第3話 男じゃなくてもアレですか?

 高坂の気配から逃げつつ、あたしはホテルに戻って、クラスの女子が購入してきた、お土産用の小物の話で盛り上がった。ママンのラインはまだ既読にすらなってないし、パパンも同じく駄目だった。


 あの2人!娘が留守なのを良い事にどっか行ってるの??家電も出ないし、携帯なんかオフよ!


 現地時間と日本時間を計算して、確か日本はフランスより8時間早いから、今夕方の4時だから日本は夜中の12時だよね。


 これは、、親まで旅行とか??

パパンだって、心配だから無事なのかライン位しろよ!とか言ってたくせにぃ!娘の一大事だっていうのに!空気読めなさ過ぎでしょ。


 うーん。明日は確か美術館だったよね。その後の自由時間が問題だわ。

お坊ちゃんお嬢様にお茶に誘われないように、頑張らないとね。



 セーヌ川の辺り、天然石や怪しい呪いの本が並ぶ、地下に構えた店。ドクロの目が赤く塗装された指輪。ハロウィンで使うような、紫色の蝋燭にはやや埃や蜘蛛の糸が被っている。


店のドアには「Cadavre(死体)」と書かれている。趣味悪いが、これはれっきとしたこの店の店名。


 エンジ色のビロードのソファの端の肘掛けに足をあずけ、腰まである漆黒の髪を垂らした男が、顔に黒のホンブルグハットを被せ眠っている。


「アントル様?そんな所でお休みですか?」


 同じく漆黒まではいかないが、黒く腰まで伸ばした髪を細かく編み込んだ女が、男の腰に手をかけた。


膨よかな胸をワザとあてつけるように、上半身を男の体に密着させ、ホンブルグハットの隙間から顔を覗く。


「こんな所じゃ、腰が痛くなっちゃいますよぅ?」


誘うような女の言葉に、男の口元がニャッと歪んだ。


「どこでだって、お前を満足させてきたろうが?なあ?アルトよ。」


女を引き寄せ、喉元にムシャぶりついた。


「起きてらっしゃいましたの?」


 アルトの長い飾りの付いた爪が、アントルの背中をまさぐる。

アントルの金の瞳が光り、アルトの耳元でささやいた。


「………今日なぁ、すごくたまらない匂いがしたんだよな。」


 アルトはハッと起き上がろうとしたが、アントルの腕はビクともせず、抱きしめられたままだ。


「………玉葱野郎が狙ったようだが、しくじったらしいな。」

 クックッとさも楽しそうに笑う。


「人間のくせに、既に仲間になりうる香りらしいぞ。」


 仲間に?そんな馬鹿な。我々の種族の落とし子か?人間に混ざっているなら、今まで、報告に上がっていないはずがないではないか、アルトは心の中で呟く。


「お前、ちょっと明日そいつ連れて来いよ。」




 次の日は、朝から高坂がウザい。

昨日のあいつは誰なのかとか、「友人て、まさか恋人だったんじゃないよな?フランス人は挨拶にキスするらしいな。なら、フランス式挨拶がどのようなものか、知る必要があると思うんだ。」とか何、興奮しているの?


 キモ〜い。


美術館でも、やたらと側に来てはマネだかモネだかの画風がどうの、その時の歴史がどうのとうるさい。

トイレに行くふりして、隣のクラスの中に身を潜めた。


 秘技隠密の術。



 お昼は何だか判らない老舗のホテルのレストランだった。先生が何とか星のホテルで、全世界の人が憧れてるのとか、どーのこーの言ってた。

はぁ。ここでもウンチク好きが……。


 味は流石だった。

堪能したぁ!これは学校の修学旅行費から出ていて良かった!と心から感謝した!


 最後のコーヒーを飲んで、ホクホクしてた時突然、後ろの方から頭がガンって、痛いって位の視線を感じた。

硬い何かで、頭ガツンッと殴られたみたいな感じ。


何これ。それに背後がゾクゾクする。

恐る恐る、後ろを振り返った。


 あれ?

特ににらんでいる人はいない。

皆、普通に歓談しながら、ランチを楽しんでいた。


ワインを飲みながら、チーズを楽しむ中年の女性。


 噂話に時々クスクスささやきあう、見た感じOLの人々。フランス語では何て言うのかな。


 テーブルの上で女性の手を握りながら、愛をささやく男女。お料理冷めちゃうぞ?


 う〜ん。何だったんだろ。

 偏頭痛へんずつうかなぁ。



ランチの後は自由行動の時間だった。どうするかなぁ。


 そうだ!!


実は昨日の夜、お宝見つけたのよね。

パスポートに挟まっていた封筒に、な、なんと50ユーロが入ってたのを発見したのです!


 お金だよ。お金入ってたんだよ!

 くぅっ!


 封開けて、中身確かめた時は本当、涙出たよ。茶色の事務用封筒だったから、まさかお金が入っているなんて気が付かなかった。ただの過保護なパパンの手紙だけだと思ってたの!そしたら、手紙と一緒に、50ユーロ入れてくれてたの。


「春音、少なくてごめんね。タバコ、暫く我慢したんだ」って、パパンの愛を感じたよ!


 ごめん。空気読めないとか、給料大したことないとか、心労で最近頭皮が薄くなってきた?とか心で言ってて、本当にごめんね。


 50ユーロ。大体、日本円にして5800円くらいよね。でも、クラスの女子とお茶するだけで、殆ど吹っ飛びそうな額だよね。

ラインがまだ既読になってないし、今日はどこで過ごすかなぁ。


 おっと、高坂が走ってこっちに向かって来ているようなので、女子の影に隠れるの術。


 よし!!行ったな。では高坂が向かっている方向とは逆の、今来た方向へ行くとしよう。何か最近、危険な気配に敏感じゃね?

海外だからかなぁ?


 エッフェル塔とかシャンゼリゼ大通りとかルーブル美術館とか地下鉄にも乗ってみたいし、全部見るのは大変だし、お金が足りなくなったら、ちょっと困るしなぁ。


 ん?凱旋門がいせんもんは18歳以上は有料だけど、17歳までは無料!?

やった!これだ!!ついでにシャンゼリゼ大通り見られるし良いかも!


 ガイドブック片手に、心はウキウキしてきた!やっと楽しく、観光気分になってきたぁ!


 ガイドブックに載っていたパン屋さんで、クイニーアマン買って食べるぞ!お嬢様達と一緒だと、この食べ歩きなんて、絶対出来ないもんね。

明日の事考えると、節約もしないとね。ママン達、これはあえて既読していないっぽいもんな。


 シャルル・ド・ゴール広場に着くと、凱旋門の周りをグルグル走る車をスマホで撮ってみた。面白い。

こんな道路、東京にあったら大変だろなぁ。渋滞凄くなりそうだもん。全然、進まなそうww


 スマホでビデオ撮影してみた。

ふと、また気配を感じた。

今日は何なんだろう。誰かに見られている?頭も痛くなってきた。何なの?東洋人だから、金があるとでも?

気配に気を取られて、キョロキョロしていた時、誰も居なかったと思う背後から、誰かにドンと押された。



「危なっ!」



 車の渦に飛び出しそうになった。

その時、誰かがあたしの服を力強く引っ張ってくれ、何とか助かった。



「あぶなかったわね。気を付けて。」



 黒い長い三つ編み、いっぱいな髪した、ド美女なお姉さんに助けられた。

瞳が金色?でもってパイ乙デカ!!な、ナイスバディお姉さん。

イヤイヤ、まずお礼言わなくちゃ。



「あ、ありがとうございます。」



 ん?ちょっとお姉さん?

手を繋がなくても、大丈夫ですよ?

ん?何だろ?周りの景色が何これ早送りになってますよ?タイムプラスみたいな、どんどん景色が変わって行くんですけど。


何でェ??……お!!これは……ヤバいやつだ!!


無理矢理、繋がれた手を振りほどいた。バシュッって音がして、あたしもお姉さんも弾けた。

ヨロヨロと転んだ。



「ちょっ、何やってんのよ!」



 少し怖くなってきたお姉さんが、また立ち上がらせようと、腕を掴もうとしたので、サッと避けて急いで立ち上がった。



「大丈夫です!自分で立てます。」



 お姉さんが再び、腕を掴もうと近寄ると、何故か動く方向が判って避けられた。


 お互い無言で、輪のように右左に動き、あたしは腕を掴ませないように大振りに腕をグルグルしたり、突然クネらせたりした。あっ!これは某映画に出てきたやつだ!腰もクネクネしたら、あきらかに怖いお姉さんは嫌〜な顔した。オマケに首もクネクネしてみた。



「お、おのれ〜!!このあたくしを、馬鹿にしているつもりか?」怖いお姉さんは更に怖い顔になって、叫んだ。



 ヤベ!逆効果か!?



 そして目に止まらない素早い動きで、怖いお姉さんの鋭い爪が、あたしの腕に食い込んだ!



「あたくしの手を無駄にわずらわせおって!!観念しなさい!」



反対のてのひらで、バシンと頬を叩かれた。



 痛ぁ〜いぃっ!!!

あたし何で叩かれたのぅ?知らないお姉さんに、何で連れていかれるの?あたし何かしたぁ??


 もうね、無性に腹が立ってきた。

このまま何で好き勝手されなくちゃいけないの?日本人だから、弱っちょろいとでも思っているの?


 ギンッ!と怖いお姉さんに向かい睨みつけると、あたしは思いっきり空気を吸い込んだ。そして、可能な限りの大声で叫んだ。



「ぎゃああああああ〜〜!!痛い!痛いっ!!こ、この誘拐魔!怪力女!!あんた誰よ!!うぎゃぁ〜〜〜〜!殺されるうう〜ぅ!!誰か〜〜〜!!」



 周りに聞こえるように、腹の底から声を張り上げた!!アニオタ舐めんなよ!!こちとらアニソンライブでおキニ声に顔向かせる為、培ったオペラ歌手バリの声量なんだからね!

更にウギャ〜っとか、あ〜れ〜っとか腰に手をあて、応援団のように叫び続けた。


 怖いお姉さん。怯えたような声で耳を塞ぎ


「………マ、マンドラゴラ?」


とか意味不明な事、ブツブツ言ってる。


この隙に逃げだそうとしたら、フワッと温かいものに包まれた。



「無理強いは良くないなぁ。」



あ、良い匂い。何だっけ?

この匂い知ってる。

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