転:夕暮れに影は這い寄る(2)

「と言うわけで行ってきます」

 カイトとクリス、クロードとレナの組み合わせで伝令用の早馬に乗った四人が、厩舎から一番近い城門へと向かう。夜道でも馬を走らせられるよう、騎手を務めるカイトとクロードは暗視用の特製ゴーグルを装着していた。

「頼んだぞ。場合によってはお前たちの働き一つで状況ががらりと変わる」

 城門の隙間からそっと外の様子をうかがっていた教官がカイトたちの顔も見ずにそう告げると、すっと片手を挙げてゴーサインを出す。と同時に、彼女の背丈の二倍は優にある、重さ数百kgもの城門を勢いよく蹴り開け、周囲を徘徊していた魔物に、指弾の要領で次々と雷撃を撃ち込む。

 扱いの難しいとされている雷魔術をほぼ無詠唱で連続行使する教官の姿に、図らずも自身との力量の差をまざまざと見せつけられる形になってしまったレナだが、そこにショックを受けてへこたれることなく、早馬が駆け抜けるほんの数秒の間だけでも教官の体内を流れる魔力の動きをできる限りつぶさに観察し、自らの魔力制御の参考にしようとする。

 そして、自動小銃を構えて弾丸をばらまくクリスに負けじと、精神を集中させ、魔力を練り上げる。

(たしか、ここはこんな感じにやっていた)

 先ほどしかと脳裏に焼き付けたばかりの教官の魔力の使い方を再現するようにリアルタイムで術式を改良していくレナ。そうして確かな感覚を掴んだ瞬間、閉じていた目を開き、術式を発動させる。

 轟音を立てて幾条もの雷撃が迸り、周囲にいた魔物を次々と撃ち抜いていく。教官ほどの速度はないが、一つの術式で複数の対象を狙えるという利点がこちらにはある。

「……いやー、リアルタイムに術式組み直すとか、人間業ではないでしょう。自転車で走りながら米粒に文字書くようなものだよ…あと十年もしたら「館」持ちくらいには余裕で上り詰めてそう」

 レナがやってのけた離れ業に呆れまじりの賛辞を送りつつ、自身も手元を一切見ずに次々と道中にいる魔物を撃ち抜いていくクリス。

 手綱を握るカイトの体の隙間にすっぽりと収まるように矮躯を丸めつつ、片手で優々とショットガンを取り回し、近づいてくる魔獣の土手っ腹に次々と大穴をぶち開けていく。動きの素早い小型魔獣には、もう片方の手に携えたサブマシンガンで的確に足の関節や眼球などを撃ち抜いていくことで牽制をする。

 もちろん吸血鬼化している相手にはサブマシンガンの弾丸など気休めにもならないが、さすがに関節を潰されれば少しの間動きが止まる。その隙を突いて、無防備な胴体にショットガンの獰猛な一撃を叩き込む。そこまでしてようやくまともな足止めになる。

「ちっ、だんだん「血の濃い」やつが増えてきた……これは帝都もヤバいかもだよ!」

「マジか。どうするよ、帝都着いたら火の海でしたーとかなったら」

「そしたら一目散に支部まで駆け抜けて、結界に入れてもらうしかないでしょ。でないとたぶん明日の日の目は見られない……!」

 冗談きついぜ、と愚痴りつつ、カイトは一層強く手綱を握りしめると、馬の腹を踵で蹴り上げた。

 ほんの数kmを走る間に何十頭という数の魔獣と遭遇している。この付近にのみ敵が集中していると考えても、相手の手勢が明らかに多い。多すぎる。これほどの数が余剰戦力として遊軍化しているなら、いったい全体、敵の全軍はどれほどの規模になるというのだろうか。

 国同士の戦争など経験したこともなく、迷宮内でも一度にこれほどの魔物と遭遇した経験もないカイトには、全く想像もつかない世界の話だった。

「クロード! レナ! ついてきてるか!?」

 まるで悠々と流れるツァイベル河の流れのように絶え間なく押し寄せてくる大小様々な魔獣たち。中には四足歩行で素早く近付いてくるものもいれば、二足歩行で手に武器を持っているものまでいる。

 幸い近接用の石斧程度のものでしかないので、遠距離から馬を狙われて絶体絶命……!という事態にまでは陥っていないが、それでも悠長に後ろを振り返って仲間の様子を確認していられるだけの余裕はない。

 返事の代わりに、雷撃がカイトたちの前方から駆け寄ってくる三つ首の獣を炭の塊に変えた。

「うっひゃー、いつにも増して苛烈だねぇ……!」

 これだけの威力の魔術を即座に撃てるようなら大丈夫そうだと安堵しつつ、明らかに自然の産物ではない異形の敵が出現してきたことに焦りと恐怖をにじませるカイト。

「あれたぶん本隊の一部だよね。さっきの三つ首のやつ。となると、もう帝都が襲撃を受けてるのは確定っぽい?」

「あぁ、だろうな。ほれ、お前にももう見えてるだろ、あの明かり」

「周辺警戒用のサーチライト……全部外に向いてるってことは、まだ帝都の城壁が突破された訳ではないってことかな」

 上空がうっすらと白んで見えるほどの光量をもって、優に十数mはある巨大な城壁の上から何十基というサーチライトが地上へと光のビームを投げかけていた。そして、それらが地上を駆け回る魔獣の姿を捉えるたび、即座に城壁の上に等間隔で設置されたバリスタから、長さが大人の背丈ほどもある攻城用の矢が発射される。

「……あれ、絶対自動迎撃だよな……下手すると俺らも撃たれない?」

「たぶん撃たれる」

「デスヨネー……いや本当マジでどうする?」

「要は落ち着いて相手の姿を確認していられるだけの時間があればいいんでしょ。ちょっと待ってて」

 帝都を囲む重厚な城壁まで、あと一kmほどというところまで来て、まさかの友軍に誤射される可能性が急速浮上してきたことに戸惑いを隠せないカイトたち。かといって周囲から間断なく吸血鬼化した赤い瞳の魔獣たちが襲いかかってくる状況にも変わりはないので、足を止めてゆっくり打開策を講じている余裕はない。

 これは本当にマズいのではないかと焦り、無意識に手綱を強く握りしめてしまうカイトだったが、クリスが一瞬だけ引き金を引く手を止め、小銃の先端部分に何かを取り付ける。

「照明弾! 撃つから! ゴーグル外して!」

 後続のクロードにも聞こえるよう、あらん限りの声を張り上げるクリス。ちらと後ろに視線を投げ、とりあえずクロードがゴーグルに手をかける姿を確認したところで、少年は進行方向の上空に銃口を向けて引き金を引いた。

 普段の軽く、内側から爆ぜるような発砲音とは違い、くぐもった火薬音が銃弾と共に上空へと昇っていく。ある程度まで昇ったところで、煙の軌跡を描いていた銃弾が、カッ!とサーチライトに負けず劣らぬ凄まじい光量を空中にぶちまけた。

 放たれた光は地上までしっかりと届き、早馬を走らせるカイトたちの姿を真昼のような明るさの中に映し出す。

「うわ、まっぶし……!」

「だから事前にゴーグル外してって言ったでしょ。こんなの暗視ゴーグル越しに見たら目がつぶれるよ」

 突然周囲が明るくなり怯む馬を叱咤し、決して足を止めるなと腹を蹴り上げる。

 遠目からでも確認できるように周囲が明るく照らしたということは、それまでは多少闇夜に紛らせられていた自分たちの気配を、もう完全に敵前にさらけ出してしまっているということ。となれば当然、それまではある程度距離があったおかげで気付かれずにいた魔獣たちも自分たちの元へ寄ってくるということ。

 幸い、今にも飛びかかってきそうなほどの至近距離にいた敵は強烈な光に目が眩んでいるため少しの猶予が生まれているが、明順応は暗順応よりも早い。それが再生能力の大幅に強化された吸血鬼ならば尚更だ。ただの何の変哲もない動物に過ぎない馬の目が明るさに慣れるのを待っていたら、カイトたちはあっという間に八つ裂きにされてしまうだろう。

 故にカイトたちはまだ強烈な光に目の眩んでいる馬の腹を蹴り上げ、無理矢理に走らせるのだ。半狂乱になっている暴れ馬をなんとか乗りこなしつつ、図らずも生み出された空白の時間帯にひたすら城壁目指して突き進む。

 二発、三発、と続けて照明弾を撃ち上げ、進路上の光源を確保していると、城門の通用口の覗き窓が開くのが見えた。残り約百mほど。周囲はけたたましいほどの喧噪に満ちているが、もう大声を出せば相手に聞こえなくもない距離。下手すると舌を噛むぞと思いつつ、カイトは大きく息を吸い込んだ。

「「学園」所属のカイト・クーランジュです! 「学園」襲撃の報を伝えに来ました! 通行の許可をお願いします!」

 覗き穴の向こうに見えた兵士が通用口を開いてくれると信じ、カイトは馬を減速させることなく、クリスの体を抱きすくめるようにして身を屈める。普通に体を起こして騎乗していたのでは、通用口の高さ的に正面衝突してしまうからだ。

 そして、そんな体勢を取ってしまえば、当然クリスは周囲の魔獣を迎撃できなくなる。ほんの数十mのことではあるが、最も敵の数が過密状態にある中をほぼほぼ無防備で駆け抜けることになる。どうか遠距離攻撃のできる相手がいないでくれ、と天に祈りを捧げながらカイトは馬の頭よりも低く身を屈める。まだ扉は開かれていない。

 城門まで残り数mまで迫った時、ついに勢いよく通用口が開け放たれた。一切の減速をすることなく扉を駆け抜けるカイト。ほんの数秒だけ遅れてクロードたちも後に続く。

 そして、二頭が通り抜けたのを確認した直後、すぐさま扉は閉ざされ、再び敵の侵入を阻む堅固な壁となった。

 上体を起こし、あっという間に遠ざかっていく兵士たちの背中に感謝の言葉を投げかけつつ、四人は帝都の大聖堂を目指して大通りを突き進むのだった。

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