第3話 4月・ハンカチの行方

「雨雫(うしずく)ーっ」

整然と歩いていた人間が突然進路を変更すると周囲に迷惑がかかる。この事を自分に当てはめようとせず無意識に行う人間がどれほどいるのでしょうか。私もその中の一人なのですから、相手に文句も言えません。というより、文句を言おうとした時既に遅し、ぶつかった相手はどこにもいなかったのですから。



目の前に着物姿のオカッパ女子がいる。え、どうしよ声掛けてみようかな。和美人って感じ?後ろ姿しか見えねーけど、絶対美人じゃんって俺のカンが言ってる。気がする。

寺松翔(てらまつ しょう)は馬鹿なことを考えながら人の波にのまれていた。

突然、前を歩いていたオカッパ女子が男にぶつかりよろめいた。と同時に布のようなものが落ちた気がした。ぶつかった男は気付かず去っていく。オカッパ女子も、何事も無かったかのように歩き始める。

あれ?俺の見間違い?寺松も人ごみの一部であり、それ以上あの場に佇むことはなかった。



寺松はその足で一人の男と合流した。

「佐原(さはら)先輩っすよね?俺、寺松って言います!よろしくっす!」

「あ、君ね。俺らのアカウントフォローしてメッセージまで送ってくれたの」

佐原信男(さはら のぶお)は寺松の格好をしげしげと眺めた。

「…チャラいね」

ぱあっ、と顔が明るくなる寺松。

「そうなんすよ!これ、氷黒(ひぐろ)先輩へのリスペクトっす!去年の学祭で初めて氷黒先輩見て、ここの大学に決めたんす!」

それで、と続ける。

「佐原先輩の所属ってバスケサークルじゃないっすか、フォローしてて、先輩が一番カッコ良かったんで、メッセ送りました!」

ほほう、と佐原はひっそり喜ぶ。こんなにも後輩気質な男に慕われるのは悪くない。

「まあうちのサークル結構ゆるいし、合コンとかする感じだし、楽しもーよ」

「合コン?!何か大学生っぽい!」

あ、違う。これただの馬鹿じゃね?と思った佐原だった。



馬鹿と先輩が話しているすぐ近くに、背の高い男と背の低い女がいた。

「きゃー変質者よー」

「何でそんなこと言うの」

「きゃー姉上の彼氏に襲われるうー」

「襲わないってば」

「じゃ何で大学にいるのよストーカーー」

「それは…」

言葉を紡ぐ男。苦しげに吐き出す。

「…俺がお前のゼミ担当だからだよ」

「ぎゃあああああああああーーーーー」

わざとらしく悶える女子学生。カチューシャで留めてある髪が乱れる。

「やめて。ちょっと、近所迷惑だし誤解されるからホント。ほらお菓子あげるから」

「いらねーよ幾つだと思ってんのバーカ」

「俺のお気に入りの学生は毎日お菓子パーティー開いてるけど」

「やだ何それ飽きないの?てかお気に入りって贔屓じゃないのそれ?姉上にチクっちゃお」

「いや、成績は関係ないよ…学部違うし」


「何やってるんですか皇紫(こうし)教授?」

男女の揉め合いに佐原と寺松が入ってくる。

すかさず女子学生が佐原に話しかけた。

「ねえ聞いてよそこのにーちゃん、この背骨と前髪長過ぎ野郎が私のゼミの先生なんだってショックなのーうえーん」

背骨…と抗えない問題に少し傷つきながら、皇紫は女子学生の名を呼ぶ。

「魔乃(まの)、佐原とは顔見知りなのか?」

「ううん初めまして」

「…佐原、ごめんね」

呆気に取られる佐原と寺松。

かくかくしかじか、教授が説明した。

「えーと要するに…」と佐原がまとめる。

「皇紫教授の彼女が、この子のお姉さんってこと?」

「そーゆーことおおおおおーーいおーい」

魔乃が泣き真似を演じる。

ここで寺松が魔乃の持っている布に気付いた。

「ん?」

「あ、これ君の?落ちてたんだよねー」

魔乃が寺松の視線に気付き、泣き真似に使っていたハンカチを振る。

「綺麗な色だな。浅葱…とでも表すのか」

教授も感心している。

「舞妓さんが持ってそうだよなー」と佐原。

寺松の脳裏に着物姿の女が浮かんだ。


「そのハンカチの持ち主、俺見たかも!」





続く

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奴らの大学生活 コンポタナック @BookMark4

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