承:真夏の太陽は恋に似て(1)

 カイトたちがクロードの誕生日プレゼントを探しに帝都へ出かけてから数日後、クロードの誕生日からは翌日となり、さらには試験結果の発表前日という要素重なりまくりの休日。そんな日に、カイトはクロードから深刻な顔で自室へと呼び出された。

「……実は、昨日の誕生日に、レ、レナからプレゼントをもらってしまったんだが……」

 顔の前で腕を組みながら、実に深刻な顔で切り出すクロード。けしかけた張本人であるところのカイトは、表情は平静を装いつつ、内心で必死に笑いをこらえていた。

 学園は、その性質上地元を遠く離れて入学してくる生徒が大半であり、そんな生徒のために寮が併設されている。寮には食堂があり朝夕の二食が完備、風呂とトイレは共同。学生たちは時折洗濯場で支給された制服を取り違えながらも、比較的平穏無事に共同生活をしていた。

 そして、寮は二人一部屋が基本であり、そもそもカイトとクロードは同室なので呼び出すも何もないのだが、驚天動地の極みにあるクロードとしてはそんな簡単なことにも頭が回らないほど混乱しているらしい。

「ふぅん、珍しいな、レナがそういうのに興味を示すなんて。一年一緒にやってきて、ようやくチームメイトとの絆に目覚めたってところか?」

「い、いや、分からない。渡された時の態度はなにかのついでみたいな、丁度そこにあったから持ってきたみたいな、そういう感じだったから、全然真意が分からなくてだな……」

 あくまでも平静を装い、そんな話は今初めて聞いたという体を貫くカイト。普段であれば、間違いなくウザいほどはやし立ててくるはずなのに何故か冷静なカイトの態度からなにかしらの違和感をつかみ取っていたに違いないが、好意を寄せている女子からの初めてのプライベートな贈り物という事態に直面し、クロードは著しく思考能力が下がっていた。

 いくら普段は冷静沈着にチームのブレイン役をこなしているクロードと言えど、その実態はまだ二十歳にもならない思春期真っ只中の青少年。ちょっと初恋をこじらせてしまえば、クールなキャラもこの有様という話だった。

「……で? それがどうした訳? レナから物もらうと何か不都合でもあんの?」

「い、いや、別にそんなことはないんだが……」

 (あーーーー、おっもしれーーーーーー。こういうクロードはっじめて見たぜ、おい。こんな取り乱すなんて正直予想外だったわ)などと不届き千万なことを考えながらクロードをおちょくるカイト。他人の恋路を邪魔するものは~~ということわざは、どうやら知らないらしい。

「んじゃあ、素直にありがたくちょうだいしとけば? 何もらったかは知んないけど、別にもらって減るようなものではなかったんだろ?」

「それは……たしかにそう……なんだが……」

 どうにも奥歯に物が挟まっているような言い方をするクロード。彼がレナに対して恋心を抱いていることなど、既に公然の秘密のようなものなのだが、知らぬは当人ばかりなり、というやつなのだった。

 そして、本人的には完璧に隠し通せていると思っているその状況を悪用している馬脚キック案件野郎ことカイト。だんだんと頬がひくついてくるのを隠しきれなくなってきている。幸い、クロードが組んだ指に額を当てる形で顔を伏せているのでまだ延命されているが、ついに耐えきれなくなって爆笑し、馬脚をあらわしてしまうのも最早時間の問題である。

「正直な話、先々月の俺の誕生日ん時はガン無視だったし、覚えててくれたってことは、レナ的にもお前に対して何か思うところがあったりするんじゃないの? おまけにプレゼントまで用意してた訳でしょ? これで脈アリじゃなかったら何なんだって話だよ」

 クロードを焚きつけるようなことを口にするカイト。無論、この男は彼らから教えられるまでレナがクロードの誕生日を全然把握していなかったことを知っている。知っている上でのこの発言である。最低野郎という言葉は、まさにこの男のためにあるのかもしれない。

 しかし、同時に、カイトはレナがクロードへのプレゼント選びに対して、いつになくやる気を発揮していたことも知っている。たとえ覚えてはいなかったにしろ、教えてもらえれば誠意をもって対応する程度には、クロードがレナから意識されているということも、彼は知っているのだった。

 その根底にあるものがどういった感情なのかまでは、さすがにカイトにも分からないが、少なくともそれが悪感情でないことだけは分かる。でなければ、あそこまで真剣にプレゼントの案を検討はしないだろう。

 そして。

 だからこそ。

 今、ここで。カイトはクロードをけしかけているのである。

 レナの内側に秘められている感情がどんなものなのかを確認するために。幼なじみにして無二の親友であるクロードの恋路を応援するために。一人ではなかなか踏み出すきっかけを作れないクロードに、周囲と結託してその機会を提供してあげているのである。

 それは、ともすれば余計なお節介かもしれない。クロードの恋が破れるのを後押ししてしまっているだけかもしれない。しかし、行動しなければ結果は分からないのだ。かつて、行動しなかったがために答えを得る機会を永久に失ってしまった自分のように。

 故に、カイトはいつまでももだもだしているクロードに対して、早く一歩を踏み出せと言っているのである。

 その後もあれこれと言葉を重ね、ついにクロードの説得に成功したカイト。そのまま数少ない女子が使用している階へと赴き、レナに翌日の予定を確認してくる。まぁ、その日は試験結果の発表日なので半ば予想されていたことだが、当日のレナの予定はオールフリー。いつでもどこでも呼び出しの約束を取り付けられる状態だった。

 という訳でトントン拍子に話は進み、クロードは翌日の午後、人気のない空き教室でレナと二人きりで落ち合うこととなった。もちろん、クロードと二人きりという部分については、レナには内緒である。流石にそれをドストレートに明かしてしまうほど、カイトもバカではない。

 ちょっと話したいことがあるのでどこそこの空き教室まで来て欲しい。という、嘘はついていないが真実を全て伝えている訳でもない巧みな話術を披露し、レナとクロードの逢い引きの場を作り上げた。何故その情熱や弁舌を普段から発揮できないのかという話だが、まぁ、それはそれ、他人のためにこそ力が発揮できるタイプなのだと思うことにしておきたい。


 そして夜が明けて試験結果発表当日。学生たちが大講堂に集められ、結果発表の掲示を待つ中、落ち着かない様子で脇の通路を行ったり来たりするクロード。のついでに、何故かこちらもそわそわと貧乏揺すりの止まらないカイト。

「いや、なんでさ」

 朝イチでカイトから事情を聞いたクリスが、カタカタと小刻みに揺れ続けるカイトの肩を見ながらツッコミを入れた。

「あーーー、なんかこれから一世一代の大博打が打たれるのかと思うと、緊張してきてさ……」

「うっわ、ダサ……」

「なんだと、この野郎。お前だって数年来の友人が初めて誰かを好きになり、その想いがもう少しで成就するかもしれないって状況になったら、緊張するに決まってるんだからな。まぁ、おこちゃまのお前にはまだ分からないかもしれないけど」

「ははは、僕だって親友の恋路を応援したことくらいあるよ。現に、今もそうでしょ?」

「く、クリス……お前、ちゃんと俺たちのこと友人だと思ってたんだな……」

「え、そこ今感動するとこ……? チームになったのは最近でも、付き合い自体ならもう一年以上はあるんだから、友達と思っててもなにもおかしくはないでしょ。そこまで薄情な人間じゃないよ、僕は?」

「いや、まぁ、そうなんだけど。普段の様子見てると、ルートくんに比べて俺らの扱いだいぶぞんざいじゃん?」

「いや、大親友に比べれば扱いが雑になるのも致し方ないでしょ。こっちは野営訓練で一緒の寝袋で寝た仲だからね?」

「……一緒の寝袋で寝た仲……その表現、なんかやらしいな」

「うっわ、だからレナに性欲魔人なんて言われるんだよ」

「ばっ、それとこれとは話が違うだろぉ!?」

「おい、その話、ちょっと詳しく聞かせてもらおうか?」

 カイトとクリスが暇つぶしに益体のない話に花を咲かせていたところ、クリスが何の気なしに発した言葉に反応したクロードが、ゆらり……と彼らの横に立った。

「レナがお前のことを何と呼んだって? そんな風に呼ばれるなんて、お前はいったいレナに何をやらかした?」

 あまりにも感情の抑制された平坦な声。180cmにも迫ろうかという長身が、講堂備え付けのイスに座ったカイトたちを静かに見下ろす。悪鬼羅刹を睥睨する明王のごとき佇まいに、カイトたちは背筋に冷たいものが走るのを感じる。

「ま、待て、落ち着こう。話せば分かる。分かる話せば」

「THE倒置法。この状況でそのフレーズは間違いなく死亡フラグ。Amen」

「……なにが誤解だって?」

 あくまでも静かな声で問いただすクロード。

 先日の出来事を、包み隠さずそっくりそのまま話すことができれば、この状況もすぐに解決するのだろうが、それでは誕生日プレゼントに秘められていた企みまで暴露することになってしまう。それだけは避けたいカイトは、その場しのぎにひきつった愛想笑いを浮かべつつ、脳味噌フル回転で違和感のない言い訳をひねり出そうとする。

「あたしが誘ったのよ。今週あなたの誕生日だって聞いたから、プレゼントを選ぶのを手伝って欲しくて」

 思わぬところから差し出された助け船。まさかのレナがこんなくだらない話に参戦してくるとは夢にも思っていなかったので、カイトたちは完全にフリーズしてしまう。


 たっぷり数秒の間。


「……そうなのか?」

「……そうだよ。ったく、俺たちがアドバイスしたって知られたくなかったから、どうにかごまかそうと思ってたのによ……うん、いや、ありがとうな」

「どういたしまして。さすがに冤罪で鉄拳制裁食らったらかわいそうだしね。ここで黙って見過ごすのも性に合わないし」

 そんなやりとりを(いやぁ、レナも丸くなったなぁ……)という表情で見守るクリス。

「なによ?」

「ううん、別に」

「……はぁ、なんで昨日の段階で教えてくれなかったんだよ」

「いや、こういうのは軽々に言っちゃダメなやつでしょ。せっかくのサプライズ演出なんだから、自分からタネ明かしするの、ダメ、ゼッタイ」

「そうそう。さりげなくクロードから欲しいもの聞き出すの、結構手間かかったんだからね」

「クリスまでグルだったのか……!」

「グルとは響きが失敬な。オブザーバーと言って欲しいね」

 響きが失敬とはどういう意味なのか。そういう疑問はさておき、深々と溜息をついたクロードがどっかりとイスに腰掛け、垂れた前髪の隙間から親友を見やる。

「つまり、今日の約束も仕込みってことか?」

「んな訳ねぇじゃん。そんなクズなイタズラ思いつくほど、俺も性根が腐ってるつもりはないよ」

「そうか。ならいい」

 二人にしか聞こえない程度にひそめられた声。「何の話をしているの?」とレナが誰何するも、クロードは「なんでもない」とはぐらかした。なんでもない訳がないその態度に、けれど、レナは何も言わない。彼女自身にも何か思うところがあるということなのだろうが、それについて訊ねるような無粋なまねをする輩は、カイトたちの中にはいなかった。

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