起:それは降り注ぐ木漏れ日のように(3)

 クレメント帝国。

 それは千年前の天地開闢の直後に建国された、グランディア大陸でも最古の国家である。国土の大半は大陸西方に広がる広大な大平原。そのなだらかな平野を突き進んだ先にある、前人未踏の大山脈、オルゴン山脈が国土の果てとなる。隣国とはここ数十年ほどは友好関係にあり、最後にあった国家同士の戦争の記憶は、最早人々の記憶にはほとんど残っていない。

 しかし、それで世間が平和であるかと言えば、そうでもない。グランディア大陸には、迷宮アンダーグラウンドと呼ばれる広大な地下空間が広がっている。そこは天地開闢の際に神子レヴェノスが不浄の存在を押し込めた場所であると言われており、中には強力な魔物、魔獣が犇めいている。そして、長い時間をかけて魔物たちは、各地にある迷宮につながる地面の裂け目などから少しずつ迷宮から這い出し、繁殖し、今では大陸の至る所に住み着いていた。

 そして、内陸部と沿岸部とをつなぐ、平原を横切るツァイベル河のほとりに居を構える帝都クローディアの郊外にも、迷宮への入口があった。その迷宮は九つの階層からなる、帝国内でも最大規模のもので、そこで採れる珍しい鉱物などは、永らく帝都の経済を潤してきた。

 迷宮が役に立つのはそれだけではない。内部に棲む魔物たちは、下層に行けば行くほど強力となり、そこから採れる素材も希少価値の高いものとなる。故に腕に覚えのある命知らずたちは迷宮の奥深くへと潜り、死闘の末に手に入れた貴重な素材を自らの手で売りさばくようになった。これが冒険者と呼ばれる職業の始まりである。

 そして、時は流れて現代。冒険者という職業はすっかり社会の一部となり、国内でも最大の迷宮を擁する帝都には、富と名声を求めて、多くの冒険者志望の若者たちが押し寄せるようになった。だけでなく、すっかりすぐそこにある脅威となってしまった魔物による襲撃から人々を守るため、軍も迷宮を訓練の場として日常的に利用するようになった。


 カイトたちの在籍する「学園」も、同じように迷宮を訓練の場として利用する機関の一つである。しかし、統率された集団による防衛を基本とする軍とは違い、彼らの「学園」は冒険者のように少人数のチームによる訓練を行っていた。

 その理由は、各地に大規模な拠点を持つ軍とは違い、「学園」の生徒たちはいずれ大陸全土に数多ある教会へと派遣され、そこで現地住民の日常生活に寄り添いながら彼らを守護することになるからである。

 そう、カイトたちの在籍する「学園」を運営しているのは、千年前あまねく森羅万象を平定し、渾然一体と化していた天と地を切り離したとされる神子レヴェノスを信仰するレヴェノス聖教会。

 全世界に信徒を持つ世界最大の宗教であるレヴェノス聖教は、迷宮に生息する魔物たちを神子レヴェノスの寵愛を受けられなかった不浄の存在であるとし、地上に這い出てきた魔物たちを積極的に討伐している。そして、その戦力を確保するために各国に養成施設、通称「学園」を作り、身よりのない子供たちや各地の名家の子息たちを集め、聖教に関する知識などを教えつつ、様々な武器の扱い方も教え、将来各地で魔物討伐の任を果たしてくれる人材を育成しているのだった。

 カイトやクロードは併設されている孤児院からのエスカレーター組。レナはいわゆるその道の大家の子女で、後学のために学園へとやってきたクチ。そして一人だけ年齢の離れているクリスはと言えば、帝国を建国した七大公爵家の一つ、スフィール公爵の領地出身らしいが、それ以上のことは語りたがらない、なにやらワケありの事情を抱えている。

 しかし、そんな彼らもひと度日常生活の中へと戻れば、ただの年相応の少年少女。色恋沙汰などに現を抜かすことだって当たり前に起きるのだ。


「……という訳で、試験の結果が発表されるまでの数日間。それが我々に残された最後の自由である」

「なに落第前提で話をしてるのよ。最難関のターゲットを討伐してるんだから、落ちるなんてあり得る訳ないじゃない」

 パカポコと蹄ののどかな音が響く中、神妙な面もちで口を開いたカイトを、馬車の中で平然と読み物をしていたレナが、目線を本から上げることすらせずに一刀両断した。

「いや、ほら、頭では大丈夫だと思っててもさ、どうにも心が落ち着かないことってあるじゃん? つまりはそういうことなんだって」

 彼らが乗っているのは、郊外にある学園の寮から帝都の中心部へと向かう乗り合いの馬車。日に数本しか出ていないため、休日にはそういうお年頃の生徒たちで溢れかえるが、今はまだ試験期間中であるためか、カイトたち三人の姿しかない。

 彼らは普段から成績優秀で、一度に数組しか受けられない実戦試験もほぼ一番手で受けられたため、あとはもう結果発表の日まで特にすることはない。しかし、後半の方に回されてしまった生徒は来る実地テストに向けてトレーニングなどに励む必要があり、折角丸一日講義のない日が続くというのに、その時間を思う存分エンジョイすることができない。

 そういう意味では、この数日間の休養は、普段からまじめに授業に取り組んでいる生徒たちへのご褒美と言えるのかもしれなかった。

 「ところで」と顔を伏せていたレナが視線を上げる。同時に栞を挟んで本を閉じているので、キリのいいところまで読み終わったのかもしれない。

「今日はいったい何の用があってあたしは呼び出されたの? 師匠に報告したいことがあったから、タイミング的には丁度よかったと言えばそうなんだけど」

「んー、いやさ、クロード、来週誕生日なんだよね」

「だから?」

 一刀両断。

 これは脈なしかもしれないぞ、とカイトが隣に座るクリスへと目線を送る。対するクリスも、視線だけでまだ致命的ではないと反論。作戦の続行を促す。

「いや、だから、皆であいつの誕生日プレゼント選ばないかって話なんだけど……」

「そう。それはあなたたちだけだとセンスが不安ね。あたしを誘って正解だったんじゃない?」

 よし、手応えアリ!

 褒められてないけどね。

 視線だけで会話するカイトとクリス。ガタゴトと揺れる馬車の中で何をこちょこちょと遊んでいるのかと思うレナだったが、言葉に出して問うほど強い疑問ではない。いつものように挙動不審な二人の様子はさて置き、話を前に進める。

「何か考えてるものはあるの? さすがに闇雲に探してたら一週間なんてあっと言う間よ?」

「それに関してはダイジョーーーッブ! 事前にどういうものを欲しがってるか調べておいたから」

「ふぅん、そうなの」

「そうそう」

「で、彼はどんなものを欲しがってるわけ?」

 問いかけるレナに「ちょっと待って」とクリス。脇に置いていたトートバッグから小さな羊皮紙を取り出す。

「えっとねー、まずは……砥石」

「却下」

「使ってたやつを最近落として割っちゃったんだっ……なぜゆえ!?」

「そういう、どれ選んでも大して変わらないものをプレゼントにしても意味ないでしょ。というか、誕生日プレゼントに砥石って、センスがないにも程があるでしょ……」

「えーーー……じゃあ次。靴ひも。この間カイトに貸してから返ってこないんだっ――」

「それも却下。というかカイト、早く返しに行ってきなさいよ。というかカイト、靴ひも借りるってどういう状況よ」

「すまん、俺もどういう状況で借りたのか覚えてない」

「つっかえな……で、他には?」

 し、辛辣……と内心涙目になっているカイトをよそに、クリスが羊皮紙にメモした内容をつらつらと読み上げていく。しかし、そのどれもが秒でレナに却下され、彼女の表情がどんどんと剣呑なものになっていく。

「えぇっと……最後はもう羽根ペンくらいしか……」

 さすがにこれはないでしょ、という顔で最後の案を上げるクリス。しかし、少年の予想に反し、レナの反応はそれまでになく良いものだった。

「それよ、あたしが待っていたのは。そういうのを待っていたの。靴ひもとか歯ブラシとか、そんな選び甲斐のない日用品なんかじゃなくってね」

「え、こんなのでいいの?」

 自分の中では一番「ない」と思っていた選択肢だったため最後に残していたクリス、予想外のレナの反応を見て目をしばたかせる。

「ペンって、ものを書く時には欠かせないでしょう? だから日頃から肌身離さず身につけている人もいるし、素材が違うだけで書き味もかなり違ってくる。だから、相手のことを考えて贈るプレゼントとしては、とてもいいとあたしは思うわ。丁度、あたしがよく行く文具屋さんがあるし、そこでちょっといいのがないか探してみましょう」

「お、おう、じゃあそれで……」

 予想以上の食いつきに驚きつつ、作戦成功……なのか……?とクリスとアイコンタクトを取るカイト。そうこうしている間に、馬車は帝都の中心部へと到着する。


 帝都クローディアは環状の城塞都市である。千年近くに及ぶ長い帝国の歴史の中で徐々に発展し、人々の居住区が広がっていくのにあわせて、街を囲む城壁も何度も新しく建造し直されており、現在では第三城壁と呼ばれる城壁が街をぐるりと取り囲んでいる。

 高さ十数mにも及ぶ巨大な城壁を通り抜けた馬車は、旧市街と新市街の境となる第二城壁跡の前で停車した。この第三城壁よりはやや背が低いがその分たっぷりと奥行きのある第二城壁跡は、現在長屋や商店街などに利用されており、環状都市である帝都を移動する際の大事な動線にもなっている。

 至る所に物干し用のひもが張り巡らされ、すっかり城壁としての貫禄を失っている第二城壁跡の二十四時間常に開放されっぱなしな城門をくぐったカイトたちは、レナの先導で城壁内部の通路を進んでいく。騎乗しながら通れるようにと作られた幅広で背高な通路は、今では両脇に並ぶ部屋が軒並み商店へと改装され、様々な人の行き交う活気溢れる場所となっていた。

 と、そこで、不意にクリスが「あ、ちょっと待って」と前を行くカイトのシャツを掴んだ。急にシャツを引っ張られ首もとの絞まったカイトが「ぐぇ」とカエルの潰れたような声を上げるが、クリスはそんなことおかまいなく、「あれ見てよ」と商店の一角を指し示した。二人が止まっていることに気付き戻ってきたレナが「どれよ」と見れば、そこには「砥石半額」の文字。

「素材大量入荷のため半額セール? ねぇ、丁度見つけるなんてやっぱり何かの縁だし、砥石もプレゼントに買っていこうよ」

「却下」

 にべもなく切り捨てたレナは、何事もなかったように再び目的の場所を目指して歩き出す。しばらくぐいぐいとカイトのシャツを引っ張って抗議の意を示していたクリスだったが、ちらと雑踏の向こうをみやり、溜息を一つ吐くと、ようやくレナの後を追いかけ始めた。ひょっとして引っ張られ損だったのでは?と思うカイト、背後で背の低い赤髪の頭が雑踏へと消えていくのには、結局最後まで気付かなかった。


 その後も何度か寄り道をしてはプレゼントになりそうなものを物色したり、または普通に日用品を買い求めたりしながら帝都市街を移動していったカイトたち三人。太陽が南天に昇り、丁度お昼時という頃にお目当ての店へとたどり着いた。

「イズ ディス?」

「そうだけど、もっとおどろおどろしい呪術屋でも想像してたのかしら?」

「いや、逆に森の中にひっそりと佇む一軒家的なものを想像してた」

「ミートゥー」

「いや、そんなへんぴなところにあるんだったら、まず帝都に来ないでしょ」

「たしかに」

「かにかに、ちょっきん」

 彼らがいるのは第十一区の大通りから一本内側に入った区画の中庭。

 帝都は中心にそびえ立つストラヴァール宮殿を起点として六方向に大通りが伸びており、それらの大通りと第一、第二の二つの城壁によって区分けされた地区を、内側から時計回りに第一区、第二区……と呼称している。

 その呼び方に従えば、第十一区とはつまり、第一と第二の城壁に挟まれた中で、西側に位置する区域のことである。そして、五番通りは伝統的に商業区画であり、第一城壁の周辺には、創業から百年以上は優に経過しているような超一流の老舗がごろごろと軒を連ねている。

だが、今カイトたちがいるのは、そんな上流階級御用達の高級街ではなく、第二城壁セカンド・沿線エンド付近。落ち着いた雰囲気の喫茶店や若者の集う怪しげなバーなどが混在し、昼と夜とで住人の顔ぶれががらっと変わるような、そんな場所。建物の外には人のにぎわいがあるが、一歩中へと入ってしまえば、不思議と喧噪が遠のく。そんな不思議な場所。そこにひっそりと看板を出している一軒の店があった。それが

「魔女の箱庭」

「ふーん、なんだか古風な名前。真祖の使徒でもいそう」

 流暢な筆記体で看板に書かれた店名を読み上げたカイト。その横でクリスは窓から店内をのぞき込んでいた。

 いかにも集合住宅の一室を改装して店をやっていますといった雰囲気のそこは、看板が置かれていなければ、ともすればそこに店があるなど気付きもせずに通り過ぎてしまいそうな外観をしていた。というより、実際、集合住宅の中庭に入口のある店など、外に看板がなければそこが店であると初見で気付くことなどほぼ不可能であろう。

 そもそも、そこに店があると主張して客を集めたいのであれば、外部からは一切見えない中庭に入口を設けたりはしない。

 つまるところ、知る人ぞ知る隠れた名店、と形容するのが相応しい佇まいの店だった。

「ここの店主とうちの師匠が古くからの知り合いでね、あたしが使う補助具フェティシュは全部ここで都合してもらってるのよ。だから、何かクロードに合いそうな素材があれば、取り寄せして特注品も作ってくれると思うわ」

 プレゼント選びなどただの口実にすぎないと思っていたカイトとクリスだったが、レナの説明を聞き、まさかここまで真剣になってくれるとは、などという不届きな感想を抱く。

 そしてレナの後に続いて店内へと入る二人。地味な外観に同じく、中も質素な作りであり、実はただの民家の一角でしたと言われてもなんら不思議ではない。精々、入口の真っ正面に置かれたカウンターが、そこが受ける印象通りの民家ではないことを主張しているくらいか。

「オルデンさーん、いますかー?」

 レナが無人のカウンターの奥、おそらくは店主の居住スペースであろう空間へと声をかける。

 しばしの無音。その後がたごともそもそと何かがうごめく音がし、「あいよー」と中年男性ののんびりとした声が廊下の奥から聞こえてくる。

 たっぷり数秒の間を置いてから現れたのは、着流し姿の黒髪の男性。手入れなどまるでされていないぼさぼさの頭に濃い紅色の瞳、特に鍛えられた様子もないのにしっかりと筋肉のついた体つき。予想外にガタイのいい男が現れたことに驚きを隠せないカイト。

「え、意外とマッチョメン……もっとこう、魔女魔女しい妖艶な美女が出てくるのかと……」

「うわ、性欲魔人……軽蔑するわ……」

「しょうがないだろ! 俺だって年頃のオトコノコなんだよ!」

「うわー、本当に真祖の使徒が出てくるとは思わなかった。女王様は息災?」

「ふむ? 私を知っているのかね?」

「うん、昔ちょっとね」

「そうかい。私も長く生きているから、かつてどこかで会ったことがあるのかもしれんね」

「うんうん、まぁ、すぐに分からないならそういうことで」

 カイトとレナが繊細な青少年の心をもてあそぶコントを繰り広げている横で、なにやら意味深な会話を繰り広げている店長とクリス。けれど、レナたちのコントが終わる前にそちらの会話も切り上げられてしまったため、二人が彼らの会話の内容を知ることはなかった。

「それで? 今日は何をお望みなのかな、セシリーくんは?」

「えぇ、ちょっと友人にプレゼントを探していまして」

「おや、君に友人がいたとは」

「えぇ、少なくとも二人はそこにいるのが見えませんか?」

「ふむ、君は趣味が悪い。妖怪を友人に選ぶとは」

「妖怪? えぇ、確かにそこに妖怪性欲魔人がいますが、それとこれとは話が別ですよ」

「おい! 年頃のオトコノコのいたいけな純情をもてあそぶな!」

「自分からお年頃なんて言うやつが信用できる訳ないでしょ。少しは考えなさいよ」

「で、話を戻すんだが、今日は何をお望みなのかな?」

「あぁ、すみません。繰り返しになりますが、今日は友人の誕生日プレゼントを買いにきたんです。羽根ペンなどを考えているんですけど、よさそうなものはありますか?」

 レナの言葉を受けて、オルデンは「そういうことなら……」とカウンター横の戸棚をあさる。そして、いくつか細長い箱を取り出すとカウンターに並べた。

「今店に在庫があるのはこれくらいだろう。何か特別なリクエストがあれば、それに合わせた素材を取り寄せることもできるよ」

「リクエスト……何かある?」

 軽く眉根を寄せながら、レナがカイトたちの方を振り返る。

「そうだねぇ……クロード、几帳面だし、持ち運びに便利なタイプがいいかも」

「いや、あいつ外ではあんまメモとか取らないし、どちらかと言えば長く使っても手が疲れにくいやつの方がいいんじゃないか?」

「じゃあインクをよく吸うのもいいかもね。色々書いてると、頻繁にインクの補充しないといけないのがめんどくさくって……」

「あぁ、確かに。その感覚分かるわ。魔術書の書取りをよくやるんだけど、文字量が多いから大変なのよね……」

「あ、そうそう。あいつ、青系の色が好きみたいだから、もしそういうのがあれば喜ぶかも」

「あーーーーーー、言われてみれば確かに。双剣の柄頭にはめてある宝玉も青いやつだよね。クロードの適性を考えれば、青いのよりは緑色の鉱石の方が相性よさそうなんだけど」

「あら、意外。クリス、あなた魔術の知識があるの?」

「うん? つまりどゆこと?」

「シンボリズムにおいて、青はどちらかと言えば拒絶の色だからね、受容や理解を意味する緑の方が、調和を重んじるクロードの性格には合ってるんじゃないかって話」

「しんぼりずむ」

「あ、そこから説明しないとな感じ? どうする、レナ?」

「今ここでそこまで説明してるヒマはないし、あとで教えてあげるわ」

「オーケイ、俺も長い立ち話はごめんなので、この場でこれ以上の追究はしないことにする」

「さて、話はまとまったかね?」

 三人の会話が途切れたタイミングを見計らい、それまで黙って見守っていたオルデンが声をかけた。

「今聞いた話を総合すると、青い尾羽根を使っていて、緑色の飾りがついているこちらがよさそうなのでは」

 そう言って差し出してきたのは、根元が白く、先端にいくにつれて綺麗な青のグラデーションがかかっている羽根ペンだった。持ち運びができるように細く、短めのつくりになっており、横にはめられている薄氷色をした収納用の円筒形の入れ物には、小さな緑色の宝石のあしらわれた飾りがついていた。

 「すごい……想像通りのものが都合良くあるなんて……」と素直に感心するレナとカイトだったが、クリスだけは「誰もすぐに入り用だなんて言ってなかったんだけど……?」と、このお節介め……と言いたげな視線をオルデンに向けていた。なぜなら、他の二人はまだ気付いてはいないようだが、先ほどオルデンが「在庫」として並べたものの中に、今彼らに示されているものは含まれていなかったからである。

 それの意味するところはつまり、クリスたちの話を聞いている間に、その要望に見合うものをオルデンが何らかの方法でこの場に出現させたということ。

「これ、渡した翌日に泡のように消えたりとかしないよね?」

「ははは、さすがの私も、商品として提供したものにそんなイタズラは仕掛けないよ。客商売は信用が第一だからね」

「そう。ならいいけど……でも、すぐにでも必要だってことを把握してたってことは、レナやカイトの心を読んだんでしょ? そういうのは「信用」問題になるんじゃないの?」

「ははは、気付かれなければ問題にはならない。つまりはそういうことさ」

「性格悪……」

「老獪だと言ってくれえたまえ」

 レナとカイトが年相応に目を輝かせながらクロードへのプレゼントをためつすがめつしている横で、クリスはジト目でねめつけながら、オルデンと親しげに悪態をつきあっていた。

「これ、おいくらですか?」

「あぁ、実は試しに仕入れてみたはいいものの、なかなか売れなくて困っていたものでね……本当はこれくらいするものなんだけど、在庫整理ということで……これくらいでいかがかな?」

 カウンターに備え付けてあったメモ用紙にサラサラと金額を記入するオルデン。その値段を見たレナは、驚きの声を上げる。

「こんなに安く!? でも、見た限りだとかなり質が良さそうなのに……いいんですか……?」

「かまいませんよ。お得意様だしね。もしそれでも気になるようなら次アマリアが買い物に来た時にでも、代金に少し上乗せして回収をするから」

「おいこら信用商売」

「師匠とばっちりじゃないですか。そんな話聞いちゃったら余計にこのお値段では買えません」

 手に持っていた羽根ペンを箱に戻そうとするレナの手をそっと押しとどめ、オルデンがわずかに眉尻を下げて笑いかける。

「本当に大丈夫なんだって。ここ数日、迷宮由来の素材が大量に市場に出回るようになっていてね。この羽根も、同じものをちらほら見かけているんだ。だから大丈夫だよ。言うなれば時価の適正価格さ」

「でも……」

「まぁまぁ、いいじゃない。店主本人がこの値段でいいって言ってるんだから、小金も満足に持ってない僕たちがここで食い下がっても、お互いに得はないよ」

 まだ釈然としない表情のレナを、クリスが横合いから説得する。「商売はウィンウィンが基本でしょ?」という言葉を受けて、ようやくレナも「そういうことなら……」と渋々うなずいた。

「よかったよかった。やはり欲しい人のところに欲しいものが行くのが健全だからね。私もそういう場面が見たくてこの仕事をしているようなものだから」

 快活な笑顔を浮かべるオルデン。対照的に、この狸め……と言いたげな表情でクリスが肩をすくめる。

 その後、プレゼント用に羽根ペンを箱ごと包装してもらい、まだ買い物があるというレナを残し、カイトとクリスは帰路に着いた。

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