第6話 目が覚めただけなのに、めっちゃ驚かれた!

 気がつくと、テーブルの上に裸のままのせられていた。

体が重く、起き上がるのもやっとだった。腕につけられた傷はそのままだが、腫れはだいぶ引けてきた。触るとズキッとするけど、そこまで痛くはなくない。とにかくだるい。


 それにしても、なんであたし裸なの?周りを見回すと、銀色の壁に沢山取っ手がついていた。あれは引き出し?1つ1つが大きな引き出しだわね。なんか医術道具でも入っているのかな?


 これから手術で傷を縫合するの?

でも、たかが腕の手術で、丸裸にする?フランスだから?それとも日本でもそうするの?だいぶ腫れも引いてるし、大袈裟じゃない?それに寒いんですけど、まだ時間かかるみたいだし、手術前に何か羽織りたい。風邪ひいちゃうじゃん。ここ、すっごく寒いし。


 少しでも温めようとして、体をさすった。何か近くに着るものないかしら。看護士さん居ない?


 辺りには誰もいなかった。

 早く誰か来てくれないかなぁ。

 あたしの服はどこにあるの?

 病室?


 ん?誰か、段々近付いて来てる。

カツンカツンと小気味良いハイヒールの音が聞こえる。

あ、ドアの前まできた。


手元の資料を眺めながら、女医が部屋に入ってきた。


 部屋に入って直ぐ、自分専用の机の上に資料を放り投げ、くるりとこちらをふり向いた。


 あたしと目が合うと、何かとてつもない恐ろしいものでも見たように、驚愕きょうがくとした表情したと思ったら



「ヒギャ〜〜〜!!」



と絶叫をあげた。あんまり可愛くない、野太い悲鳴。そしてそのまま、尻餅をついた。


ちょっと!酷くない?あたしの事を見て、悲鳴をあげるなんて!


口元がパクパクしているけど、声が出ていないよ?



「あの……?腕の縫合手術はまだですか?もうちょい時間がかかります?

………っていうか、そこまで驚く必要あります?」



 あたしの呑気な口調のせいか、一瞬で、まともな表情に戻った女医さん。何か言っているけど、フランス語話せないのよね。何言っているか、わからない。スマホないし。



 とりあえず、少しだけ覚えた、付け焼き刃の自己紹介。

「Bonjour. Je m'appelle Harune Fujishima.」

(こんにちは。私の名前は藤島春音です。)


「Je suis japonais.」

(私は日本人です。)


「Je peux à peine parler Français.」

(フランス語は殆ど話せません。)



 アメリカ人みたいに、女医さんは「oh」と言って、お手上げのポーズをとった。ジェスチャーで、人差し指を立てて、ちょっと待っとけと多分言ったんじゃないかな。


 机の側にあった椅子にかかっていた白衣を取ると、あたしに羽織らせてくれた。そして、備え付けの電話で何か話し始めた。暫くして、バタバタと看護士さんや他のお医者さんがやってきた。



「どういう事なの?心肺停止だったんじゃないの?カルテには昨日の夜と書かれているけど?」



 カルテを見ながら、検死官のアンヌ・ジャルマンは首を横に振っている。


「書かれている通りさ。昨日の11時20分頃だね。脈拍が弱くなって、心肺停止後、心臓マッサージやAEDによる蘇生を試みたが、その時は残念ながら蘇生はされなかったんだ。脈も止まったし。」


そう言うと、担当医のワルツ・ゴーレンは厳しい顔のまま、患者に毛布をかけた。そして、患者の脈拍を計り、心臓に聴診器をあて、呟いた。


「顔色は悪いが、心拍数も脈拍も問題ない。……ありえないよ!こんな状態。心肺停止の後、何時間もそのままだったんだ。それなのに、自然に蘇生そせいされた所か、正常に話せる状態なんて。腕の傷も炎症が治ってきているし。だいたい昨日の急変した原因さえ、特定出来なかったのに。」


カルテに現在の状態を書き込んで、ワルツはアンヌ検死官に手渡した。


 担当医はあたしを病室に戻し、様子を見るために2、3日の入院が必要だと、日本語対応スタッフから伝えた。



 看護士さんに車椅子を押してもらい、病室に戻ると高坂が今にも泣きだしそうな顔で、ベッドのそばの椅子にチンマリ座って待っていた。



 ゲッ!……ここまで来ていたの?



看護士さんや高坂に?何故か手伝ってもらい、ベッドに腰掛けた。


やっぱりまだ体がダルくて、横になるしかなかった。


 仕方なく、高坂に顔を向けた。

その悲壮な顔を見て、思わずブフッと笑ってしまった。


 目は赤く腫れ上がり、目の下の隈は紫色になっているし、目尻に涙溜めているし、髪もボロボロなんだけど!これが某電機メーカーの御曹司?見る影もないくらいだわね。



「ど、どうしたの?、、心配してくれたの?」



 恐る恐る聞いてみた。



「当たり前だろ!?先生から、藤島が死んだかもしれないって、言われたんだぞ!だから、慌てて来たんだよ。受付窓口でも、病室が分からないっていうし、詳しい事は保護者の方じゃないと教えられないって言うし、先生もお前の両親に電話したけど、全然捕まらないんだよ。」



 話している途中から、大粒の涙をボタボタ垂らし、鼻水まみれのハンカチで目元も拭っていた。



「俺は死んだなんて信じられなかったから、お前がどうなったか判るまではここから動かないって、先生に言ったんだ。……先生は一度ホテルに戻って、他の引率の先生と相談してから来るって言ってた。もう、駄目なんじゃないかって、思った時も少しだけあったけど、やっぱり待っていて良かったよ。」



やっと、笑顔が出てきたみたいだ。流石のあたしも、ちょっとうるっときてしまって、まいったな。



「俺は、お前を守れなかったから。怪我を負わされた時に……一緒に、側に居てあげられなかった。」高坂は俯いて言った。


「何で?高坂が気にしているの?

そ、そんなの高坂のせいじゃないじゃない。あたしは一人で行動していたし、先生にも十分注意して行動するように言われたのに、ワザと一人でいたんだもの。」



 そう、皆と居たなら、狙われる事も、こんな傷を負わされる事にはならなかったかもしれない。



「高坂があたしの代わりに反省するのは、意味がないよ。反省するのはあたし一人で十分よ。」



いつものお嬢様口調をする事さえ忘れ、素のままの調子でこたえた。


高坂は黙ってあたしの顔をじっとみつめている。



「もう休んだ方が良いな。先生には携帯から報告しておくよ。俺もホテルに戻る。しっかり休めよ」



 確かに、疲れたみたい。山登りした後みたいに、大量のエネルギーを消費したような気がする。それでいて、重いリュックを下ろしたみたいにスッキリしていた。



でももう、無理。おやすみなさい。

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