12.シーン1-11(小休憩)
完全に暗くなってしまう前に野営の準備を手早く済ませ、私たちは適当な場所に腰を下ろした。
既に焚いている火とは別にせこせこと小さな焚き火を作り込んでいる私のそばでは、やはりオルカが無言のカインにさまざまな質問を浴びせている。もちろんオルカの声しか聞こえてこない。聞かれる方は否定形すら口にするのがかったるくなってしまったに違いない。
ぱちぱちと音を立てて火が燃え出すのを確認した私は、炎の先の辺りに神経を集中させた。少しすると、ぴんと何かが張りつめたその上からは、じゅうじゅうと小気味良い音と共に香ばしい匂いが漂ってくる。私はつい感極まって目頭を押さえた。
私が作ったお粗末な障壁の上には、昨晩うっかり思い付いて水で薄めた酒で戻しておいた干し肉が乗っかっている。鉄板ほど熱伝導率は良くないのかもしれないが、それでもしっかり焼けている。
魔力障壁とは、自らを中心として球体ないし半球状の力場を作り出すもの、あるいは狙った地点のマナを固定し、物質的な効果を得るものを指す。前者は己の叩き出せる出力に自信がある者のみが使える専売特許と言えるだろう。私が気軽に扱えるのは後者の方だが、これが意外と便利な代物なのである。
例えばの話、高い位置にあり手の届かないものも、障壁を作ってその上に乗れば、なんと手が届くのである。すごい。素晴らしい。生活の友。
もちろん強度を上げるためにはそれ相応の魔力量が必要になるわけだが、そんな力は無くたってこうして肉を焼けるのである。
今、私の目の前では肉がめっちゃ焼けている。それ以上、どんな事実が要るのだろう。
「ね、アリエもそう思うでしょ」
「もちろん。いつでもどこでもバーベキューが出来る。素晴らしいことじゃないか」
オルカが同意を求めてきた。私は塩梅の良さそうな肉をこれまた昨晩枝を削って作っておいた手製の箸で裏返しながら、はっと気づいてオルカを見た。
「あ、食べる?」
「全然話違うから! ていうか、さっきから何してるの!」
彼は私を見るなり目を剥いてから、焼けた肉のひとつを受け取りしっかり食べた。
「焼肉したいなって昨日思った」
バーベキュー、それは野営の華である。
「そういう意味じゃなくて!」
そう言いながらも、彼はまたもや焼けた肉をちゃっかり受け取りしっかり食べた。
「もう、アリエはアリエで何考えてるのかよく分からないよね」
それは余計なお世話と言えよう。世界の七不思議たる乙女心を君らに知られてなるものか。
「ほら、携帯してても干し肉固くて噛めないじゃん。なんとかならないかなって」
「だからそういう意味じゃなくて!」
結局彼はそのあともう二切れほど焼けた肉を受け取った。
「で、話って何だったの」
私は近くの沢から汲んできていた水をカップに入れて、障壁の上で温めながらオルカに訊いた。やはり夜は冷えるので、じっと動かず座っていると温かいものが欲しくなるのだ。
私と違って少年二人は流浪の長旅前提らしく、色々とサバイバルを想定した装備を揃えていたので助かっている。そもそも次の船を漁村で待てば苦労しなかったのでは、なんていうのはもう野暮な話と思っておこう。
「いや、ただカインって普段何考えてるのかよく分からないよなあっていう話」
それも余計なお世話と言えよう。
「マントのフードもとってくれないし、理由も教えてくれないし」
確かにオルカの言う通り、カインは一度もマントのフードを外していない。私は船で間近から覗いているが、普通にしていたらまず目元くらいから上が見えない。むしろ、彼自身も前が見えているのか甚だ疑問だ。
実は逃走中の重罪人とかいうのでなければ、余程自身の異質性を隠したいと見える。奇抜な印象とは違い、意外と引っ込み思案なのかもしれない。だけど、それじゃあ前が見えなくて、思わぬところで転んじゃうかもしれないよ。
「あんまり頑なに隠してると、逆に気になっちゃうんだよなあ。ねえ、アリエ」
オルカがまたもや私に同意を求めてきた。
思い返せば、私が見たものと言ってもたったわずかに垣間見えた前髪らしきものの一部なのだ。確かに言われてみれば、ただ頭髪が真っ赤っかだというだけで、こうまでそれをひた隠しにするものだろうか。
なんたることだ。もしかしたら、私は大いなる勘違いをしているのかもしれなかった。恐らく彼は、さらに隠さなければならない重大な秘密をその頭部に抱えているのだ。
「禿げてるんだ。察してやれ」
橙色にゆらゆら燃える炎を見つめ続けていた私は、薪をほうって粗雑に火へと焼べながら、重々しい口調でオルカをそっと引きとめた。若年性脱毛症。彼はきっとものすごく苦労している。
はっとした私はオルカの方を振り向いた。
「潔くあたま丸めちゃえばいいのにね」
出家である。
それ以降、オルカは何も言わなくなった。
静かになると、何もすることが無くなってしまう。私は空を見上げて星を仰いだ。降り注ぐような星たちと明るい月が静かな大地を優しく照らす。
いつまでたっても、夜空の天球は見慣れなかった。あまり世の中の出来事に無駄なものがあるとは思いたくないが、古の神々が宿る星の並びの知識については、無駄になったと言って良い。
聖都まではあと僅か、審判の時は近い。カモと保険を引き連れてはみたものの、果たしてそれが吉と出るのか凶と出るのかまだ分からない。
心配事の大半は杞憂に終わるなんて言うが、今回ばかりは何もないとは思えない。寂しくなった首元に手を当てながら、私はもう一度ため息を吐いて、どうなるものかと頭を抱えた。
それから聖都に到着したのは、中一日後の昼下がりである。
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