫でしたよ!」とジョージ。それフォローじゃなくて、状況説明。


「シルバニアなんて、お嬢ちゃんの魔法の気配で真っ先に逃げたんだぜ。」とマグノリア隊長。それも全くフォローじゃない。矛先をシルバニアに向けさせただけ。


 サチェがブルブル震え、怯えたような目で、こちらを見ていた。


「僕はどんな君でも、心から愛している事に変わりはないよ。」とアルフが穏やかな目を向けて、微笑んだ。あたしを信じていると、目が語っていた。その笑顔に癒されて、あたしも微笑んだ。しかし、そんなやっと良い雰囲気に皆もホッとしていた空気を読まずにオーレンが呟いた。


「何言ってんっすか?殿下だって、春音様とどっこいじゃないすか?髪が逆立つ程の魔力や圧力、いゃあ〜凄まじかったっすよ。俺達じゃあ、近付けなかったすよ?良いもんみれたな〜。初めて見ましたよ!全身光っちゃう人間、ライト要らないっすよね。そら、魔族もビビったでしょうね。」オーレンがベラベラその時のアルフの状態を説明した。アルフはニコニコしながら、殺気を身体中にみなぎらせた。残念、髪は立っていない。


 へぇ〜、それはあたしも見たかったかも。


 アルフの膝にお座りされながら、絵本を持ったサチェが真っ青になりながら、固まっている。目にはうっすら涙が滲む。


(ヤ、ヤベエとこ来ちゃった。俺を守ってくれる護衛代わりにしようとしたが、これじゃ反対に俺が殺られてしまう。早いとこズラかるしかないな。)サチェが心の中で決意した。




 キタギスの森は確かに森とは思えない程、木々が疎らだった。それに目には見えない、闇の気配。


 キィンと頭の奥が騒めく。


慌てて、ダサーンに心の中で呼びかけた。

 <ダサーン。見える?何か魔法の気配がするの。>


(見えまする。網のように、仕掛けられておりますな。分かりました。……。)何やら呟いた。


(これで、ハルネ様にも見えるようになりましたかな?)


 え!本当だ。まるで蜘蛛の糸のような透明なものが、木々のあちこちに張り巡らされているね。


 あたしは皆に、森に入るのを一旦やめるように言った。


 それで、シルバニアに雷をまとわせた矢で、森を撃って欲しいと頼んだ。蜘蛛の糸のような魔法の糸に触れたらどうなるのか、知りたかった。罠かもしれないから。


 ダサーンの意識が居るせいか、雷魔法の威力がいつもより増して、かなり強かった。


 矢が太い木の幹に刺さった。すると黒い煙のようなものが出てきた。トグロを巻くように、矢にまとわりついていた。暫くそのままにしていたら、黒い煙は直ぐに消えた。


 フム。やはり無機質な矢に対しては、あまり興味を示さないわね。


 んじゃ、あたしはダサーンに言って、滝壺の魔族の時のように、雷で身体を包んでもらった。そしてワザと網目のようなものに触れた。


「おい、春音!!」アルフが叫ぶ。


「大丈夫よ!待ってて。」


 今度は黒い煙のようなものはあたしの身体全体にまとわりつこうとした。だが、ダサーンの雷魔法が、それらを罠ごと散り散りに吹き飛ばす。あたしはあちこちで、網目をまるで掃除でもするように触りまくって、罠を解いていった。


 すると、何やら尖った意識があたしの中に、押し入ろうとした。直ぐに指輪が光輝き、防御してくれた。

そして、罠が解けた場所から、皆を誘導した。


 少しずつ前進し、とうとう大きなモミの木にはめ込まれた、黒い箱を見つけた。想像していたものよりずっと小さな箱だった。ガラス面に見えるのは真紅の薔薇。イバラの花が咲いたの?


 手をかざし聖なる光魔法を黒い箱に向けて発した。少しずつ魔力を出して、注いでいく。


 目を見ては駄目と言われたが、目をらしながら、相手に向き合わずに愛を注ぐ事は出来ない。あたしは真っ直ぐ箱の中の精霊の目を見て、聖なる光魔法の温かな光を充てた。


 美しい小さな精霊。緑の髪に白い肌。でも、燃えるような真っ赤な瞳は憎しみに囚われて、受け入れようとしない。


 あたしは身体を縛る魔法を解く前に、閉じ込められた精霊の苦しみや痛みを和らげてあげたい。辛さを解放してあげたい。そう思いながら、聖なる光魔法を黒い箱を包み込むように浴びせた。


 すると、あたしの体の中から、目がくらむ程のおびただしい魔力が放たれた。そして、その魔力の光は輝きながら、次々と人のような姿に変わっていった。


 彼らの放つ光は優しくて、温かい。そう、彼らは聖なる光の精霊達だった。精霊達は互いに手を繋ぎ、木の周りを取り囲む。そして歌いながら、木の周りをクルクルと回る。その声は穏やかで、優しい。呪いの黒い箱は中から、徐々に暖かくお日様のような光を出し始めた。そして遂に森全体を照らすように輝いていった。


 ピシ、ガシャガチャン、箱の表面のガラスが割れた。


 精霊を傷付け、魔力を吸って太くなっていたイバラの幹や真紅の薔薇は枯れ、小さくしぼんでいった。やがてヒビの入った黒い箱から、小さな白い手が出てきた。そして、ゆっくりと箱の中から精霊が外へ出てきた。


「……わらわを助けてくれたのはそなたか?」


 緑の髪が風になびく。小学生低学年くらいの子供のような、精霊だった。真っ赤だった瞳は、エメラルドグリーンの宝石の様に変わり、きらめいていた。


「はい。あたしはハルネ・フジシマ・ダナンです。助ける事が出来て、良かったです。」

 見たところ、森の精霊の身体中の傷は癒され、どこにも傷痕は残っていなかった。でも、一応、点検した。すると、森の精霊は微笑み言った。


「見た事あるオーラだと思ったら、そうか、そなたダナンの子孫じゃな?なるほど、魔力が凄まじいわけだわ。」おっと……それ以上は企業秘密だぜ!急いで話題を逸らさせて頂きます!


「痛みはまだ残っていませんか?もしあるようなら、癒させていただきます。」そう聞くと、あたしの問いには答えず、森の精霊はあたしの顔をジッと見つめている。更に上から下から、様々な角度でグルグルあたしの周りを回りながら、見て観察しているの?何を調べているのかな?


 そして、おもむろに笑った。


「おほほほほほっ。なるほど〜これは愉快だわ。」


 ??何が?可笑しな事ありました?


「そなた、まだ魔力を完全に解放されていないようじゃな。精霊達が抑えつけておるようじゃぞ。そなた程の魔力があれば、精霊の手を借りなくても、何でも出来るであろうに、何故なにゆえ抑えつけるのじゃ?このものが不自由であろうが!」


 森の精霊はあたしより遠くを見ながら、その向こうの誰かに言った。精霊達にかしら?


 はぁ?抑えつける?そんな、ただでさえ、魔法唱えると暴走気味なのに?これ以上解放されたら、どうなるやら。どこか遠くで何やら、会議している精霊達の声が聞こえる。そんな事はお構い無く、森の精霊は言った。



「喜べ!わらわがそなたの魔力を全て、解放してやろう。ほぅら、そなたもわらわのように、自由になるのじゃ!!」



 エメラルドグリーンの瞳が光輝き、粒のようになってあたしの体中に降り注ぐ。その途端、あたしの体の中から、熱く煮えたぎるような魔力が放たれた。



 ……熱い。



 アルフを含む隊員達は高速魔法と浮遊魔法で、急いであたしから退避した。


 白い光と共に、凄まじい風圧があたしの体から放出する。体が浮き、辺り一帯を真っ白に照らす。


 外から見ると、丸く白い光に包まれている。空中に浮かぶ繭のようなもの。そしてその繭から薄い虹色の光がヒラヒラと蝶のような形で、いくつも滲み出してはフラッと飛んで消える。



 ……アルフが何か叫んでいる。

あたしの名前を呼んでいる?

直ぐ戻るからもうちょっと待ってて。



あたしの細胞ひとつひとつが生まれ変わるような。


 手も足も温かくて気持ちが良い。


体を覆うような気だるさも、魔法を使うと起こる頭痛も何もない。


これはアルフがよくやってくれる、エステごっこみたいな感じ。


 全身マッサージされて、温かいお湯に浸かって綺麗にされて、クリームやオイルを塗られて、全身しっとり気持ち良くなる時みたい。


 早くアルフの所に戻らないと。

 また、心配かけちゃう。


いつも心配かけてばかりで、呆れちゃってるかなぁ?

怒っている?泣いてはいない?

側にずっと居るって約束したのに、ちょこちょこ離れてごめんなさい。


 …でも眠くなってきちゃったな。

起きたら、今度こそちゃんと側にいるから、ちょっとだけ寝かせて。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る