11.シーン1-10(森)
私が先に行ってしまったオルカを追いかけようとすると、驚くことに再びカインの方から話しかけてきた。
「珍しい使い方だな。周りは男ばかりだったのか」
一瞬何のことかと思ったが、おそらくは私が狼を弾き飛ばした時のことを言っているのだ。魔力が高い彼には、僅かに漏れ出た魔力の波動が分かったらしい。
それよりもだ。なぜそこから見ず知らずの少女の身の上を気にかけるというのだろうか。そんなに私は可愛いか、そうかそうか。
ちなみに、実際における私の身辺環境についてだが、確かに私はむさ苦しい男たちの中に混じって剣を振るう機会が多い。地元の町で父が参加している自警団のようなものに、同じくちゃっかり参加させてもらっている。マナが豊富すぎる土地柄の為か、魔物の数も多いのだ。
もちろん、昔ちょっと剣道をかじっていました程度の私など、下っ端お使いも良いところのなんちゃって扱いなのだろう。それでも「なかなかやるな」くらいのお世辞はもらえたりしている。昔とった杵柄である。
普通、ただの町娘が武芸を覚える場などないものだから、暑苦しい団員内で私は荒野に咲いた一輪の花、紅一点なのである。
無論、町には若い男子もいて、腕に覚えのある者は同じく自警団に参加してくる。そんな中で、彼らとあれこれ世間話をしたり意見交換したりと会話する場面は多い。
言わせてもらおう。私には浮わついた話など何ひとつとして無いと。何ゆえ。何ゆえ私はモテない。みなどこに目をつけているのだ。その股にぶら下がっているものは飾りか。
自警団の若い男子はみな、買い物かごを腕に抱えた町行く他の娘たちと楽しそうにしているのである。
私を贔屓にしてくれている団長が言った。
「お前も武術修行はほどほどにして花嫁修行したらどうだ」
誤解である。私だってしっかり必要分の家事はこなし、その上でこうやって出向してきているのである。別に、家の母に無理をさせてまで好きにやっているわけではないのだ。
近代の世界へと人類の生活を一変させたものの最たる例は産業革命、つまり工業化による社会構造の変革だ。何をやるにも手間隙がかかる世界では、女は家、男は外というのは理にかなった適材適所といえるだろう。
例外もあるだろうが、平均すれば男女の差とはやはりそのためにうまく出来ているのだと言って良い。技術の飛躍で余暇が出来て、はじめて男も女も今まで踏み込めずにいた領域へと挑戦することを許されたのだ。
そうして人々の生活が移り変わっていく中で、ようやく今まで存在しなかった概念が生まれ、人権やら男女平等なんていったものが浸透しはじめる。だから、ここで私がこうして剣を振り回している裏では、家の仕事がないがしろにされていると思われてしまうのも無理はない。他は他でみな手一杯なのだから、それは私の仕事と言えよう。一家の娘として、私は家事を手伝わなければならないのだ。
しかしだ。それでも私は、出来ることを色々やりたい。ならば、自分で工夫して、時間を作り出すしかないではないか。少なくとも私は、誰だって色々なことに挑戦できるのだということを知っている。それに、ここで下手に引き下がって、皆にからかわれるのもたまらない。私はまさに、己の存在を試されている時なのである。
「団長は私が健気に旦那の帰りを待つような甲斐甲斐しい女に見えますか」
今思えば、私は何かを間違えた。
察してほしい、誰も私をお嫁さんにもらってくれなさそうなのである。うっかり荒野に咲いちゃった行き先不安なお花である。私はこの世知辛くドライな世界の中において、強くたくましく生きてゆかねばならぬのである。
つまりそう、そうなのか。そんな私なものだから、そう、そんな私なものだから、カインはつまり私にこう言いたかったのである。
「お前、色気ねえな」
言うに事欠いて、レディに向かってなんということを!
女だって家をしばし離れなければならない事情もあれば、襲いくる狼をボディブローでぶっ飛ばすことだってあるのである。しかし、それらと私が女であることは別物だ。私だって乙女なのだ。断じて言おう、乙女なのだ!
この恥知らずに思い知らせてやろうじゃないか、女だって負けず嫌いな生き物なのだということを。ステレオタイプな考え方も程ほどにするがいい。
数々の思いをぐっと飲み込み、私は天使のように慈愛と光にあふれた微笑みを浮かべてカインの方を向いた。
「てめえ、オレが女だとでも思ってやがったのか」
地を這うように低い余韻が、暗い霞の中を漂いながら消えていく。
沈黙。それはそれは長い沈黙が辺りを包み込む。
ちょっと君、なぜそこで黙りこむのだ。いいんだよ、下手な冗談だと笑って流してくれて。もう一度言う。なぜ何も言わないのだ! 完全に滑ってしまったではないか!
負けず嫌いが裏目に出た結果なのか、はたまた私の発言がよほど真に迫ってしまう迫力だったか、もしくは言葉も無いほど呆れられてしまったからかは知らないが、彼は何にも反応を寄越してくれない。気まずいことこの上ない。こうなると、冗談だと笑って流すに流せない。果たして意地を張る向きはこちら側で良かったのかが危ぶまれるところであるが、しかしながら女は度胸と思い切りなのである。
「アーリエー、カインー」
道の向こうから情けない呼び声が響いてくる。
気まずい沈黙を天使の笑みのままやり過ごした私は、何事無さを装いそのままオルカを追いかけた。
少し騒がしい道中ではあったものの、結局その後は何もなく無事に森を抜け出ることが出来たのだから、終わり良ければなんとやらだ。
森を抜けるまでの様子を述べるなら、私は大人しく歩き続け、オルカは少しふてくされていたがしばらくすると機嫌も直り、カインはやっぱり黙りきったままだった。そして、木々の様相が変わりはじめたあたりから、オルカが晴れ晴れとした顔つきで走りだしたという具合だ。何も言うまい、私にも非はあった。
周りに生えた植物達が完全に見慣れたものになったところで、私も思いきり深呼吸して伸びをした。久しく仰げずにいた空を見上げてみれば、もうすっかり黄昏時である。
もう一度胸を撫で下ろすように息を深く吐いたあと、私はオルカに礼を述べてブローチを返した。三人全員、キノコもカビも生えていない。顔のレイアウトも多分無事だ。保護魔術により守られていた私はもとより、魔力が高く耐性のある彼らも、不調などはないらしい。
ひっきりなしに深呼吸とため息を繰り返す私を見ながら、オルカは軽く苦笑した。
「大丈夫だって。大げさだなあ、アリエは」
大げさなのかもしれないが、私にとっては死活問題なのである。これでも、身の回りの範囲のマナ云々にはかなり気を使っているのだ。
やつらときたら、年がら年中、四六時中ところかまわずゆらゆらふよふよ漂いながら、湧き出た小バエかカトンボかのようにまとわりついて隙あらば割り込んでくる。乙女の領域に土足で踏み込もうなど言語道断だ。
マナに囲まれて良い思いをしたことはない。普通にある分には仕方がないし、私だってそれくらいは構わないだろうと思っている。それでもやはり、周囲を濃いマナや魔力で囲まれるのが苦手なのだ。
「前にちょっと、嫌な思いしたからね。どうしても、苦手で」
私も苦笑しながら返すと、オルカは考え込むように頷いた。
「うーん、おれはあんまり気にならないけど、みんな大変なのかもなあ」
彼は頭をかきながら、背後の異質な森を眺めている。もしかしたら、私が神経質になってしまっているだけかもしれない。
そういえば、マナに中てられたとき、人は変質するのだろうか。あまりそのような話は聞いたことがない。魔物は多く存在するというのに、考えてみればおかしな話だ。強いて言うなら、色合いだけに関してのみ述べるのならばモンモンボーイは人間離れしているのだと言えなくもない。ワレワレハウチュウジンダ以下略である。さらに言うなら宇宙人も人である。
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