第25話 ケルピーの森

 ケルピーの森。そこは王都ブーケッティアから、約10km程、ブーケティア平原を北に過ぎた所に現れる森。北に小高くそびえる、バニシルビア山からの恵みで、潤った森林盆地。


 元々、小動物や猛禽もうきん類、鹿類、熊類位しか居なかったので、狩人にとって、格好の良い狩場だった。


 山から流れる川や滝、湧き水は清らかで澄んでいた。川には数種類の魚が泳ぎ、森の木の実、キノコ、果物、薬草類等の自然の恵みが豊富で、動物達を支えていた。


 それがここ15年程前から、魔物が出るようになり、王都ギルドに依頼し、魔物を討伐してもらっていた。所が最近は数が増え、森の生態系も変わってしまった。


 鹿類等の植物や木の皮を好んで食べるものが減り、危険な為、木こりが間引く事もなくなり、森の木々も鬱蒼うっそうと茂り、昼間でも暗く魔物が放つ臭気により、薬草等の繊細な植物は枯れ、そこに毒のある有害な植物が代わって、群生するようになった。

 湖も沼も淀み、沼に住む魚や両生類も消え、代わりに水性の魔物が出るようになった。


 あたし達の部隊は早朝4時には出発したので、ケルピーの森少し手前ブーケティア平原にある林を過ぎた辺りで、朝食を摂る事になった。


 一人一人簡易テントは支給されたが、今回はアルフの例の異空間倉庫から、大型のテントを設置した。

 林の中は外から見え難く、テントを張る事で遠くからも、中の様子が解らないようにした。他の討伐隊には、あまり見せたくなかったからだ。15人は眠れるような、大型テントの中に彼方あちらの世界から購入した、オートキャンプ用のバーベキューセットやダッチオーブン、循環型シンクの水も使えるタイプを設置。チラと見ると、何台もの大型太陽電池の一つにエスプレッソマシーンが挿してあるのに気がついた。


 アルフはおもむろに空間倉庫から、レッドホーンの分厚いロース肉を人数分取り出し、バーベキューの網の上にのせていった。胡椒や塩、バジル等を振りかけるとなんとも良い匂いが漂った。ミトレスは、ダッチオーブンに昨日から発酵させている、パンのタネを仕込んでいる。ジョージは自分の空間倉庫からパスタを取り出すと、某メーカのステンレス鍋でたっぷりお湯を張り、ではじめた。オーレンも自分の空間倉庫から、生野菜を取り出し、サラダを作っている。


 シルバニアも自分の空間倉庫からコーヒー豆をいくつか取り出し、どのコーヒー豆にするか悩んだ後、ミルミキサーを回しはじめた。


 これは確かに他の人達には、絶対に見させられないわね。この世界ではあまり馴染みのない、彼方あちらの世界の電化製品だらけで、説明するのも面倒だわ。あたしも何か手伝おうと辺りを見たら、ミキサーがあったので、昨日買っておいた柑橘類でジュースを作った。


 このメンバーは元々アルフの近衛兵だらけあって、皆、自分の異空間倉庫持ち。あたしも作ったけど。しかも、皆、それらを使いこなしていて、アルフの非常識さにも、とっくに慣れているのが判る。驚くような人はいない。


 あ、高坂の空間倉庫はまだ、アタッシュケース位で、この中で一番小さいサイズ。なので、私物や薬草、ハーブ位しか入れてない。


 マグノリア隊長は検索(サーチ)で、辺りの様子を伺っている。マグノリア隊長のサーチはアルフやあたし並みに、割と遠くまで確認が出来る。


 高坂は薬草を鍋で煮ている。最近、回復薬作りにハマっているらしい。


 そもそも理数系に強かったせいかな。中々、筋が良いので、将来は魔力を回復するマナポーションや体力や傷を全回復するエクストラポーション。武器の威力を高めるシャープナーオイルや盾に塗って防御力を上げるマバリアクリームを作りたいそうだ。そして、それを売り出す商いをやるのが夢だとか。何だかんだいっても、すっかりこの世界に慣れたよね。本当に彼方あちらの世界に戻る気は無いのだろうか?良いとこの僕ちゃんなのにね。


 朝ご飯の後は、作戦会議。

マグノリア隊長のサーチで、ケルピーの森の沼近辺や沼、湖に、魔物の反応がいくつかあったらしい。


 ケルピーの森に入って暫く歩くと、さっきまで鳴いていた鳥達のさえずりも聞こえず、ただ、自分達が発する、呼吸や歩く際に枯葉を踏む音、衣摺れの音、先頭のマグノリア隊長が邪魔な小枝をナタで叩き斬る音、それのみが辺りに響き渡る、静まり返った森。他の討伐隊は、まだ誰もこの森には来ていない様だった。


「うわぁ〜やっぱり噂通り、気持ち悪い森っすね、隊長。の森と、どっこいどっこいじゃないっすか?」


 オーレンが不気味な森の様子にたまらず、呟いた。


 確かに、まず、草木の色が違う。

通常の草木の色に、少し墨を垂らしたような、どの植物も深緑より暗い色の緑。花に至ってはほぼ灰色。それに虫がいない。

 太陽が下に届かない所為なのかもしれない。


 マグノリア隊長、あたしやアルフ、シルバニアが光魔法で、ライトのように辺りを照らしながら進んだ。


 やがて、足元が柔らかくてヌメヌメしてきたので、アルフが一旦止まるよう指示を出した。

 そして、空間倉庫から何か取り出して皆に配った。防水スプレーだった。


「それを靴や靴底にかけろ。いいか?一旦、靴の汚れを綺麗に拭いてからだぞ!?魔法で綺麗に出来るやつはそれでも良いが、ぬめりを取って、歩き易くする為だからな。」


 流石、用意周到。

結構、何度も使えそうな量が入っていたので、あたしはふくらはぎや足全体にもかけた。


 更に進むと、湖のような沼地に着いた。少しひらけた場所なので、太陽の光がさし、そこだけ通常の緑色のシダ植物や水草等が群生していた。

 マグノリアさんの合図で、腰を低くしながら前進すると、何か馬みたいな動物が、沼地に生える植物をんでいた。

 普通の馬に見えるが、大きさが通常よりかなり大きく、真っ黒な馬だった。大体、通常の馬の1.5倍位かな?


「…あれが噂のケルピーか?普通より大き過ぎるが、ただの馬にしか見えないがな。」


 ジョージが興味津々で呟くと、先頭のマグノリア隊長が手で合図を送り、ジョージ、オーレンを斥候せっこうさせた。


 ミトレス、高坂は左側へ移動し、マグノリア隊長、シルバニアが右へ移動。あたしとアルフは後方から魔法支援の為、皆の動きに合わせ、ゆっくりと前進する。


 オーレンがケルピーの背後から静かに近付き、やや長めの剣を握った。そしてケルピーの首めがけて、一気に剣を振り落とそうとした瞬間、ケルピーの首がしなり、何事もなかったように攻撃をかわし、首を上げ辺りを伺った。


 オーレンはよろけそうになりながらも、直ぐに体制を立て直し、反撃に備えた。


 しかし、ケルピーは反撃どころかフヒヒヒンといななき、体をフルフルと震わせた後、また下を向いて草をむりはじめた。


 あれ?人間に対する攻撃心って無いのかな?魔物だと思って警戒していたのに、攻撃してくるそぶりもない。


 魔物とは人間に対して攻撃し、意思の疎通など出来るものではないはずだ。目を合わせれば、ただ攻撃してくるのが習性だと聞いていた。


 目の前にいるケラピーは大きさこそ、通常の馬よりは大きいが、魔物と言うには、あまりにも穏やかだ。


 マグノリア隊長とアルフが目配し合い、警戒を解いた。


 ジョージがケルピーのたてがみに触れ、首の後ろを撫でてやると、気持ち良さそうな声を出す。


 もっとここも掻いて、とジョージに痒い所を差し出す。長身のジョージさんだから、首を掻いてあげられるけど、あたしには届きそうもない。


 大きな馬だけど、瞳も穏やかそうで、睫毛も長くフサフサで可愛いかった。ただ体に黒いうろこがあり、それが普通の馬ではなく、ケルピーだという証拠であった。


「こいつは穏やかだが、魔物の力を発する奴は、顔も体ももっと変形していて、俺たちの体をみ、沼や湖に沈めようとするんだぜ。」


オーレンはあたしを脅かすように、おどけて言った。


 もしかしたら、この太陽を浴びた植物しか食べていないせいかな?ワザと選んで、食べているように見える。


 あたしはアルフに今後はケルピーの森の木を間引き、光を中に通すよう手入れをした方が良いねと話し合った。


 高坂が何やら空間倉庫から、顕微鏡やらガラスの用具を取り出すと、近くに生えている墨のような植物と通常の緑の植物を少しづつシャーレに入れ、何かの液をスポイトで垂らしたり、小さなすり鉢で植物を擦ったりと、実験を始めた。オイオイ!こんな所で何をやっている?ブツブツ呟きながら、顕微鏡を覗いている。


おもむろに顔をアルフに向け言った。


「やはり、殿下の予想は当たっています。この墨のようなものは毒素の塊ですね。緑色の植物には含まれていない、ヘモトキシンが多く含まれます。こんな毒素は通常、毒蛇にしか含まれていない物質なんですけどね?」


 やっぱり俺らの世界とは違うのかな、とかブツブツ言いながら、また覗き込む。


 あたしは歪な黒い植物を手に取り、太陽の光をあててみた。

植物は徐々に小さくなり、枯れていった。つまりこの世界の太陽光の力には、彼方あちらの世界にはない魔力があり、毒素を分解する力があるようだ。

 

 魔物が出ることで、木を間引く人が居なくなり、毒素に覆われた結果、ますます魔物を引き寄せるようになったのかもしれない。


 するとマグノリア隊長が皆に静かにするよう言った。


 沼地の湖の中に魔物の気配を感じる。、、かなりの大きさだ。


 そしてそれは段々と近づいてきた。



 突然、ケルピーが大きく嘶き、森の奥へ向け、走り出した。

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