【パイロット版】警部補・天島信乃の事件簿

兵部少祐

第一話上野公園にて

○警視庁職員任用規程(昭和61年3月27日) 警視庁訓令甲第3号


第4条 警察官(再任用職員及び任期付職員を除く。以下この節において同じ。)は、Ⅰ類採用試験、Ⅱ類採用試験及びⅢ類採用試験の区分による競争試験(以下「試験」という。)により、巡査の階級において採用するものとする。

ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、選考によるものとする。

‥‥‥(中略)‥‥‥

(3) 特定の分野における犯罪捜査に必要な専門的な知識及び【能力】を有する者を、その者の経歴等に相当した階級の警察官として採用するとき。

(平6警視庁訓令甲1・平15警視庁訓令甲21・一部改正)


 すでに日付が変わるまであと一時間を切ろうとしている。観光名所である上野公園もようやく観光客たちが夜の街やらホテルやらに消えたばかり――それでも眠れない者達はいる。


「はぁ、随分と大捕り物ですねぇ――えぇと」

 眠れない哀れな者達の一人、即ち交番の当直責任者である斎藤警部補はぼりぼりと頬を掻きながら目の前の女を眺めた。

 自分と同じ警部補だがどうみても40半ばの自分より20は若い、黒髪のショートカットと切れ長の目が怜悧な印象を与え、黒いスーツに覆われた引き締まった体は黒檀の鞘に覆われた刀を思わせる。

 眼前のこの女は6名の大袈裟な装備を身に着けた者達を率いて彼の交番に上がり込んできたのである。最初は警備部やら公安やらのキャリアかと思ったがそうではなく――


「生安部生安総務課の天島と申します」

 生活安全部、即ち少年事件や防犯活動、ストーカー相談やら振り込め詐欺やら悪質商法やらヤミ金融やら――そういったものが担当のはずである。

  しかし、彼女は見た目の若さや名乗った部署と不釣り合いに不自然なほどに場馴れした様子で厳つい装備を身に着けた男たちに指示を飛ばしている。

 そしてこの手の類の人間は”同業者”でも深入りしない。そして、女性の年齢は当て推量も実際に尋ねる事も必要でない限りしてはならない。これは、四半世紀を超える警察官人生と二十年弱の結婚生活で学んだ鉄の掟である。


「手短に終わらせますので申し訳ありませんが少しの間だけ間借りさせてもらいますね――っと」

 警察専用の携帯電話が鳴った。複数名同時に会話ができる優れものだ。

『こちら篠田、上野駅パンダ橋口方面にて対象らしき人物を確認。職質を試みたところ、公園方向に逃走。抵抗する様子はなし、どうぞ』

『こちら第三分隊、駅前改札に車両を回した、緑地事務所前にも三名配置、このまま公園野球場に誘導する、どうぞ』

『こちら第二分隊、芸術院方面通路及び文化会館を封鎖、目標視認!

 ‥‥こちらを避けて第三分隊と接触、どうぞ』


「班長以下第一分隊了解。野球場は開放済み、公園奥に入らないよう封鎖しました。まかり間違っても駅と西洋美術館に逃げこまないように注意して」

 封鎖、大げさではないどころか文字通りだ。天島が指揮している部下はみな機動隊のそれと同じ服装で同じ装備――防弾盾を構えて道を塞いでいる。


『係長より各員へ、天島の言う通り、まかり間違っても文化財に被害のないように。

それと正式な名前は正岡子規記念球場だ。

せっかくの上野だ、文化と教養をもって仕事に当れ、係長よりは以上』


『第三分隊、了解』『第二分隊、目標』

『聞こえているぞ、西郷さんの首が飛んだらお前の首も飛ぶと思え』


 部下と上司の掛け合いに天島は一瞬、笑みを見せると

「それでは小隊長、球場に向かいます」と言い捨て、肩をすくめて通信を切った。

「それじゃ、いってくるわ。抜けられないように気をつけてね」

 彼らの奥は動物園やら博物館やら不忍池やら、に分岐した大十字路だ。もし逃がしたら追跡だけでも一苦労である。


「またその格好でやるのですか?」

 スーツ姿の上司を見とがめたらしい分隊長が眉をひそめている。

「防護ベストは着てるから大丈夫大丈夫、これでも10年やってるんだから

――アレはもう済ませてるからあまり意味ないしね」


 本人の背が小さくなるほど遠ざかってから斎藤は分隊長にささやきかけた。  

「じゅっ10年ですか!?天島さんって一体――」

「えー。色々あるんですよハコ長さん、あー、もう大丈夫ですからあちらに戻っていただいても――」

「な、何よ急に、こんな大勢で」

息を切らせながら少女は野球場へと駆け込む。追い詰められたのはなんとなく分かっている。

 昨日の”事故”からあまりに多くの事があった、彼女はひどく疲れ切っていた。

「そこまで、――警察です。春野桃子さんですね?」

 ナイター用のライトが照らした姿は近くの私立中学校の制服姿であった。年相応の幼さい顔は怯えと緊張のせいで酷く青白くなってしまっている。

「‥‥ッ!」


 その少女と向かい合っているのは黒スーツに黒髪のショートカット、先程まで現場指揮を執っていた天島警部補だ。

「自宅で”事故”を起こして失踪、新幹線で祖父母の家に向かおうとしていたようね、一晩で良く決断したもの……“よく堪えている”と思うけどもう潮時よ」

 淡々と説得の言葉を紡ぎながら天島は相手を観察する。

 万能感に溺れている様子はない。これならば――速やかな制圧こそが肝になる。

「大人しく私達のところに来なさい。貴方は”目覚めた”ばかりでしょ?”それ”との付き合い方を教えてあげる。

親御さんからも助けてくれって頼まれているの」

 追っていた部下たちは出入り口の閉鎖に回っている。既にカメラで中継を開始している。これは所轄署で指揮を執っている係長にもリアルタイムで状況がわかるだろう。


「こらえている?こらえているってなによ‥‥」

 ピシピシ、と”力”が足元から地面へと流れ込むのを天島は”観た”。

「……今なら前科になるような事はしていない、そちらの事情を酌んで話し合える。

その”魔法”を悪用していないだけ十分あなたは――」

 天島は注意深く相手を観察しながら距離と静かに詰める。

「うるさい!!警察が知ったような口をきくな!!!私を放っておいてよ!!」

 蔦だ。芝も周囲に生えてる木とも何の因果関係もない蔦だ、それが突如生えてきた。


「へぇこれはまた――」

 天島は左手をピクリ、と動かした。


『魔法発動を確認、こちらも用意しますか?』イヤホン越しに封鎖に回っている部下が具申する。

 そう、眼前の現象はいわゆる”魔法”である、身体能力の強化だったり、キノコをキメてるわけでもないのに炎を手からぶっ放したり、或いは目の前の少女の如く植物や、土塊をあやつってみせるなど。

 個人の方向性はあれどなんでもあり、未だに研究が進んでいない超常現象だ。


「‥‥私だけで大丈夫だと思うけど、念の為にそちらも警戒して」

 蔦に乗ってフェンスを乗り越えるなどと考えが回る前に制圧する、それが天島の仕事だ。

「係長、対象が極度の興奮状態にあると判断、”保護”をおこないます」

『こちらも映像を確認した、急ぎ保護しろ』


「了解――っと!」

 蔦がしなり、天島をめがけて殺到する。グランドが砂埃につつまれる


『都の財産に危害が及んでるな、職務執行法的には都合が良いけどねぇ‥‥』気の抜けた声で係長がぼやいた

『分隊長!!放水用意できました』

 若手が息を切らせて通話に参加する。しかしベテラン組は苦笑して制止するだけだ。

『あさま山荘じゃないんだから、まだ待ちなさいよ』『落ち着け、あれでやられるようならウチの小隊長は務まらんよ』

 その通りであった。既に天島は自身に襲い掛かった蔦を蹴り”保護対象”の少女の隣に降り立っていた。砂埃まみれの黒スーツではあるがかすり傷一つ負っていない。

 人間離れした身体能力――これもまた”魔法”なのだろう。


 状況を掴めていない――ほぼパニック状態の春野が反応するよりも早く、天島は少女の右手を掴み。

「保護!」左腕が容赦のない裏拳を少女の鳩尾へと放つ。

「コフッ!!」体が揺らぐとそのまま右腕を極めて抑え込む。いわゆる脇固めの形である。

「痛い痛い痛い痛い痛い!!!」

 蔦がだらりと力をなくす。操作主の余裕が一瞬で奪われたことが視認できる。

「もう暴れない?」「しませんしませんごめんなさいごめんなさい!!」

「私達とくる?」「行きます!行きます!ごめんなさいごめんなさい!!!!」

 蔦が萎れて虚空へと消えていく様を横目に、一切手を緩めず相手の関節を極めながらイヤホンマイクに向かって天島は簡潔に報告する。

「対象保護!!」『小隊長、そちらに行きますか?』

「おねがい、係長は?」

『上野署で待ってるそうです、その子を連れてきたら親御さんに連絡するからよろしく、と』

「朝まで私が面倒を見るって事でいいの?」

『はい、あと怪我させてたら天島主任に電話させるって言ってますよ』


 大人しくなった――あるいは精魂尽き果てた――保護対象の少女に目へ向けて拘束を解く。

「加減してるって。ほら、歩けるでしょ立って。もう何もしないから――暴れなければ」

 腕をさすりながらフラフラと立ち上がり、少女はため息をついた。

「本当に容赦ないなぁ‥‥貴方も”そう”なの?」


「”同じ”よ、まぁ詳しい話はあとでゆっくりするわ。貴方が”落ち着いてる”なら親御さんのところに明日――じゃないか。まぁともかく日が昇ったら送ってあげる」

 後片付けヨロシク、と手で合図すると分隊長が悲しげな眼で天島を見つめるが無視する。警察は階級社会なのだ。


 改札口に泊まっていたワンボックスカーに乗り込むと気まずそうに春野は口を開いた。

「‥‥お母さんたち怒ってる?」「カンカンよ。心配していたのに、ひとりでいなくなっちゃうのだもの」

 そっかぁ、と気が抜けたようにいまだ14歳の少女はつぶやいた。

「え~と刑事さん?」「一応そうなるのかな、うん」

 

「今は絶対言いたくないけど後でお礼を言わなくちゃいけない気がするから名前、教えてください」

 そう言いながらわざとらしく右手をさすっている。

 妙に手際が良い逃走劇からうすうすと察していたが、切り替えの早さと根性は”良い”らしい。天島は溜息をついて警察手帳を開いて見せた。

「警視庁警部補、天島信乃。生活安全部 生活安全総務課 特異少年保護推進室 保護活動第一係主任――要するに貴方達のような“特徴のある子”を“保護”するのがお仕事

とりあえず今晩は一緒に過ごすからよろしく」

  駅前の交差点で車が止まった。ウィンカーの音が車内に響く

「その”魔法”使えるようになって何年?」「10年、貴方と同じころに使えるようになった」


「刑事さんになって何年?」「警察官歴2年、大卒よ私。貴方も大学は出ておきなさい」

 ”能力”は万能でも何でもないからね、と天島は淡々と答えた。 

「えっキャリアの警部さん?」ドラマでみたけどほんとうにいるんだ!などと好奇心混じりの目を向ける少女に天島は苦笑した。

「ん~違う違う、警部じゃなくて警部補。特別捜査官って枠があってね、税理士とか理系の博士とかと同じ枠なの。

10年間、警察と仲良くやってたからまぁそれなりに色々あって、入庁したの、後進が居ればいいんだけどね」

 春野はそれを聞くとくすり、と笑った。

「税理士と同じ扱いなんだ‥‥この”魔法”」「まぁ世の中そんなものよ、上手く回っててもね」

 警察署の駐車場についた車がリバースワーニングを鳴らす。おしゃべりの時間は言ったおしまいだ。

 明日は親への説明に現場被害を受けた役所の苦情対応に、保護したこの子の処遇について書類仕事。

 この娘と仲良くなるのも大切だけど早く寝たいなぁ。と24歳の”魔法少女”はため息をついた。

 彼女は警察官――地方公務員なのだ。

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