2.夢を追う者、夢を追った者

「ごめん、遅くなった」

「いえ、思ったより早かったですよ。外に馬車停めてますから、王立機関研究学院アカデメイア行きとアカデメイアの寮行きになってるんで、好きに乗り込んでください」


 準備を終えたノエとベディが足早にエントランスホールへ降りると、既に準備を終えていたフォルトゥナートがヴィンセントから説明を受けていた。そこへノエ達も入る。

 改めてヴィンセントから聞くと、アレンがアカデメイアに居るのか寮に居るのかが定かではないため、二台の馬車でそれぞれ向かうという内容であった。


「さて、どうしますか?」

「ヴィンスとフォルで、アカデメイアに行って。自分とベディ、まだ来てないミーアで寮に行ってフォークスを呼ぶ。そうした方が効率が良いと思う。君達の方が早めに見つけられるかもしれないから、寮の方で落ち合おう」

「……そうですね。フォル、異論はねぇでしょう。行きますよ」

「お、おう。じゃ、またすぐ」


 フォルトゥナートとヴィンセントは、さっさと取締局から出て行った。


「ここからはスピード勝負ですね」

「うん。……どのくらいの時間を掛けてバネ足ジャックを生み出しているか分からない以上、ライナス達が無事に生存できる保証時間の計算もままならない。迅速に、全てをこなさないと」


 外套の下、ノエは胸をきゅっと握って、眉間に皺を寄せた。


 ミーアが来て、三人はアカデメイア寮行きの蒸気馬車に乗り込み、およそ二十分かけて目的地へと辿り着いた。表から入ることは敵わないので、こっそりと裏庭へと回る。そこには、屋根へ上ることに活用できる蒸気用配管パイプが見当たらない。防犯目的で煙突一本に集約されているようだった。


「どうしますの? 寮監に事情を話して、無理やりにでも開けさせますか?」

「いや、ガイ・フォークスだけに会えればいいんだ。多分、アレンはここに人を匿っていることを伝えていないだろうから、逆に寮監に怪しまれる。最悪、警察ヤードが来る可能性もある。……ベディ、この間ガイとアレンが下りてきた窓の位置、覚えてる?」

「勿論です」


 ベディの発言に、ノエはこくりと頷く。その反応が返って来るや否や、彼女は彼の腕の中へ飛び込んだ。

 ベディはノエの体をしっかりと抱きしめ、ぐっと足で地面を強く蹴り、一気に目的の部屋がある窓近くまで跳躍する。ノエは、ベディの腕から離れ、僅かに出っ張っている窓の桟に足を引っかけた。バランスを崩す前に窓の鍵部分に指の腹を当て、「開錠アンロック」と唱える。

 金色の光は鍵穴に吸い込まれるように入っていき、カチリと音が鳴って鍵が開けられた。その瞬間ノエは、小柄な体を活かして窓から部屋の中へと入り込む。煤灰の付いた外套を軽く払ってから、目の前にある扉を開けた。

 ふわりと酒の匂いを感じ取った刹那。ノエの細首に、指が当てられる。

 じりりと僅かに肉の焼ける匂いと熱、びり、と強い殺気がノエの白い肌を震わせた。が、すぐにそれは収まった。


「………おお、なんだ、お嬢ちゃんか。……お前さん、あれかい? 玄関ってぇのを知らないのかい?」


 にやりと不敵に笑う男――ガイ・フォークスに、ノエもまた小さく笑って見せた。


「知ってますよ。お久しぶりです、ミスター・フォークス。ただ、自分はアカデメイアの人間ではありませんし、貴方の存在が寮監さんに知られるのをアレンが嫌がるかと思って、こういう手段を取りました。貴方に要らない警戒をさせて、申し訳ないです。……アレンは、アカデメイアですか?」

「おう。ってぇことは、あいつの姉ちゃんが動き出したってことか」


 ガイは、ノエの首から指を離し、八の字の髭の先を触りながら部屋の隅へと歩いて行く。大小様々な機械や機材を漁る彼の後ろ姿を見ながら、ノエはそっと唇を動かした。


「ミスター。一つだけ質問しても良いですか?」

「……おー、構わねぇさ。俺もお前さんに質問してるしな。ただ、時間を取らずに、学があんまりない俺でも答えられるような内容で頼むぜ?」

「……貴方が、どうして自死を選ばずに済んでいるのか。その理由を、聞きたいんです」

「自死……自殺、ねえ。それは、単なる好奇心かい? それとも自分の知識欲かい?」

「どちらも。自分は、知識を求め続ける魔術師であり、人形ドールと契約した人形師。別個体の人形ドールの事情を知りたくなっても、おかしくないでしょう? ……貴方の機嫌を害したなら、申し訳ありません」

「いや、全然。ただ、話が長いなって思ってただけさ。隠してることでもねぇし、答えられるぜ」


 ガイは、テーブルの上に置かれていた<探索者シーカー>を見つけ、それを小脇に抱えた。


「期待しているところ悪いが、よく分からない、ってのが俺の答えだな。あぁ、それか俺が爆破を目論んだ悪党で、性根が狂ってるからこそ平気ともいえるぜ」

「……そう、ですか」

「お嬢ちゃんのお気に召した回答じゃなかったかい?」

「いいえ。その、ありがとうございました」


 ノエが頭を小さく下げると、ガイはその頭をポンと撫でた。そして、ノエが入って来た裏庭側の窓の方へと歩いて行く。彼女もその後ろを追った。


「嬢ちゃん、鍵を開けられたってことは鍵もかけられるってことだな?」

「はい。ミスターから先に降りていただいて問題ないですよ」


 ノエの言葉を聞き、ガイはそのまま窓から飛び降りていった。

 それに続いて、ノエも窓から身を乗り出すと同時に、「施錠ロック」の詠唱を唱えて落ちる。体が落ちていく中、彼女の瞳はベディを捉える。


「ベディ!」

「はいっ」


 ベディはとんっと地面を蹴り、落ちてきたノエの体を綺麗に受け止めた。


「……ふう。ありがとう、ベディ」

「これくらいは問題ありません」

「……とんでもないですわね、貴方」

「どうも。とりあえず、のんびり話してる暇はないよ。表通りの方でヴィンス達を待ってよう」


 ノエはベディの腕の中から離れ、外套の下に入り込んだ煤灰を払い出しながら歩き出す。


「我が主人を呼びに行くのか?」

「もう呼びに行ってますわ。見つかり次第、こちらの方で合流する手筈ですわよ」


 ミーアがガイへ説明している間に、アカデメイアの寮前に一台の馬車が停まる。慌てて降りてきたのは、アレンと彼を連れてきたフォルトゥナートとヴィンセントだ。

 アレンは、ガイの腕の中に<探索者シーカー>を見つけると、すぐにそれを手に取った。半ば奪われるような形で取られた態度に、ガイは僅かに肩を竦めて見せる。


「おいおい、小僧。礼の一つくらい言えっての」

「後で酒をやる。それと、持って来てくれてありがとうな!」


 アレンは吐き捨てるように言い、<探索者シーカー>のセッティングを手早く行なっていく。その手の動きには迷いがない。十数秒で作業を終えると、アレンは<探索者シーカー>の背のスイッチを押し込む。すると、歯車の音と共に接合部の隙間から蒸気を吹き、<探索者シーカー>は自立歩行を開始する。


「この後を追えばいいんだな!」


 弾んだ声で言うフォルトゥナートの脇腹を、ヴィンセントが軽く小突く。


「急ぎましょう。ライナス達の身が、いつまで安全か分かりませんから」


 ギシギシキィキィ。やや不安になる音を奏でながら、<探索者シーカー>は軽やかな足取りで歩いて行く。六人は、その後ろを追って行った。

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