第2話 フランス人は口説くのがフランス人?

 マルシェ・モンジユの近くで、可愛いカップを見つけたんだけど、日本で売る予定は当分は無いらしい。翻訳に使ったスマホを閉じて、残念。ママンの入金が間に合えば、最終日の自由時間に買いに来ようかなぁとあたしは店を出た。


 名残惜しくて、ショーウィンドウの白地に赤と青のラインの入ったカップをまだ眺めていた。



「気に入ったの?」



 斜め後ろに振り返ると、まるで絵画の中の人物のような、ちょっとこの世のものでも無いような、それ程美しい青年が立っていた。


 まるで陽の光があたる位置を計算したのか?というように、これでもかと輝くばかりの肩に少しだけフワリとかかる銀がかった金の髪。


もうねキラッキラッすよ。キラッキラ。この人自体が眩しい!!


 吸い込まれそうな深い海のような真青の瞳。まつ毛も金色だけど、毛ブラシみたいにフッサフッサ。こんなにあったら、つけ睫毛まつげもマスカラも要らないだろうなぁ、良いなぁ。羨ましい。


 周りの音がその瞬間、消えてしまったかのようにボウっと見つめ続けてしまった。


 はっとして、目を伏せた。

初対面の人の顔、ジロジロ眺めすぎたよね。


 でも、何て答えよう。


「えっと……す、すごく素敵なカップですよね。」

そっと目を上げてこたえた。


「買わないの?」


 猫みたいに顔を傾げてまた聞かれた。う〜ん現地の人って、年齢がいくつくらいか判らないなぁ。まぁ、20歳は超えていそうだけど。


「今日はお財布を忘れてしまって」

恥ずかしくて、再度目を伏せ、そのまま答えた。



「ふぅ〜ん。それは残念だったね。」


 近づく気配も音も感じない内に、いきなりギュッと両腕の手首を掴まれた。



「え?何??」


 ちょっとパニくってしまった。

ホンワ〜ッて温かいぬくもりに包まれた!なのに、体がぶるっと震えた。


 びっくりして目を開けると、こちらを食い入るように、あたしの瞳をのぞいている。あたしも彼の目を離せなくなってしまった。


 そしたら、あの海のような青い瞳が真ん中から少しづつ紫色へ変わってきて、最後には赤くなった。



 それを見ていたら頭の中が、また靄がかかったみたいに、ぼうっとして、ただ彼の瞳を見つめるしかなくなってしまった。


 なんて綺麗な瞳。宝石みたいな美しい真紅。ルビーのような半透明な瞳の中にも、陽の光が入ってキラキラ煌めいている。


 そして、真っ白ですべすべな頰。

シミひとつない。毛穴だって見えない。まるで陶器のよう。



 あぁ、触ってみたい。



 手首を掴んだ手のひらがゆっくりとはずされたかと思ったら、今度は腰に回されて、腰から背中を撫でるように愛撫された。


あたしも彼の腕の中で、頰をそぅっと撫でる。


 やっぱり、凄いすべすべだわ。

そして頰から耳たぶへ、うなじへと手を這わす。


 彼は少し驚いたように顔をひき、再びあたしの顔を不思議そうに、覗き込む。彼の整った顔が、フワッと微笑んだ。


なんて美しい人。心臓がドクドクする。それになんて良い匂いなの。彼の匂いを味わうように、深く匂いを嗅ぐ。



 あぁ、彼はあたしのもの。

 今、彼があたしの全てになった。



 彼はゆっくり顔を近づけてきて、焦らすように唇の先で、あたしの唇を撫でる。我慢できなくなって、自分から唇を合わせた。


 途端に建物の壁に体を押し付けられ、彼の指があたしの首筋をゆっくり撫でる。そして彼の唇が頰へ首筋へと移動する。


あたしは歓喜の声をもらすと、首を撫でられやすいように自ら胸元のボタンを外し、首を傾ける。彼は首筋の匂いを嗅ぎながら、唇を這わす。




「藤島!何やってるんだよ!!」




 突然の高坂の声にはっとなって、振り返る。耳から首まで真っ赤な顔の高坂の顔を見た途端に、自分の顔も真っ赤に染まる。



 ………え?


 ええええ〜〜〜!!??


 な、何この状況!?


 あの、あの、あたし見ず知らずの男に、もしかしてキスとかしちゃったり?


ましてや体預けて、あちこち触られまくってね?


ってか、今も何かギュッと抱きしめられたままじゃね?


 あたし、キス初めてだったのに!!

 やっぱりフランス人!や〜ば〜い!


 金髪碧眼兄ちゃんの顔をもう一度見ることも、ましてや恥ずかしい所見られた高坂の顔も、見ることが出来なくなった。


 わぁ!!!と声をあげて、金髪碧眼兄ちゃんをぐいっと押し退けて、後ろも振り返らず、もう兎に角、全力で逃げ出しちゃったさ!!


 噂には聞いていたが、やっぱりフランス人!マジヤベェ!!

お店の前に居たはずなのに、いつの間にか人通りの少ない路地に連れていかれて、それさえも気が付かなかったし。魔法にかけられたみたいに、理性が吹っ飛んださ。


 もう!あたしのバカバカ!

何でこんな事に??

とにかく走ろう!!人通りの多い所だ!!走って逃げるしかない。



「おおおおお〜〜〜!!」



雄叫びを上げながら、走りまくった。


通りの人々は殺気を感じてか、飛び退くように避けてくれた。


 めっちゃ走って、走っていく内に心臓が限界になってきた。


 く、……苦しい。酸欠かも!?

恥ずかしさで顔も頭も煮えたつように熱くなって、どっかで頭冷やす場所ない!?

 頭クラクラしてきた。


 とにかく休もう。


 人通りは多いが、公園に座れそうなベンチを見つけ、ドカッと座り呼吸を整える。周りのフランス人が、何か声をかけてきたが無視した。

フランス人。男はヤバい。



 ひぃ〜っはあっ、

 はぁっ。はぁっ。

 苦しい。



 恥ずかしくて、心臓ドキドキしていたせいか、学校の運動も最近ダラダラやっていて、よく先生にも怒られていたせいか、運動不足だったかも。めっちゃ辛いわ。


それでも、段々、落ち着いて息が吸えるようになってきた。


 あ〜〜っ…。もう恥ずかしい!

よりによって何であたしの初キスを高坂に見られちゃうわけ?

これって、後でめちゃくちゃ言われちゃうパターンじゃない?

先生とかにチクったりしないよねぇ?

もう!!最悪なんですけどぉ!!


 はぁっ……。

あたしもはじめての海外旅行で、浮かれ過ぎちゃったかも。

うん。反省反省。


 ふぅ。

それにしても、ものすごく綺麗な人だったなぁ。あんな海のような深い青い瞳見たのって、はじめてだよ〜。そりゃあさ、東京に住んでて、外国の人なんて、結構見慣れているけどさぁ。あんな近さでマジマジと人の瞳を眺めるなんて、この歳で家族でさえそうそう無いよねえ。


 ん?青かったよね。

 なんか赤かったような。


 へ?

そんなわけないよね。

記憶では青だったと思っているのに、何故か青から紫に、そして赤くなって、その赤い瞳が美しくて、ルビーみたいで。と、まるで見た事があるみたいに、頭にそんな映像が浮かぶ。


瞳の色が変わるわけないのにね。。。


 そしてなんといっても、すっごく良い匂いだったなぁ。

どこの香水使っているのかな。

やっぱり有名なお高いフランス製の香水なんだろうなぁ。


ま、恥ずかしかったけど、良い思い出、出来たかな。ふふっ。


 何事もプラス思考!プラス思考!終わった事だし。仕方ないよね。

なんか人間離れしていたお兄さんだからなのか、これは実際にあった事ではなくて、夢の中のような非現実的な世界での出来事だった気がしているんだよね。

(これが現実逃避ってやつですか。)


 でもこれで、暫く萌えご馳走様すっよ!フフフッ。(脳内腐女子全開!!BLモード炸裂!兄キャラに迫られる、海外支社から来た、見目麗しい会社の後輩ってシチュ頂き!だな。あ、勿論、あのお兄さんが後輩役ね。)


 そんな残念なあたしは不気味にニヤニヤしながら、通りすがりのフランス人が若干引いているのにも気が付かず、「グフグフ」言いながら、一人妄想に酔いしれるのであった。

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