有能魔王


 気が付くと真っ白な世界に居た。浮いている感覚はないが、地面や床は存在せず、天井もない。

 どこまでも真っ白だ。

 気が付くと真っ白な世界に居たなんて、異世界転生ものの冒頭のようだ。だいたいプロローグとして、生きづらく息苦しい現世の生活が描かれた後に事故やらなんやらに遭遇するか、たまたま見つけたサイトでキャラメイクしてゲームスタートすると異世界生活が始まるのだ。

 前者のパターンだと、異世界に行く前に神や女神との会話があるのがお決まりだ。死んでしまったのが手違いであったり、様々な理由によって、異世界で生まれ変わることが告げられて、特殊な能力を与えられるのだ。


 そう、記憶をたどるとまさに今の状況と一致する。川に落ちたのだ。川というか水路に。酔っぱらってとか誰かを庇ってというわけでなく、つまずいて転んだ先が水路だった。大雨が降って増水していた。某県ほどではないが、うちの近所も常に危険と隣り合わせだったのだ。


(そこまで理解しているのなら話ははやい)


 頭の中に声が響く。


「え? だれ?」


 神様的なやつだろうなーと思いながら声を出すと、


(まさにそのとおり、面倒なので姿は見せんが……)


 頭の中の声は矢継ぎ早に伝えるべき情報を伝えてくる。

 声を聞くというよりも、情報が直接頭に入ってくる奇妙な感覚だ。


(そのほうが手っ取り早いからな。では行ってまいれ)




 気が付くと、俺は草原に立っていた。赤子スタートじゃないパターンだというのは神から聞いていた。他にも、全属性の魔法が使えるだとか、素手でも武器でも世界最高峰レベルの実力があるだとか。さらに魔物を倒すと経験値がもらえてレベルがアップし、体力やら素早さやらのステータスがガンガンあがり、さらに常人よりも取得する経験値が優遇されてるだとか、この世界には魔王がおり、人類を滅ぼしはしないが、恐怖を与えているからそいつを倒すのが目的だとか聞いた(聞いたというか直接情報を送り込まれた)。


 マップ(これも神から与えられた能力で、街の位置とか魔物の位置とかが頭に浮かぶ)を開くと、ほど近い所に街があり、周囲には結構な魔物が存在している。

 とりあえず、街への最短ルートを歩き始める。


 魔物と出くわしたが、今の実力からすればその動きは非常に遅くて隙だらけで、脅威でもなんでもなかった。そこらへんに落ちていた棒きれで軽くたたくだけで倒せたし、ごく弱い魔法でもオーバーキルのようだった。素手での攻撃は精神衛生上やめておいたが、多分それでも倒せただろう。


 そんなこんなで街についた。

 街の入り口に魔物が突っ立っているのが気にはなったが、叶わない相手ではないので、会話が通じるなら、話してみて、襲ってくるなら倒すまで。


「あ!」


 その魔物がこちらを見つけて声をあげると同時に、強大な魔力の気配を感じる。


 気が付くと目の前には魔王――誰がどうみても魔王だとしか思えないような典型的な魔王――が居た。


「死ね!」


 魔王がエネルギー弾のようなものを放つ。

 とっさに躱そうとするも、よけきれない。速い。

 食らってふっとび、体力がゴリゴリ削られるのを感じた。


「ほう、しぶといな。あとは任せた」


 魔王が言うと、魔王と姿形が同じのが10体ほど出現した。

 それらが一斉に攻撃してくる。


 威力はさっきのものより弱く、スピードもギリギリ躱せなくもないぐらいだが、10体同時なので対応しきれない。


「冥途の土産に教えてやろう。一思いに葬り去ってやってもいいのだが、あまりにもむなしいというか、説明するのが趣味というか日課みたいなもんになってしまってな」


 魔王が言う。


「お前のたちの概念でいうところの神は、わたしがこの世界を支配しているのが気に食わんらしい。人間たちの恐怖や絶望する姿を見るのがこの私の唯一の楽しみなので滅ぼしきるわけはないのにな。神も自分が選んだ勇者が仲間を集め、仲間と共に成長し、魔王、つまりこの私を倒す過程を眺めて楽しむという似たような趣味を持っているらしい。が、黙ってそれに付き合ってやるほど私はお人よしではない。なので、全ての街や村に配下を置いて、勇者が現れると連絡が来るようにしたのだ。そして勇者が育ち切る前に倒してしまう。最近では、それを見越して既に育ち切った勇者がやってくるようになったが、1対1だとまだ私のほうが強い。ひとりで私を倒せるような勇者を送り込むことは神の美学に反するのか、制約があるのかはわからんが。あと、属性魔法が無効化されてたり、物理攻撃が一切きかなかったりというふざけた能力を持つ勇者が増えてきそうだったんで、直接生命力を削る魔法を開発して、自分で撃つと疲れるし、こうやって落ち着いて話もできないので分身の魔法も作った。なので今のところは出る杭が出る前に叩くことに成功している。たまに街とか一切寄らなかったりするやつもいるが、この世界には1kmごとに監視役の魔物を配置してて、連絡が来るようになってる。あと勇者パーティに入って成長しそうなやつは早めに見つけて対処してます。人間が生まれると、台帳に記載するようにして管理してるのです。初めは管理するだけの目的でしたが、色々考えてみると便利に使えるんですよね。その人の情報を一枚のカードに登録して持ち歩くような制度を作るところから始めて。突然変な力に目覚めるから毎年チェックしてたのね。全員を。で、カードがあるんだったら街の出入りとか、身分証明とか、それこそ冒険者カードと統合できるよねって。なんなら、現金を持ち歩くのやめて、魔王台帳カードに全財産を預けて、お給料受け取ったり、お買い物に使ったり、税金納めたり。ポイントカードにもなってるから、お店ごとにポイントカード持つ必要もないんですよ。本人の魔力にしか反応しないからセキュリティも万全で、落としても1メートルほど離れたアラームが鳴るようになってるから無くすこともないんです。凄く人間どもからありがたがられましたわ。唯一の欠点としては魔王である私が居なくなるとシステムが動かなくなってしまうんですね。なので、私を倒そうとする人が出てきたら自発的に人間が教えてくれるようにもなってるんですよ、実際。まあ、建前として配下の魔物を街においてますけど。あなたみたいな人が守るべき人間に告げ口されたらショックでしょう? あと、身分証とお金の管理以外にも便利な機能がいっぱいあるんですよ。その場の風景を記録して保存出来たり、遠く離れた人と話ができたり、月々の基本料金はかかりますけどね。音楽も聴けるし、転移魔法も発動させられるので好きなところに移動できますよ。あと、アイテムとかも保存できたり。かなり課金しないと遠くへの移動とか、大量のアイテムを補完とかはできないですけどね。あんまり便利すぎるのもあれだし、私の魔力にも限りがあるんで。でも、人々の生活は凄く進歩しましたよ」


 痛みと朦朧とした意識の中で、魔王が何を言ってるのか理解することはできなかったが、なんとなくこいつを倒すべきではないというのは伝わった気がした。


~fin~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る