トルカの夜

拉田九郎

トルカの夜

車が走る


四角いコンクリートのビルの間に


長く広い道続き


月夜に照らされ


車が走る


ブー、ブー


サー、サー


音を残して光の尾を引き


ブー、ブー


サー、サー


暗い暗いビルの上


銀の少女おとめは街を見下ろす


ビルの屋上フェンスの外で


ガチャリ、バタン


屋上の戸が開き


男が一人、訪れる


少女おとめが見えぬかのように


男が一人、フェンスを握る


深い深い哀しみに


瞳を濡らしてすすり泣く


「もう、終わりにしよう。ずぅっと待った。何年も、何年も」


月の明かりは


静かに照らす


ビルの屋上


延びる影


銀の少女おとめは男の前に


つと歩み寄り


じっと見つめる


男は気付かず


ポツリと呟く


「だが逝ってしまった。ついに逝ってしまった。私を残して、彼女は遠くへ」


嘆く男が天み上げると


少女おとめはそっと


手を伸ばす


「居ますよ、ここに。愛しき人よ」


男は初めて少女おとめに気付き


涙ながらに微笑み返す


「ショウコさん!? 一体、どうして・・・。ショウコさんは、確かに今日・・・」


「死んだ、ですか? 居ますよ、ここに。貴方の哀しみ、喰うために」


「哀しみを、喰う? ショウコさん、何を言って?」


「私はトルカ。哀しみトルカ。生きる貴方の道塞ぐなら、その哀しみを、食べましょう」


気付くと少女おとめは男の後ろ


驚く男が振り向くと


少女おとめはそっと口付ける


瞬き一つ


交わす間に


男は夢へと誘われ


少女おとめは男を横たえた


「私はトルカ。哀しみトルカ。起きたら貴方は忘れるの。愛したひとの、死を忘れるの」


そっと、


優しく風が


吹き抜ける


少女おとめの銀の


髪なびかせて


少女おとめは男の横顔に


そっと口づけ身を離す


「嘆きましょう。嘆きましょう。貴方の代わりに嘆きましょう。私はトルカ。哀しみトルカ。貴方が未来へ行くために。貴方の代わりに嘆きましょう」


ビルの谷間に谷間の隙に


少女おとめの悲痛な鳴き声が


風に流され


夜空に消える


彼女はトルカ


哀しみトルカ


人の生命いのちの瞬きを


嘆いて飛ばす


哀しみトルカ


数多の人の


哀しみを


今日もトルカは取って喰う


彼女はトルカ


哀しみトルカ


きっと夜空の風に乗せ


人の哀しみ代わりに嘆く


嘆いて飛ばしたその先に


人の未来をきっと願って


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トルカの夜 拉田九郎 @Radaklaw

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