第2話なんじゃこりゃ
2017年11月11日早朝:
「おじさん、お腹空いたよ」
「花子もお腹空いた、おじさん起きて」
「「おなかすいた!」」
「うううう、頭が痛い、気持ち悪い」
「「おなかすいた!」」
「お婆さんに作ってもらえ」
「「いない」」
「何だって?」
「お婆さんもお手伝いさん達もいない」
「そうだよ、お山を下りたからもう誰もいないよ」
「えっ! いつどうやって!」
「烏天狗たちが送ってくれたよ」
「そうだよ、一反木綿に乗ってお山を下りたんだよ」
「寝てる間に何してくれるんだよ~」
「おじさんよく寝てた」
「うんよく寝てたね」
「だから酒なんか飲みたくなかったんだよ、食べられなかっただけ幸運だけど」
「え~、太郎はお腹が空いてもおじさんを食べたりしないよ、だからご飯食べさせてよ」
「そうだよ、花子もお腹が空いてもおじさんを食べたりしないよ、だからご飯食べさせてよ」
「ああ、わかったよ、だがまずここはどこだ?」
「「しらない」」
「どうやらホテルのようだけど、そもそもどこにあるホテルなんだ?」
「だからしらないよ」
「花子もしらないよ」
「ちょっと確認するから待ってくれ」
「はやくしてよ、おじさん」
「そうだよ、はやくしてよ、おじさん」
「ああ、分かった分かった、フロントですか?」
「はい、そうです、何か御用ですか?」
「昨日は酔っていて、友達にチェックインしてもらったんですが、チェックアウトの時間と朝食について教えて下さい」
「チャックアウトは10時になっております。朝食は2階のラウンジで7時からバイキングで提供させていただいております。なお宿泊料金と朝食料金は、昨晩御友人様からいただいております」
「そうですか、ありがとうございます。7時までまだ少し時間が有りますので、部屋で休ませていただいておきます」
「そうしいて下さると助かります」
「有難うございました」
「こちらこそお気を使って下さり、ありがとうございます」
「「ご飯食べさせてよ」」
「7時からだから、後30分ほど待っていてくれ」
「「えぇえぇえぇ」」
「太郎君も花子ちゃんも顔を洗ったか? 歯磨きをしたか?」
「「……」」
「7時までに済ませておきなさい、おじさんはシャワーを浴びてくるから」
「「はい」」
「しかし酔払ってるうちに下山させられ、ホテルにまで宿泊させられるとは思わなかったな。こんな真似が出来るのなら、自分達で太郎君と花子ちゃんに研修すればいいのに」
「おじちゃん何か言った!?」
「なにかごよう?」
「いや独り言だよ、ちゃんと歯磨きして顔を洗いなさい。それにお出かけするから服も着ておくんだよ。自分で着れるかい?」
「うん、だいじょうぶ」
「着れるよ」
太郎君が話した後で花子ちゃんが話すようだな。座敷童の世界は未だに男尊女卑なのだろうか?
「バイキングメニュー」
ご飯(岩手県産白米)
味噌汁
パン(バターロール)
納豆
温泉卵
焼き魚(鮭・日替わり)
肉類(照り焼きチキン・日替わり)
惣菜4~5品(きんぴら・筑前煮等 日替わり)
サラダ
ヨーグルト
フルーツ
ドリンク(オレンジジュース・牛乳・コーヒー)
「太郎君、花子ちゃん、何が食べたい?」
「自分で取る」
「花子も!」
「そうか? こぼさずに取れるの?」
「「だいじょうぶ」」
「でもおじちゃんと一緒に取ろうね、他の人に迷惑をかけちゃいけないからね」
「わかった」
「はぁ~い」
「まずはお茶碗にご飯をよそおうね、太郎君はこれくらいでいいの?」
「うん、でもあとでおかわりする」
「花子も、花子もお替りする!」
「そっか、でもちゃんと残さずに食べてからだぞ。オカズは何を食べたいんだい?」
「納豆と卵」
「花子も納豆と卵~」
「納豆はご飯に直接かけるのかい?」
「かけるの~」
「花子もかけるの~」
「温泉卵はどうする?」
「一緒に食べるの~」
「花子も納豆と一緒に食べるの~」
「そっか、鮭の塩焼きはどうする?」
「食べる」
「花子も食べるの~」
「鶏の照り焼は食べるか?」
「いらない、あれとこれがいい」
「花子もあれとこれがいい」
「はいはい、きんぴらと筑前煮だね、おじさんは鶏の照り焼きを食べるからね」
「いいよ」
「花子もいいよ」
「サラダはどうする?」
「食べる」
「花子も食べる」
「ヨーグルトはどうする?」
「いらない」
「花子もいらない」
「フルーツはどうする?」
「フルーツ? あれは食べる」
「花子も果物食べる~」
「これでいいかい?」
「いいよ」
「花子もいいよ」
「オレンジジュースはどうする? 牛乳とコーヒーもあるよ?」
「味噌汁がいい」
「花子も味噌汁がいい!」
「はいはい、これでいいな、持てるか? 大丈夫か?」
「大丈夫、持てる」
「花子も1人で持てるよ」
危なっかしいけど仕方ないな、2人分なら俺1人で持ってやれるけど、3人分は無理だからな。頼むから落とすんじゃないぞ、おいおいおい、何してるんだよ?
「おばちゃん死ぬの?」
「そんなに死にたいの?」
「ごめんなさい、すみません、本当にごめんなさい。この子達ちょっと変わっているもんで、失礼な事御を言ってしまうんです、本当にごめんなさい!
太郎君! 花子ちゃん! 失礼な事を言っちゃ駄目だよ!」
「え~でもおじちゃん、このおばさんずっと死にたい死にたいて言ってるよ」
「嘘じゃないよ、太郎の言う通りだよ、ここに来た時から死にたい死にたいて言ってるよ」
「「ねぇ~」」
最悪だ!
まだ数は少ないとは言っても、朝食に来ていた人全員が、俺達と女性に注目している。2人にはおばさんに見えるのかもしれないが、五十路の俺から見れば若くて綺麗な女性だ。二十代半ばだろうか、黒髪ロングで細面、少し寂しそうな表情だけど……まさかな?
「あああああ、ごめんなさい、食事を中断させてしまいましたね」
「いえ・・・・・」
「あ~ぁ、行っちゃった」
「止めてって言ってたのに」
「もうこれ以上失礼な事を言うんじゃありません! そんな事より食事に集中しなさい、残さずに食べなるんですよ」
「残さないもんね~、お替りするもんね~」
「花子もお替りするもん!」
「はいはいはい、もうこれ以上騒ぐんじゃないよ」
「「は~い」」
しかし、何か心配だな。座敷童2人が死にたいって言ってるって言う事は、自殺にここまで来てる可能性があるかもしれない。
でもだからと言って、俺に何が出来るって言うんだ?
今から追いかけて行って、自殺する気ですかと聞く訳にもいかないし、死んじゃいけないと説教する柄でもない。
くそ!
せっかくのバイキングなのに、食べ物の味がしないよ。いつもバイキングなら、苦しいくらい食べるのに、さっきの娘が気になって気になってお替りに行く気にもならないよ。
「お替りいく」
「花子もいく~」
「ちょっと待ちなさい、おじさんも一緒に取りに行くから。さっきみたいに余計な事を言うんじゃないよ、分かったかい?」
「余計なことなんて言わないよ」
「花子も言わないよ」
参ったな、座敷童に常識を求めても無理だよな。それとも子供に常識を求めるのが非常識なのか?
「おじさんどこ行くの?」
「どこ行くの?」
「それを決めるためにここに来たんだよ、だからちょっと待っててくれ」
「「わかった」」
「すみません、今日水沢競馬開催していますか?」
「はい、開催していますよ。行かれるのなら、水沢駅から無料の送迎バスが出ておりますから、そちらを利用されるといいですよ」
「ありがとうございます、レースは何時から始まるんですか?」
「すみません、詳しくは存じ上げないのです。直ぐに調べますから、少々御待ち下さい」
「はい、すみません、宜しくお願いします」
「え~と、10時20分出走になっています」
「ありがとうございます、助かりました」
「いえいえ、何でもお聞きください」
「太郎君、花子ちゃん待たせたね、部屋に戻ろうか」
「いいよ」
「花子もいいよ」
「今8時だから、もうここを出るけど大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「花子も大丈夫だよ」
「この大きなキャリーバックが太郎君と花子ちゃんの荷物なの?」
「そうだよ、着替えが入ってるよ」
「そうだよ、花子の着物が入ってるよ」
「そうか、じゃあ持っていかなきゃならないけど、大きんだよな」
「持てないの?」
「持てないの?」
「いや大丈夫だよ、だけど重いし大きいから、コインロッカーに預けてもいいかな?」
「コインロッカーてなに?」
「なあに?」
「いや、もういいよ、万が一無くして妖に祟られちゃ敵わないから持ち歩くよ」
「祟るの?」
「祟らないよ」
「いいよ、いいよ、それよりも絶対おじさんから離れちゃ駄目だよ」
「はなれないよ」
「うん、はなれないよ」
ほんとに頼むよ、離れないでくれよ。
「あ~、死にたいおばさんだ~」
「本当だ~、死にたくて死にたくないおばさんだ~」
「止めなさい! 失礼な事を言うんじゃあない! 謝りなさい! それにおばさんじゃなくお姉さんと言いなさい!」
「え~だって本当に死にたいって言ってるよ~」
「そうだよ、死にたくないけど死にたいって言ってるよ」
「お嬢さん、何度も何度も子供達が失礼な事を言って申し訳ありません。お詫びに御馳走させてい頂きたいんですが、お時間宜しいですか?」
「……何を御馳走して下さるのですか?」
「すみません、僕もこの辺は初めて来たので、お嬢さんが行きたい所はありますか?」
「私もここは初めて来たのでよく分からないです」
「そうですか、じゃあどうしようか?」
「おじさんはどこにいかれる心算だったのですか?」
「いや~、恥ずかしながら水沢競馬場に行く心算だったんですよ」
「水沢競馬場?」
「地方競馬ですよ、JRAの中央競馬はテレビでもよくコマーシャルしてるでしょ」
「すみません、よく分からなくて」
「え~と、そうですね、公営ギャンブルと言えばわかりますか?」
「公営ギャンブルですか、すみません、それも分かりません」
「まぁそうですね、身も蓋もない言い方をすれば、各官庁が財務省からの税金以外の独自財源が欲しくて、国公認の博打を開催しているんですよ」
「え~と、やっぱりよくわかりません」
「そうですか、まあそうでしょうね、博打なんて若い女性がするもんじゃないですよね」
「では連れて行ってもらえますか?」
「へっえ?! いいんですか?」
「ええ、予定もないですし、お詫びして下さると言うのなら連れて行ってください」
「お姉ちゃん死ぬのやめた」
「うん、お姉ちゃん死ぬのやめたね~」
「これ、止めろと言ってるだろ!」
「いいんですよ、本当に死ぬ気だったんですから」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、冗談じゃすみませんよ」
「本当です、嫌なことが積み重なって、死のうと思って家を出たんですけど。この子達のはっきり言われて、私は本当に死にたいのか考えさせられました」
「お嬢さん」
「部屋を出る時は、まだ死にたい気持ちが強かったんですけど、ここでも死にたくないけど死にたいってと言われてはっきりしました。やっぱり生きて行きたい方が強いです。だから死ぬのは止めました」
「そうですか、それはよかったですが、ビジネスホテルのフロントで話すような事じゃないですね?」
「本当! 皆に注目されてしまってますね」
「じゃあ、チェックアウトして競馬観戦行きましょう!」
「はい、連れて行ってください」
「お姉さん死ぬのやめたね~」
「うん、お姉さん死ぬのやめたね~」
「ごほん! お客様、お支払いはカードで済ませていただいていますが、このままチェックアウトさせていただいて宜しいですか?」
「ええ、お願いします」
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