起:それは降り注ぐ木漏れ日のように(2)

「はーい、お疲れさまでしたー。死刑宣告は後日になりますので、それまで首を洗って待っていてくださいねー」

「教官、発言が不吉では?」

「お? 教官様にタメ口とはずいぶんと度胸がいいな、お? この場でその生意気な口ごと三枚に卸してやろうか?」

 にこやかな笑みを浮かべたまま物騒な言葉を口にする妙齢の女性教官。

 しかしそれにあっさりと負けるカイトではない。

「ルーーーーーーートくーーーん! なんか俺謂われのない理由で教官に脅されてるんだけどー、これって職権濫用じゃなーーーーーい!?」

 受付用の簡易テントの奥、布で仕切られた教官たちの休憩用スペースに向けて、カイトが声を張り上げた。

「あ、貴様、ここでそのカードを切るのはずるいだろう!?」

「はっはっは、普段は反論すれば即・磔刑☆ しかし今日は教官よりも権限が上の人間がそばにいる! こんな千載一遇の機会を逃す俺ではないんですよーーーーー!!」

 鬼の首穫ったり!という顔で喜々として受付用のテーブルから身を乗り出すカイトだったが、彼の逆襲撃はものの数秒で終わってしまった。

「うるさいですよ、カイトさん。少しお静かに。それに、後ろから聞いていた限りではですが、教官殿の発言にもそれほど問題があったとは思えません。そうやっていたずらに騒ぎ立てるのはあまりよろしくないと、僕は思います」

 仕切り用の布を持ち上げて奥のスペースから顔を出した小柄な少年。カイトから親しげにルートくんと呼ばれていた、この少女のように愛らしい顔立ちをした少年は、しかし、カイトの助けを求める声を優しくたしなめた。

「……だ、そうだぞ?」

 してやったりとばかりににんまりと笑う妙齢の女性教官。けれど、彼女に対しても、「ですが……」とルート少年から諫言が飛ぶ。

「教官殿の発言の内容自体に問題はないとしても、表現にはいささか物申したい部分があります。そうやって無意味に生徒たちの不安を煽るような表現は慎まれた方がよいかと。前々からあなたの強権的な言動には生徒たちから不満が寄せられていましたよ」

「むむ……」

 真っ向から正論をぶたれた教官も、言葉に詰まり、押し黙る。

「といったところで、喧嘩両成敗完了でしょうか」

 そこでルート少年はふっと表情をやわらげ、二人へ微笑みかける。

「まぁ、こんなことを言いましたが、こうやって軽口を叩け合えるのはお二人の仲がいい証拠。その点に関しては、これからも良好な関係を築いていっていただけると嬉しいです」

 可憐な少女のような顔立ちの少年に柔らかく微笑まれ、二人は思わずごくりと生唾を飲む。それで話は済んだとばかりに仕切りの向こうへ戻ろうとする少年の背中に、カイトの後ろから声がかけられた。

「やっほー、ルート。元気してた?」

「やぁ、クリス。僕は元気だよ。そっちは?」

「元気も元気。ちょーーーーー元気。新しいチームにも慣れてきたところ。最近は恋の応援隊にでも転職しようかなー、とかちょっと思い始めてる」

「そっか、それは楽しそうだね。君はずっと僕と二人だけのチームだったから、他のところになじめるか心配だったんだけど、僕の杞憂だったみたいだね」

 快活に笑うクリスと、穏やかに微笑むルート。二人はほんの数ヶ月前まで二人だけでチームを組んでいた。しかし、ルートが実力主義の特殊部隊へとスカウトされたことで彼らのチームは解散となり、一人浮いてしまったクリスは、三人編成で一人まだ余裕のあったカイトたちのチームへと編入された。それが今から二ヶ月ほど前のことである。

「しっかし、前からずば抜けて強いとは思ってたけど、ルートくんがあのジャッジメントだもんなー。本当、人生って何があるか分からない」

「ずっと選ばれたいとおっしゃっていたカイトさんを差し置いて、こんな剣を振るうしか取り柄のない僕がなんて、やっぱりどうにも申し訳ない気持ちになってしまいます……」

「いやいや、そんな畏まられると逆に困るよ。俺、別にそんな焦ってるつもりはないし……ところで話は変わるが、クリス、恋の応援隊なんて言い出すってことは、やっぱりお前もあそこは秒読みだと思ってるワケ?」

「そりゃあもちろん。あんなあからさまに矢印出てるんだから、気付かない訳ないでしょ」

「あ、もしかしてクロードさんとレナさんですか?」

「そうそう。ルートくんにまでバレバレとか、知らぬは当人ばかりなりってやつだな」

「クロードさん、レナさんにだけ目に見えて態度が優しいんですから、気付くなというほうが難しいですよ」

「でもレナは全然気付いてる気配ないよね、不思議なことに」

「あぁ、たしかに。なんでなんだろうな、あんな分かりやすいのに」

「自分がそういう対象として見られることもある、という意識が全くないのかもですね。彼女、魔術の探求以外にはあまり興味がないみたいですし。魔術師にありがちなことだと言えばそれまでですけど」

「でも、わざわざ師匠の元で学ぶだけじゃなくうちの学校にまで通ってる訳だし、魔術以外のことにも興味があってもおかしくはないと思うんだよなー」

「ですねぇ」

 ほんの数ヶ月前まで同じ学び舎にいた者同士、気さくに会話の華を咲かせる。話題の中心にいる二人は、カイトたちの戻りがやけに遅いことを気にしつつも、森の入口付近に設置された休憩所で彼らを待っているのだった。

 そこから待たされること更に十数分、いくらなんでも遅すぎるとしびれを切らしたレナが般若のごとき勢いで突撃してくるまで、かつてより親交のあったカイトたちは、なにくれとなく雑談に興じていた。

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