24.シーン2-12(聖堂)
外へ出て聖堂への階段を登っていくと、昼下がりのうららかな陽気に混じり、陰気ともとれるどろどろとした嫌な気配が辺りを包み込んでいく。これで聖堂とはまた、ずいぶん強烈な御利益を期待してもよさそうだ。祟り神でも祭っているのか何なのか。
聖堂へとたどり着いてみれば、本堂をぐるりと門が取り囲んでいるのだが、この門を通過した際に気がついた。びっしりと、何かの防護魔術が張り巡らされているのである。
わずかに垣間見ただけだったが、私はこれが、中のものを守るためにあるわけではないのだということに察しがついてしまった。祟り神なんてはじめは冗談半分で考えていたものだが、なかなかどうして、これが真実味を帯びてくる。聖なるお堂と呼ぶにしては、飾り気もなくどこか殺風景な建物だった。
大きな聖堂の横にある勝手口から案内された私たちは、ちらほらと参拝者のみえる正面側から少し離れた場所にある、こぢんまりとした空間に通された。正面側がいわゆる拝殿のような役割を果たしているのだろう。
基本的に、一般の参拝者はあまり長居できないため、落ち着けるような場所は特になさそうだ。とはいえ、そもそも参拝者自体がほとんどいない。みな、少し下の方にある別の聖堂で引き返しているようだ。この様子なら、それが賢明だと言えるだろう。
門や緑の寂しい庭を含め、この広い聖堂の敷地を例えるならば、やはりあの単位を使うのがベストであろう。東京ドーム、約四分の一個分。意外と狭い。いやいやいや、他の建築物に比べてみればとてもとても広大だ。
だというのに、広々としているはずの屋内はやたらと壁や敷居や回廊が多い。ざっと感じた感覚で捉えるならば、円、もしくは渦を描いているのではなかろうか。さらに、それらに平行するようにして、幾重にも防護魔術が張られている。すさまじい念の入れようだ。ここまでしてなぜこんな所に参拝に来る意義があるのかと、思わず問いたくなってしまう。
ミリエはこの防御魔術の一端を担うために、交代でやってきたというわけだ。腕に覚えのある術者何人もによる厳重な協力体制のもと、何か、恐らくはこの不穏なる気配を放つ何かを押し止めているのだろう。
ミリエは到着するや否や、交代する者のところへ行ってしまった。いつまで就いているのかはわからないが、これは過酷な任だと言えよう。終始この気配のなかで防御魔術を張り続けなくてはならないのだ。
「アリエ、顔色悪いけど大丈夫?」
オルカが私を心配して声をかけた。
「そんなに悪い?」
「蒼白だよ」
先ほどから、胸がむかついて酷かった。彼いわくの顔面蒼白状態らしい私のみならず、私たちの面倒をみるためについてきてくれたであろうキュリアさんも、あまりそう長居はできないに違いない。
彼女の方をなんとなく見ていると、ふとした拍子に目があった。オルカの言った通りよほど私の顔色が悪いのか、キュリアさんは少し気まずそうな顔をしている。あまり申し訳なさそうな顔をされてしまうと、こちらまで不甲斐なくて申し訳なくなってくる。
「すみません、学術室に行っても役に立たないかもしれません」
「いいえ、あまりご無理なさらないでください」
キュリアさんは、恐らくこの張り巡らされている防護魔術や魔術士たちの体制について、私に少し考察してほしかったのだと思われる。ここまで異様な事態とあらば助力してあげたいのは山々なのだが、いかんせん小難しいことを考えられるような余裕がない。
マナが濃いかというよりも、ここ一帯が放つマナの気配がどうにも合わない。マナというより、そう、強いて言うなら何らかの意思、誰かの魔力を帯びていると言えなくもない気がするのだ。
この特徴的な何かの気配を、全身が無意識のうちに拒絶している。私はこの気配を知っている。これはきっと、死の気配だ。ほの暗い眠りの底へと命を誘う、ゆるやかなる死の気配。
渦巻くような異常なマナがまとわりついて離れない。足元を掬われそうな感覚に、身の毛がよだつ。私はこれとよく似た魔力も知っている。だったら一体、どうなるというのだ。
「アンタ、そんなんなるならついて来なけりゃ良かったじゃない」
「あれっ」
思わぬ声に振り向いてみれば、なんと先ほど行ってしまったと思っていたミリエが戻ってきていた。
「交代そうそうサボタージュとは。確かにあまり気乗りしない任ではあるが、そう胸を張ってサボられると姉としては複雑です」
「失礼ね。ちゃんとやってるわよ」
ミリエは憤慨して腰に手を当てた。確かに言われて探ってみれば、彼女から発せられている魔力に染まったマナが、陣の一部を占めている気がしなくもない。感覚を開きすぎると胃の中を戻しそうになってくるので、あまり多くは探れない。時間的な問題で昼食は摂っておらず、また不健康なことに朝食も食べていなかったのだが、今回ばかりは正解だった。
「ミリエ様は別格ですよ」
キュリアさんが少しばかり鼻高々な雰囲気で教えてくれた。やはり幼い頃から面倒をみているだけあり、感慨深いものがあるのだろう。なんでも、魔力の高いミリエは他の術者とは違い、多少動き回る余裕があるのだそうだ。
「ブルジョワめ……」
ミリエは気の毒そうな顔で私を見つめている。顔面蒼白で少し前屈み気味の私は、見るからに具合が悪そうに映るらしい。
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