第17話 涙、涙の婚約指輪。

「それにしても、向こうに居たのはほんの一時間位だと思っていたのに、こちらでは3日も経ってたなんて、時間の流れが、向こうとは違うのね。」



皆と一緒に朝ご飯を食べながら、あたしはそう呟いた。



 ここはジャンセン辺境伯城の食堂。



「実際は、気を失って倒れてた日も含めて5日程経っているけどなぁ?

あれからぁぁ。お二人さん。」



ニヤニヤとマグノリアさんがあたしの肩を叩いて、いちいち絡んでくる。


 高坂とミトレスはいかにも挙動不審に顔を赤らめて、あたしと目が合うと目を逸らした。



「それでぇ?そのお嬢ちゃんの首の痣のようなものはぁ?倒れていたに付いたのかなぁ?」



マグノリアさんがあたしの首筋をスーと指でなぞった!



 グハッ!!



「マグノリア!!黙れ!春音に構ってないで、さっさと飯を食え!!」



 アルフが怒って命令するが、目元が優しくていつもの威厳がない。


 あたしと目が合うと、時間が止まってしまう。微笑まれて、微笑み返したら。


ヤレヤレと大袈裟なポーズをとって、マグノリアさんは退散した。


 ミトレスはあたしの側仕えだったはずなんだけど、高坂の面倒を見る命令があり、あたしの身の回りの事はほとんどアルフがやっていた。自分で出来ると言っても、聞いてくれやしない。


 部屋も一緒にに眠るようになったし、皆にも隠そうともしない。

段々、エスカレートしてきて、あっちで購入した眉毛や脇毛、口周りのムダ毛処理が出来る機械使って、お手入れまで始まってしまって、オカンモードでさえなくなってきているよ。


もう。何がそこまでの情熱をかきたてるのか。



 そんな時、やっとウォレット殿下とご対面した。まだあどけない14歳になったばかりの少年。でも身長は185cmのアルフよりちょい低い位で、あたしは見上げてご挨拶をした。


 あたしが行方不明中に既に帰って来てたんだけど、討伐結果報告で、アルフの代わりに、王宮に報告をしに行ってくれていた。今回の行方不明事件に、アルフは気も狂わんばかりで、余りにもおかしくなっていたので、女王にそんな姿を見せられるわけがなかったらしい。


ちなみに、どんな状態だったかと言うと、あたしの靴下とかパンツとかブラとかを洗い始めちゃって、アイロンかけて、最後にはアルフのフルネームをそれらに刺繍し始めたらしい。

メイドさんの証言では、メイドさんが止めようとすると、唸って威嚇するとか。



「私如きの為に、申し訳ございません。ご迷惑をおかけ致しました。」



とあたしはウォレット殿下に頭を下げた。


 ウォレット殿下は慌てて


「頭をあげてください。アルフォンス殿下の奥様に、そのように頭を下げられては!」



 ん?

 奥様?



 チラとアルフを見たら、悪魔のような満面の笑顔が……。オイ!



「ウォレット。彼女はまだ女王の謁見えっけんが済んでいないんだ。正式発表もこれからだからね。とりあえず婚約の許可は取ってあるから、婚約者と思ってくれ。まぁ、すぐ結婚はするがね。」



ニコニコ笑顔が怖い。



 いつの間に婚約の許可を??

だって、いつも一緒に居たし、あたしが行方不明の時は女王に会ってないんでしょ?



 あたしは??の顔でアルフを見た。



「後で渡そうと思っていたんだが」



 そう言うと、あたしの薬指にスッと指輪をはめた。デッカいブルーダイヤモンドみたいな指輪だった。アルフの瞳のような海の青。あたしの指より大きい。


 しかも周りに透明な魔石が沢山囲んである。なんかそれも、アルフの髪の色に似ていて、いかにも婚約指輪みたいだった。



「春音の身を守るように、護りの魔法をいくつか、施してあるんだ。精霊が喜んで、手を貸してくれたよ。しかも、僕と連絡が取れるから、万が一離れる事があったとしても、通信も出来るし、どこにいるか居場所も知らせてくれるんで便利だよ。」



そう言うと、自分の手を見せた。アルフの左手の薬指には、私の指輪に比べるとやや小ぶりな、琥珀色の指輪がはめてあった。あたしの瞳と同じ色。


 アルフは膝をついて、あたしの手に口付けした。そして、真剣で懇願こんがんするような、胸を締め付けられるような表情で言った。



「……春音。僕はこの先、何があったとしても、春音の側にいる。春音が辛い時も、助け、僕の全てを捧げよう。精霊に誓い、私、アルフォンス・ベル・ドール・ブーケットは生涯、春音だけを愛する事を誓います。どうか、この先もずっと一緒に、側にいると誓っておくれ。」



 あたしは胸がいっぱいになってしまって、涙が溢れて止まらなかった。



「……はい。誓います。」



やっと掠れるような声で、こたえた。


 その途端、アルフは煌めく笑顔で、抱きしめ口付けした。



「しっかり婚約の儀、承認致しました。」



とウォレット殿下が言った。



「俺も見届けたぞ!承認者になる。」



マグノリアさんも嬉しそうな顔でそう言ってくれた。そして、あたしの背中をバンバン叩いた。



 ゴォフッ!!



 高坂やミトレスさんが笑って、メイドや執事らしき人達も目の涙を拭い、手を叩いて祝福してくれた。やはり、窓の外では、山も家も木々も空も祝福の虹色に染まっていた。あたしは幸せで嬉しくて、アルフの胸に抱きついて、顔を埋めた。






「………大丈夫か?お前、あそこで、よく我慢したな。」



 ミトレスが中庭の茂みで、声を立てずに、静かに泣く高坂の肩をそっと抱いた。


 出会った頃から、我武者羅がむしゃらで空気読めなくて、身の程知らずの奴だが。春音様の事になると、コロッと弱い。


だって、向こうの世界を捨てて、一緒に来たのになぁ。簡単に出来る事じゃないよなぁ。春音様は殿下しか、眼中にないのに。よく頑張るなとは思ってたんだよな。



 高坂は呟いた。



「…いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたさ。俺は始めて会った時から、目が離せなくて、ずっと見てきたから。誰を想って、誰を見ているかも知っていた。どう頑張っても振り向いてくれない事も判っていたさ。」



 だよなぁ。

誰が見てもそう思うのにな。

魔法やら、剣の稽古やら、慣れない生活で根を一切上げずに、あたしにも一本取る為に、よく挑んできたよ。

しかも、一人でこんな所で、声も押し殺して、泣くなんてなぁ。

流石に見捨てられないだろうが。



「よし!おい!カイト!

いっちょ、憂さ晴らしするか!?」



ミトレスはペリドットのような黄緑色の瞳を輝かせ、高坂のお尻をバンッと叩いた。


 鉱山村のパブでは、男泣きする高坂の声と、今日は飲んで食って、大いに泣け!!ガハハと高坂の肩を叩くミトレス。なんだヤケ酒か?付き合うぜ!と高坂の頭をクシャッとするマグノリアさんの声がこだました。

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