第26話 魔物何匹狩れるかな?

 やがて湖の水面が盛り上がり、二つの赤く光る目が見えたと思ったら、グバァ〜と大きな口を開け、あたしに真っ直ぐ向かい、飲み込もうとした。


 アルフがあたしを抱え、飛び上がった。魔物は水しぶきを大きく上げ、その大きな図体を陸地にさらした。真っ黒なナマズのような魔物。クジラみたいな大きさ。


 あのもしもし?飛び上がったのは良いけど、浮いたままだよ?アルフ?

こんな魔法まだ教えてもらってない。まだまだ、色々隠し持っているな、アルフは。


 ミトレスは氷の魔法で、魔物を縛り付けた。「イイぞ!」と言い、魔物に斬りかかるジョージ。しかし、オオーンといななき、その激しい魚の腐ったような臭い吐息で、ジョージさんを吹き飛ばした。


 高坂が巻き添えになり、ジョージさんの下敷きになった。マグノリア隊長が大きな剣で斬りつけたが、ゴムみたいな弾力があり弾けて、傷がつかない。シルバニアが銀の矢に雷の魔法をまとい、放つと、矢は眉間に刺さった。


 再び、オオーンといななき、シルバニアを吹き飛ばそうとした。しかし彼は素早く屈み、防御魔法で臭い吐息をうながした。かみなりが効くのかと思い、あたしは魔物の体に傷を付け、そこを皆に斬りつけてもらおうと考えた。アルフにお姫様抱っこされたまま、片手でいかづちの魔法を唱えた。


「サンダーボルト」


 しかし、あたしのいかづちは魔物の体に傷を付ける所か、体を真っ二つに切り裂いた。魔物は辺り一帯に生臭い悪臭を放ち、生き絶えた。


「あ、あれ?」


 アルフが下に降ろしてくれた。



 しかし、マグノリア隊長が


「まずいな。」


と呟いた。


 検索魔法で、マップにおびただしい数の魔物が近付いてくるのが分かった。


 後退するか、戦うか。

後退しても、この数の魔物が王都へ向かってしまうかもしれない。住人達を巻き込むわけにはいかない。


「何だ。春音様…っぱなく、めっちゃ強いじゃないっすか!だったらやっちまいましょうよ隊長!」


オーレンが感心したように言った。


「全員、先頭態勢!構えろ。」


マグノリア隊長のかけ声で、全員身構えた。


 大地や草木を踏みならし、おびただしい数のゴブリン達が姿を現した。其々それぞれ槍、斧、剣を持ちながら、グギャゴギ言いながら、向かってくる。


 シルバニアが矢を放ち、先頭のゴブリン二匹の胸を同時に打ち貫く、しかし倒れたゴブリンを避け、別のゴブリンが次々と進んできた。


 マグノリア隊長が剣を振ると、三匹のゴブリンの腹が同時に切り裂かれた。オーレンも続いて、剣をゴブリン達のアタマに斬りつけ、次々と切り裂いていく。


 ジョージは手や足に炎を纏わせ、焼きながら、蹴りや拳を叩き込んでいった。ミトレスは氷魔法で、五人のゴブリンの下半身を縛り付け、剣で首を刎ねていった。


 ゴブリンが二匹ががりで、高坂の腕や足に噛み付くが、高坂は振り払い、炎を纏った剣でゴブリン達を焼き切った。


 アルフは沢山のゴブリン達に囲まれていた。彼は 「ファイヤーウェイブ」と唱えると、彼の周りに炎の塊が回転しはじめ、側にいるゴブリン達を一斉に焼いた。


 あたしは先頭のゴブリン達は皆に任せて、後方にいる赤い帽子を被った沢山のゴブリン達に向かい



「ファイヤーボール」



と唱えた。


途端にアルフを含めた隊員の皆が一斉に屈み込み、避ける姿勢をとった。


 な、何よ!オーバーな!と心の中で思ったが、ファイヤーボールの筈が、やはり大量の火の玉隕石が後方のゴブリン達に向かい、その身は焼かれ、弾け飛び、木々も飛び散って、少なくなっていた。まるで爆弾が落ちた後の様な、焼け野原の状態。


あ、そうか!興奮して、魔力量間違えちゃったかも。はははっ。


 アルフが額に手をおき


「……あれがファイヤーボールなのか?僕には隕石にしか見えなかったが。」


と呟いた。


 ホラ、木を間引いて、太陽の光をあてないとね。て、手間が省けたじゃん?


 手前にいたゴブリン達が驚愕の表情をし、散り散りになった。オーレンやジョージが追いかけ、それでも逃げたゴブリンはシルバニアが矢を放ち、残らず討伐した。


「あんな遠くに逃げたゴブリンまで、よく矢が届きますね?」


シルバニアに声をかけた。


シルバニアは


「おやおや、私より遠くのゴブリン達を、大きなファイヤーボールで退けた春音様が、何を仰いますか?」


と言うと微笑んた。


 そそ!隕石じゃなくて、大きなファイヤーボールね。シルバニアのアメジストの様な紫色の瞳が、煌めく優雅な微笑み。


 この世にアルフより綺麗な男は居ないと思っていたけど、この人の場合、なんか妖精みたいな人間離れした美しさだな。物腰も柔らかく、アルフの又従兄弟で、兄のように思っていた存在らしい。性格は穏やかそうだけど、実は腹の中は中々らしい。ちょっと女王に似ている顔立ち。腰まである長い銀の髪に紫の瞳、そして銀の弓がまさに妖精とかエルフっぽいよね。


ジョージとオーレン、高坂が魔石を回収してきた。


「あの奥のゴブリン達、赤帽子であったようです。」


ジョージがマグノリア隊長、アルフに報告した。


 魔石が通常より大きく、赤黒い。

赤帽子と言われるゴブリンはゴブリンの中でも残忍で、血を好むらしい。

鮮血で帽子を染めると言う、噂まである程。


そして、臭い大きなナマズの魔物の魔石を回収した。


「これは山ナマズですね。でも、ここまで大きくデカイやつは初めてみたな。」


ミトレスが山ナマズの長い髭を剣で切り取りながら、教えてくれた。

髭も材料として、売れるらしい。

ゴブリンは魔石しか価値がないが、山ナマズはこれだけ大きいと、皮も骨もお肉も内蔵を抜かして、残す所は無いらしい。


 内蔵に臭い元があるらしい。

しかし、その内蔵を湖にばら撒くと、あっという間に小魚の魔物に食われ消えた。


 ここの小魚の魔物はあまり敵意がないので、放っておけば良いらしい。釣っても美味しくないし、むしろ死骸も食べてくれるので、水が綺麗になるには良いとの事。


 少し休み、また奥へ向かった。


 暫く進むと、バニシルビアの山が姿を現した。こちらの山の木々は黒くはないが、所々何かに傷つけられたような跡があった。途中から倒されたような大木もあった。

何だろう、、嵐にやられた時のものかしら?


 山はなだらかで登りやすかった。

途中川や滝があったが、淀みは全く無く、澄んで綺麗で美味しかった。

水袋が支給されていたが、アルフ支給の日本メーカーの水筒に、皆で其々水を入れた。


 やがて見晴らしが良く、太陽の光が燦々とそそぐ広場にでた。

「ここでお昼にしようかな。」アルフが呟くと、マグノリア隊長が検索したが、近くに魔物は居ないと言った。


またバーベキューやシンク、電源、諸々セットを出した。


「折角だから、春音の初めての魔物ナマズで何か作ろうか?どんな風にする?」とアルフが聞くが、ナマズ料理は食べた事ないから、メニューが浮かばない。なので、揚げたり、焼いたり、煮たり、色々してもらった。

ふむ。出来た物を見てたら、あたしは炊飯器を出してもらい、先程の水でお米を研いだ。蒲焼きも良いかもしれないと思ったので。今回は和風!お味噌汁も作った。


 甘ダレで山ナマズの蒲焼きをホカホカの白ご飯にのせた。久しぶりの日本食に癒されて、涙出るぅ〜。


 高坂が緑茶を入れた。

緑茶デビュー組のオーレンが「薄い味の草汁!青汁よりうまいっすね。」と驚いて、叫んでいた。昔、アルフに罰ゲームで青汁飲まされたらしい。どおりで出した時、ビクビクしていたワケだ。


 ジョージは「ほう、日本のハーブティー?良い香りだね」と思ったより、喜んでいた。


 シルバニアは「ああ、懐かしいなぁ。昔、留学で日本に住んでいた頃がありましたからね。若い頃を思い出します。」と驚く発言をしていた。シルバニアみたいな人が日本にいたら、そら、目立つだろうな。ん?若い頃?気になって、お幾つ位なんですか?と歳を聞くと、ニィ〜ッコリそれこそ、妖精のように妖しく微笑まれてしまった。ボーッとしているうちに話題が変わっていた。なるほど、侮れない人だ。


 ミトレスやマグノリア隊長はアルフから時々頼まれて、日本まで買い出しに行くらしい。


 オイオイ!すぐそこまで買いに行く、みたいに言わないで!そこ一応、異世界ですから!!


「殿下と行く討伐は本当に、最高っすよね。ご飯が美味しいとそれだけで、遠征も悪くないって思いますやん?」


オーレンがしみじみと呟いた。


「でもそれ、他の奴には言うなよ?贔屓ひいきしているって、ただでさえ言われているんだからな。また、不破の種になるかもしれないから。」


 ジョージにそう言われて、あたしはハッとした。アルフと顔を見合わせ、うなずき合う。


「皆に、聞いてもらいたいのだが、最近何か誰かを貶めるような、噂や動きは無いであろうか?以前、起こされた反乱の様な不穏な動きとか、悪い噂を流しているやつとか、知っていたら教えて欲しいんだ。」


アルフはお茶を飲みながら、マッタリする皆に聞いてみた。


 オーレンは


「そんなんいっぱい聞きますよ。特にあのマンドリン家の奴ら。貴族とはどうのとやたら煩いけど、そもそも侯爵になれたのなんて、昔、魔族の襲撃があったからじゃないっすか?一番頑張ったダンビラス将軍が昇進断ったのに、対してやってないマンドリン家の奴がちゃっかり昇進なんて、おかしな話なのに、威張り腐って腹立つわ。」


 ふむ。具体的にどんな噂なのか聞けば、あたしの親が男爵なのに、アルフとの婚約は無理があると、しかも異世界育ちの娘が王妃になるなど言語道断とか、あちこちに触れ回っているらしい。それは本人にも言われたしどうでも良いけど、 終いには女王に対する不満もあったらしく、力が衰えた女王など恐るるに足りないとかほざいていたとか。


マンドリン家はミドルネームが無い。それは貴族社会に於いて、異例の事らしい。そもそも貴族ではなかったのに、色々動いてやっと男爵になり、コウモリのように、派閥を渡り歩き、その度に爵位を上げていった。国の混乱時に何故か侯爵にまで登りつめた。成り上がりの一家だ。だが、皆に認められるような事で爵位が上がった訳ではないから、ミドルネームが付く事はなかった。


例えば、ハルネ・フジシマが女王を助けて結果、王宮会議で正式に叙爵が決定され、叙爵じょしゃくされたとすると→ハルネ・アルト・フジシマのように、間にミドルネームが入る。


王宮会議は王宮を管理する、王立議会と魔道士議会、女王によって行われ、決定する。ドサクサで叙爵じょしゃくされたマンドリン家にはそれがない。その事にコンプレックスを持っていた。マリーヌがアルフと結婚すれば、最高地位に付けるしと考えていたのに、異世界育ちの男爵家の娘が婚約した事で、マンドリン家の望みが全て絶たれてしまった、と考えているらしい。侯爵になれても満足しないなんて、すごいよね。本当、欲望の塊っていうか、そりゃあ悪臭漂っていたわけだわ。


 マリーヌがさっさと王太子をたぶらかさなかったのが悪いと、マリーヌ自身も相当言われているらしく、かといってベッドに潜り込もうにもあたしがいるし、叔父が追放された事もあり、次やればマンドリン家自体取り潰しも考えられる為、何か別の方法で仕掛ける可能性があるとの事。


 マンドリン家は大体こんな感じの流れね。まぁ、これは予想出来る事だし、マンドリン家の人間には其々それぞれ監視を付けているから、何かやれば分かるのよね。


 シルバニアが「王制に対する不満も、貴族中ではあるらしいのです。魔力の高い魔導師議会の者の中に、女王の力では国を支えられぬと言っている者がいます。こちらの方が危険な事を遣らかしそうなので、警戒が必要だと思われます。」と静かに言った。


 自分の魔力に溺れ、女王を蔑ろにするなど、あってはならない事だと。そもそも王制はかつての神から決められた事なのに。だから、王族は魔力が強い。シルバニアも虹色持ちだし、風の力は弱いが、それ以外はほぼ使える。とくに雷系が強い。


 同じく虹色持ちのあたしに、風はどうかと聞かれたので、シルバニアのハンカチを借りて、風と水の魔法で洗って、その後風で乾かしてあげた。


 すると、そうかこんな風に合わせて使えば良いのかと、納得してくれた。



 さて、休憩も終わり。

いよいよ。バニシルビア山で討伐開始ですよ!

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