5.さぁ、踊りましょう? 演じましょう?
レイラの号令に合わせて、一気に十人ほどのバネ足ジャックが襲いかかってきた。施術により機関機械が埋め込まれた足が、カタカタと激しい駆動音を鳴らしながら、瞬時にベディとの間合いを詰める。ベディはそれを持ち前の身体能力で躱して、一撃を放つ。しかしそれは、硬い足と別のバネ足ジャックによって防がれた。
ベディは形の良い眉を寄せ、追撃を放たんと体を動かす。
ガイは指をぱちんぱちんと鳴らしながら、一定の範囲内に立つバネ足ジャックに火球を撃ち込んでいく。焦げ付いた火の熱さと人肉の焼ける鼻に付く匂いが、周囲に立ち込める。だが、決定的な一打とはならない。
ノエは、アレンを庇いつつ、意識を手の指先へ向けていく。それに呼応するように指先に金色の魔力光が纏い、ノエはそれらへ指示を出そうと口を開いたが──、
「ッ
一気にバネ足ジャックがアレンの目の前へ迫る。ノエはすぐに詠唱を止めて、注ごうとしていた魔力を銀符へと流し込み、風の障壁で何とか防ぎ切る。ノエは口の中で小さく舌を打った。
バネ足ジャックの方が早い。これは、魔術師にとっては厄介な相手である。
詠唱を唱えなければ、魔術は発動出来ないのだ。
ノエは銀符に持ち替え、それをバネ足ジャックへ次々と投げつけて燃やし風を起こし、体を痺れさせる。それだけが、彼らの素早さに対抗できる唯一の手段だった。
「あは、ははっ! 楽しいね、アレン! 二人で遊んでたときのこと、思い出すわ!」
「っ……、ね、えさん」
心の底から楽しげに笑っているレイラに、アレンは唇を噛む。
「あぁ、ったく、面倒臭ぇなぁ」
ガイがその一言で火力をさらに上げる。肉だけではない、その下の骨や機関すらも燃やし尽くさんばかりの熱が、指先を鳴らすだけで爆ぜていく。
それは魔力消費を大幅に上げているようで、アレンの足元がふらりと揺らぎ出す。それを見たノエは、慌てて「ミスター!」とガイに声を飛ばした。
「それ以上やると、貴方もアレンも死ぬ!」
「分かってるさぁ、お嬢さん! だが、あんたの相棒殿ばかりに任せられる敵でもねぇだろう!」
ガイの正論に、ノエはぐっと唇を噛む。
ベディの力は、対人戦向きだ。対するガイは、一撃一撃の威力は小さいものの、複数人を一気に焦がす炎は、現状においては頼もしい。だが、彼に頼り過ぎると、アレンの身が危ぶまれる。
魔力欠乏症になってしまえば、一般人に毛が生えた程度のアレンでは、即死の可能性が高い。
ノエは頭の中で計算し尽くし、そして、周囲の様子を確認した。この場に他の人間の姿がないことを見て、ノエは自らの左手へ意識を向ける。
「ベディ!」
「かしこまりました、ノエ」
多くの言葉を交わさずとも、月日を経た彼らはそれだけで意志を交わす。
ノエの意志に合わせて、左手に一本の剣と、大きく羽根を広げた天使の両翼の契約紋が浮かび上がる。それに呼応するように、ベディの右腕も金の光を放ち出す。その熱によって、黒革の手袋がどろりと溶け落ちてしまう。だが、二人はそれに構うことはない。
「一掃して、ベディ」
「
ノエの言葉に呼応するように、ベディの白銀の
この一手で、ノエは周囲のバネ足ジャックを一掃することを選んだ。レイラの対処に手間取るであろうが、相手はアレンのような
ベディは、俊敏に動くバネ足ジャックを次々にその腕で撃破していく。その剣劇は息を呑むほど美しく、残酷であった。彼の相手は、機械化を施された足で距離を詰めてくるだけ。その腕が繰り出す剣さばきは、素人同然の腕前である。円卓の騎士に名を連ねる彼にとっては、まさに赤子の手をひねるようなものだ。
ベディが次々とバネ足ジャックを切り伏せていく。それと並行して、魔力がどんどん奪われていくノエは、苦し気に息を吐き出すばかりだった。
最初はアレンを支えていたノエだったが、今はアレンに支えられている。
「お、おい、大丈夫かよ……っ」
「これ、くらい、慣れてるから。大丈夫。君は、ミスターのことを考えてて。君のしたいことは、お姉さんを止めることだろう? バネ足ジャックの対処ではないはず。だから、彼らのことは自分達に任せて、君は君のすべきことを、して」
「っ……。ガイ!」
「あ? なんだ、坊主」
ガイは、切られてもなお起き上がって来ようとする頑丈なバネ足ジャックをいなしながら、ぐるりとアレンの方を振り向く。そして、彼の瞳を見るやいなや、にたりと口角を上げて笑った。
「随分良い顔するようになったじゃねぇの、坊主」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! ……姉さんを、捕まえられる?」
「っかかか、坊主。その聞き方は、
その言葉に、アレンは眉間の皺をより一層深くした。ガイは肩を大きく震わせながら、とんと自身の胸を叩く。
「出来る? じゃねぇのさ。一言、やれと命じるだけだぜ。それだけで
「……そうか。なら姉さんを、殺さずに、捕まえて欲しい。頼む」
「……っはは、仰せの通りに」
ガイはからからと笑い、とんと地を蹴ったかと思うと、一気にレイラの元にまで距離を詰めていた。それを止めようとするバネ足ジャックは、全てベディが倒しているからこそ、彼の動きには無駄がない。
目の前へやって来たガイに対して、レイラは笑みを崩さない。むしろ、より笑みを深めた。
「久しぶりね、クロックフォード家の
「はは、俺からすりゃあ、ハジメマシテなんだかねぇ、お嬢さん。あんたに個人的な恨みも思いもねぇんだが、我が主からの命でね、大人しく付いてきちゃあくれねぇかい?」
「——……ガイ・フォークス。私、貴方に訊きたいことがあるのよ」
くふ、とレイラは笑う。
「ね、裏切った時の気持ちってどうだったの?」
ガイの眉が、ぴくりと動く。レイラはそれに構わず、言葉を続ける。
「拷問に耐え切れずに、口を滑らせちゃったんでしょ? 文字も書けなくなるくらいの酷い拷問だったんだから、つい計画のこととか仲間のこととか……、喋っちゃって当然だよね。それに、最初に誰かが裏切ったんだから、自分も少しくらい……とか思っちゃったのかなぁ?」
「っはは、——……何が言いたいんだい?」
「ふふふ、言ったでしょ? 裏切った時の気持ちって、どうだったのってさ。……あー確か、貴方ってそれなりに頭良かったんでしょ? 爆破の計画が漏れた時、本当は降りたかったんじゃないのかなー? 偽情報として扱われるだろうから気にするなって、そう言われたって裏切り者が混ざってるって思ったら、気が気じゃなかったんじゃない?」
「………いねぇさ。俺達の中に、裏切り者はな。偶然聞いた奴が、卿の家に手紙を出したんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「もういいかい?」
ガイは、やや乱雑にレイラの手首を掴み、強引に己の方へと引き寄せる。その僅かな瞬間、レイラは背後に手を伸ばして、隠し持っていたナイフを脇腹へ突き刺す。
「ガイッ!」
アレンの口から焦った声。ガイは眉間に深い皺を寄せるが、構わず刺さったナイフを引き抜く。少女の力で刺した程度の傷など、
「あー、心配するなって、ぇ、の?」
ひらひらと手を振っていたガイだが、その動きがぎこちなくなっていく。アレンが心配している内に、彼はその場で片膝を付いて押し殺したような声を上げ始める。
「フォークス様!」
「っ、て、め……! なんか、塗って、やがったな……っ!」
「当然。私も無知で馬鹿な
「……凝固剤、か」
ノエが呻くように言葉を発せば、レイラは「正解!」と嬉し気な声を上げた。
「貴方、頭良いのね! そう、
ぱちん、とレイラが手を打てば、再びバネ足ジャックが姿を現す。先程までのドレス姿の淑女やきっちりとした衣服を身に纏った紳士などとは違い、かっちりとした肉体に
光の弱まった右腕を庇いつつ、ベディはノエとアレンの居る場所にまで後退する。
「……警官にまで、手を出してたのか」
「だってぇ私のこと、こそこそ嗅ぎまわってて、邪魔だったんだもの。捕まえる時は、呆気なかったわよ? 三人くらい気絶させたら、わぁわぁ喚きながらてんでばらばら……。こんなのが、我が大英帝国を守ってるだなんて。ま、絶望と共に希望も見出したけどね」
レイラは、ウインクを一つ。
「こんな兵士よりも、私の作った兵士の方が優秀だって、きっと私達の偉大なる君主たるヴィクトリア女王なら、分かってくださるもの! ――……だから、貴方達は本当に、邪魔!」
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