6.少年は、焔と共に
「いかがいたしますか、ノエ」
「……もう一回、
「お言葉ですが、ノエ。それ以上やると、貴方が倒れてしまいます。得策ではないかと」
「でも、他に方法がない。それに、今までのに比べて、あっさりと倒されてくれるような存在じゃない。全力で当たらないと……。ガイを、助ける必要がある」
「っ、な、なぁ、ぼ、僕に何か、何かできることはないか!」
二人だけで進めていた会話に、切迫した様子のアレンが入ってきた。彼の目に浮かんでいるのは、明らかに焦っている感情だった。
「が、ガイ、ガイが、あのままだと、危ないなら……っ」
「……確かに、応急処置を施さないと……。あのまま、
ノエの言葉に、アレンはさぁっと顔を蒼くする。ノエは少しだけ唇を噛み、ふると横に首を振った。
「君の気持ちは分かる。でも、君は戦いに慣れてない一般人だ。君を守ることが、自分達の任務でもある」
「でも、ガイは僕の
ぎゅっと胸元を握りながら、アレンはノエへ訴える。瞳に燃える彼の感情に、ノエは僅かに視線を逸らす。だが、すぐにその目にかちりと目線を合わせ、鞄から銀符を二枚取り出して、アレンの手に握らせた。
「風の銀符。君も、
「かしこまりました、ノエ」
ベディは小さく頷き、すぐに剣を構える。そして、一足飛びに近付いて来たバネ足ジャックを切り、蹴り飛ばす。
ベディの動きに影響が出ていないことを見てから、ノエはアレンの手をしっかりと握り、じっと彼の目を見た。
「いい? 魔術は、イメージを具現化するものなんだ。だから、想像して欲しい。君の体の中にある魔力は、血や水。流れるものだ。その流れを、腕へ手へ指先に伝わせて、手の中にある銀符に注ぐ。そうすれば、これは勝手に魔術を発動してくれる。そういう想像を、頭の中で一瞬でやる。……出来そう、かな?」
「……やってみせる。魔術なんて、古臭い技術に頼るなんて、本当に嫌だけど……。でも、やるさ」
アレンの目を見て、ノエはそっと彼から離れる。僅かに体がゆらりと揺らいだが、すぐに立て直して五指を動かし、そして笑って見せた。
「魔術師の強さ、見せてあげるよ。ほら、早く行って」
こくん、とアレンは頷き、たっと駆け出す。最初はたたらを踏んだ足取りだったが、すぐにしっかりとした足取りに変わる。バネ足ジャックが襲い掛かってくるが、ベディの剣とノエの黒糸がアレンに迫る脅威を防ぎ、彼は賢明にただ走ることだけに専念していた。頭を下げ、体を捩って。そうして、息を乱しながら、アレンはひたすらに走る。
ガイに比べるとかなりの時間をかけて、アレンはレイラとガイの元へ辿り着いた。
「姉さん……」
アレンは苦い顔をしたまま、銀符をレイラに向けてガイの傍へ寄る。
「っ坊主……」
「アレン……、アレンは、お姉ちゃんよりもそんな
レイラの瞳は、寂しげに揺れる。アレンはぐっと歯を噛み締め、それからばっとガイの目の前へ立った。
「ごめん、姉さん。でも、僕にとって今大事なのは、——助けたいのは、僕の手助けをし続けてくれたガイだ。だから、僕は、彼を助ける」
「そ……。アレンなら分かってくれると思ってたんだけどなぁ。私のこと、誰よりも。だって、私の弟だから。でも、そっかぁ、残念だなぁ。……敵同士になんて、なりたくなかったのに」
急速に冷めた声。ぶるりと身震いしたものの、アレンはすぐに銀符を構える。ノエに言われたイメージを頭の中へ思い描けば、ぶわりと持っている腕が熱を持ち、指先が金色に輝きを放つ。それを見て、レイラは優美な笑みを浮かべて、ぱちんと指を鳴らした。その命令に、上からバネ足ジャックが二体落ちてくる。
「坊主ッ!」
「ッ頼む!」
「
ガイが叫び声を上げるのと同時に、アレンの魔力が変換され銀符が暴風を巻き起こした。その風に舞い上げられたバネ足ジャック二体を、ノエの生み出した黒糸が「
そのナイフの切っ先が、炎に包まれる。
「はっ?」
そこで、初めてレイラが困惑の声を漏らす。そして、慌てて燃えるナイフを持っていた手を離す。
アレンは唖然とした顔のまま、ガイを見つめる。彼もまた、目を丸くしていた。では、と今度は彼はノエへ視線を移すが、彼女はふらふらと立っていることがやっと。
「じゃあ、誰が……?」
「ボクだよ」
軽やかな声は、頭上から。
全員の視線の先、子どもが二人。きらきらと輝く金髪が特徴的な子どもと、赤みがかった茶髪を煤で汚した子どもだ。
「ライナス、オスカー……」
ノエの言葉に、ライナスがにっと片方の口角を小さく上げて、金髪に軽く指を通す。夜闇の中で、その光景は美しく映えた。
「ボクの魔眼があれば、大丈夫だと言ったろう、ノエ。それに、なんだかんだオスカーも付いてきてくれたしね」
「あ、当たり前だ! お前だけ行かせるわけにはいかねぇだろ!」
「ッこの、無価値な
それまでとは打って変わり、レイラの瞳が苛烈な感情を宿す。レイラの言葉にオスカーが身を乗り出すが、ライナスがそれを制した。そしてその代わりと言いたげに、苛立ちを隠すことない瞳を、ライナスのエメラルドグリーンの眼差しが迎え撃つ。
「——……私、君達みたいな存在が嫌いなんだよね。だから、今回の実験体も私の
「あぁ、確かに君のような国のための素晴らしい頭脳を持っている人間にとって、ボク達は馬鹿だ。何も知らない、無知な子ども。使い物にならないだろうさ。でも、無価値じゃない。ボク達がいなけりゃあ、満足に生活も出来ないんだよ、君達」
「は?」
「新聞を配り歩いてるのだって、
くすくす、とどこか小馬鹿にするような微笑みと感情を煽るような口調で語るライナスの言葉は、全て真実だ。この国の蒸気機関による発展の影で見えなくなっている、国の闇。
「君の脳に価値が与えられるように、ボクらには労働や数にこそ価値が与えられる。無価値なんかじゃないんだ。そう、君達の気まぐれに、命を奪われていい存在じゃない……! ボクらは、この国で、生きている!」
「ッ弱い鼠が、はは、面白いこと言うね。じゃあ、アンコールにこうしてあげる」
ぱちんと拍手を一つ。その音に合わせて、ライナスとオスカーの背後から、また更にバネ足ジャックの人形兵隊が飛び降りてくる。オスカーがいち早く彼らに気づき、ライナスの細い体躯を抱いて横に跳ぶ。それに合わせて、ベディが二人の体を抱き、ノエの下にまで一気に運んだ。
「さぁ、美しい人形劇もいよいよ終幕よ! 私の最強の兵団に、ふふ、満身創痍の貴方達で勝てるかなぁ?」
ノエがすぐさま手を広げるが、ベディがそれを制する。
「ノエ、ここはやはりフォルトゥナート様達がいらっしゃるまで時間を稼ぐのが妥当かと」
「……でも、君で切り伏せるだけの強度なら、
「ボクは君達の関係はよく知らないけれど、そういう慣れはよくないんじゃないかな?」
がしゃりがしゃりと重装機関兵装で武装した人形兵団が進行を開始する。
その様子を見てにこにこと愉悦に歪んだレイラ。その顔を、アレンは座り込んだまま見ていた。そして、背後に座り込んでいるガイに問いかける。
「なぁ、動けるか?」
「……だからよ、動けるかって聞き方をすんなってぇの。……大丈夫だぜ、坊主」
「……僕、は……。いや、僕達が、やるんだ。……魔術に頼りっきりとか最悪だけど、でも、……力を貸してくれ、ガイ」
「当ったり前だ、
ガイは腹に刺さったままだったナイフを引き抜く。びゅうっと
その右手に浮かび上がったのは、苛烈に燃える炎を意匠化したもの。それは、紛れもない契約紋。ガイとアレンを繋ぐ
お互いに体の限界を感じている。それでも、二人の瞳は、心は、魂は、ごうごうと燃え盛っていた。
「機械も魔術も常識も何もかも、全部吹っ飛ばせ、ガイッ!」
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