第50話 1人目

記憶のない、霊子は居ない。


今いるのは、あの世とこの世の狭間から復讐を誓った、呪いの亡霊。


彩の言葉に、ピクリとも反応を示さない。


聴こえてない、訳ではない。


ただ純粋に、彩を綺麗で美しい鮮血を撒き散らしたい、衝動にかられている。


霊子の異様な空気は、まるで海の底まで落とされたような、重苦しさを放っている。


それは彩に、向けられた狂気と喜び。


彩は今までにない恐怖を覚え、体を引きずりながら起き上がる。


腕をだらんとぶら下げて、彩をゆっくりと追いかけながら歌い続ける。


「ピートントンピートントンピートントンピートントン」


彩は霊子から逃げるも、足音と共に鎮魂歌はどんどん近づいて来る。


必死に走るも、助からないと心が叫ぶ。


頭の中を捻り、小さな希望を掴む。


恐れながらも、友達の名をすがるよう霞む声で唱える。


「ハァハァ、そうだ!夏希は、夏希はどこ?」


奥の階段に人影が見えた。


暗く顔は見えないが、夏希だと思い心に光が射した。


「夏希ー?………!嘘………な、何で?」


微かなライトが差し、見えた顔は後ろから迫っていた霊子だった。


「カエシテ、私のキ・オ・ク、カエシテ」


霊子の右手が、強く握り絞めた先には、闇に包まれた空間の中で、白銀の狂気の斧だった。


振り上げた斧を、自分の頭に向かって来る姿を目で追ってしまった。


ドスンと鈍い音と共に、赤い液体が吹き出し、静かに無音の中、響き渡る。


振り下ろされた斧は、頭上から首辺りまで裂けていて、最早生死を確認するまでもなく、亡き者だと判別出来る。


彩の身体から、どんどん赤い海が広がっている。


広がった血は、霊子の白い靴を赤く染めまるで、霊子が流した涙と悲しみに見えた。


顔に飛び散った血を拭わず、口元についた部分を舌で舐めまわし、右手に持っていた斧をぱっと放した。


「うふふふ、まずは1人目、いや2人目か」


不敵な笑みで、魂の抜け殻となった彩に、冷徹な視線を送る。


死体の足を掴み、何処かへ引きずりながら連れて行く。


理枝の死体も同じように掴み、左右に遺体が惨たらしく連れていかれた。


霊子の足が、大きな扉の前でぴたりと止まる。


そこは、開かずの間。


霊子は扉を開けず、そのまますり抜けて死体と共に消えた。

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