23.シーン2-11(真っ赤な暴露)

 少し静かになったところで再び廊下に足音が聞こえ、ノックと「お待たせしました」という声の後にキュリアさんが入ってきた。

 彼女はミリエに何か、恐らくは仮の記章を手渡すと、今度は私たちのほうを見た。

「ひとまず、ミリエ様には予定通り聖堂の防御魔術の任についていただきます。お二方の件に関してはもう少々お待ちいただきたいのですが、それまでの間、どうされますか?」

 お二方とは間違いなく私とギャラクシー・パラリラである。

「聖堂の防御魔術ってなんですか?」

 私はキュリアさんとミリエの方へ目配せしながら質問した。

 聖堂の方からは、それはそれは不穏なマナの気配が漂ってきており、何やら危ない任にでも就いているのだとしたら心配である。

「気になるようでしたら、アリエ様もご同行されますか?」

「げそ」

 一応補足しておくと、キュリアさんは私が濃いマナを苦手としていることを知っている。彼女は自分でそう提案しておいてから、何か思い当たったように顔つきを変えた。

「この際ですから、ご同行されてはいかがですか? 場合によって、少しの駄賃くらいなら取り計らって差しあげますよ」

 キュリアさんは期待の眼差しを私に向けた。

「ちなみに、その場合によると、私はその後どこへ向かわされるのでしょうか」

「もちろん、学術室です」

「謹んで辞退させていただきます」

 私が即答で却下すると、キュリアさんはしばらく考えた顔をしてから、何の気なしという気配を装って話題を変えた。

「時にアリエ様」

「はい」

「昨日いただいた書簡ですが、今回のはまた随分と素晴らしい出来でしたね」

「あ、え、ほんとですか」

 裏があると分かっていながら、私はついつい身を乗り出した。努力が報われ、うっかり嬉しくなってしまったのだから致し方ない。

「はい、それはもう。薄い桃色でしたが、色が付いているというのはなかなかに雅なものですね」

 まさに飴を与えるキュリアさんは、ふっと目を細めると、これまでになく優しい顔になった。

「いただくごとにどんどん上達されていきますね」

「まじですか!」

 何かといえば、紙である。

 世間で使われている筆記媒体はパピルスか羊皮紙であり、まだまだ紙というものは見かけないのが現状だ。しかも、どちらも何だかんだと流通も少なく高価であり、一般家庭で常用することは難しい。

 何のことは無い。趣味と実用を兼ね、暇をみつけて私は紙漉きに挑戦しはじめたのである。娯楽がないので察してほしい。

 基本的に、工業化され木材パルプを利用している洋紙を除けば、紙とは木の皮や麻、木綿などを原料として使用するのが主流である。が、その辺にある雑草からでも意外と紙は出来てしまう。もちろん色や質感など到底小学校の実験も抜けきらない出来ではあるが、手間をかければかけるだけ、どんどん物は良くなってくる。

「教会専属の職人になるのであ」

「さあ、大聖堂か! 行くのは初めてだなあ!」

 手紙一式、小さな一筆箋と封筒をこさえるだけでどれだけ手間隙かかると思っているのだ。それでは借金返済どころか終身的な拘束である。そういうことは歴史の奇跡に任せてほしい。私の紙漉きはあくまで余暇の利用なのだ。

「残念です」

 いつの間にか、いつものきりりとした顔に戻った彼女は、さらりと短く呟いた。普段厳しいものだから、優しい顔をされるとついついどきりとくるのである。油断大敵、飴を差し出す手と反対の手を背後に隠し、そこに鞭を握っている。甘い顔には裏がある。

「パピルスと羊皮紙でいいじゃないですか。記録残したいなら木簡なんてどうですか」

 かの四千年の歴史にもある折り紙つきの品である。

 その後、結局聖堂へとついていくことになった私に加え、冒険者気質のオルカも当然のように乗り気で参加の意を示した。

 なぜ微妙に照れているのかはあえて聞かないでいておこう。中途半端に惚れただけの輩を私が許すと思うのか。性格不一致、家庭内暴力、浮気やその他もろもろ含め、何があっても一度マナの導きとかいう絆を誓いあってしまったならば、離婚なんて出来はしない世の中だ。

「貴方はどうされますか」

 キュリアさんはまだ動向の確定しないカインの方をうかがった。

「行くそうです」

 即答したのはもちろん私だ。一銭も出されないまま、放っておいてどこかに去られてしまっては目も当てられない。

 厳密に言えば強制しているわけではないので本当についてくるか定かではなかったが、カインは律儀にもついてきた。本当に律儀なのだとすれば、天晴れというか、不憫である。

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