3.舞台、開幕
六人は、ブルームズベリー・ストリートから離れ、どんどん進んでいく。
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「この方向は……」
「ホワイトチャペルの廃工場地区に向かいますわね」
「成程なー。確かに、ここら辺に拠点置いてりゃあ、見つかりにくいな」
ノエの言葉を、顔を顰めたミーアが引き継ぐ。
蒸気機関革命が起こった際、一番最初に数多くの工場が設立されたのが、このホワイトチャペル地区のテムズ川沿いだ。何か問題が起こった場合に隠ぺいもしやすく、立地も良かったというのが、ここに工場地帯を作り上げる要因となったのだろう。今ではすっかり寂れた土地になり、浮浪者や孤児達の巣窟になってしまっているが。
どこかおどろおどろしい雰囲気に、アレンは、コクリと唾を飲み込む。
「心配しねぇでいいですよ」
そんなアレンに、ヴィンセントがそっと声を掛けた。
「俺達、荒事には慣れてますから。一般市民を守れねえほど、弱かねぇです」
「それに、俺もいんだぜ? 坊主が命の心配する必要はねぇさ」
力強い二人の言葉に、アレンは小さく頷いてみせる。
廃工場地帯ということもあり、進むたびに、足元の路面はどんどん悪くなっていく。照明器具もほとんど壊れているため、常より歩いている路道よりも早く薄暗くなっているような感覚に襲われる。
フォルトゥナートとミーアが銀符で炎を喚び出し、明かりを確保。そして、さらに奥へ奥へと向かって行く。
どれほど歩いたろうか。
廃工場地帯の終わりが見え始めた頃。ぴくっとベディとガイの指が動く。それにノエが気づき、「ベディ?」と声を掛けようとした時だった。
「ッ!」
フォルトゥナートが人差し指を伸ばし、<
「な、な」
「向こう方のお出まし、だな」
「しかも、相当なご歓迎のようですよ」
ヴィンセントの言葉が終わるかどうか、というタイミングで、次々と瓦礫の合間から人が姿を現していく。ゆらゆらとした動きに合わせて、かちゃんかちゃんと機械の噛み合うような音が聞こえている。それが、彼らが既に普通の人間でなくなっていることを示しているかのようだった。
ミーアが唇を噛む。
「……気配、まったくありませんでしたわよ」
「当然だろ。こいつら、生きた人間じゃねぇぞ。ッはッはッは! 物騒なお客様達だな!」
「わ、笑ってる場合かよ」
「ベディ、上空も警戒。バネ足ジャックなら、上から跳んでくるかもしれない」
「了解しました、ノエ」
ベディはすらりと剣を抜き、わらわらと現れ出た人影に目線を向ける。
彼らの背丈はまちまちだが、全体的に低い。子どもほどの背丈だ。恰好はまばらで、つぎはぎだらけのボロボロの衣服を着用している者もいれば、燕尾服やワンピースドレスのようなものを身に付けている者もいる。唯一統一性があるのは、顔。皆、ガイ・フォークスを模した仮面を付けていた。
アレンの顔色が青くなっていく。その表情を見かねてか、ヴィンセントがノエを肘でつついた。
「……ノエ、そこの子を連れて、先に行ってください。ライナスの安全が確保されない以上、無駄にここで時間を使うのは、得策ではねぇでしょう」
「………そう、だね。フォル、ミーア、任せていい?」
「貴方の引き立て役なんて、百も御免ですけれど、これ以上進んだら私の綺麗な衣装も汚れそうですし、私としては構いませんわ」
「俺様も。早く行くことで犠牲が少なくなるってんなら、その方がいいに決まってるだろうしな」
フォルトゥナートはすっと指を突き立てて、バネ足ジャックの仮面を撃つ。
「ッアレン、ミスター・フォークス、先に行くよ! ベディ、正面突破手伝って」
「かしこまりました、ノエ」
「一緒に行くってんなら、こうすんのが早ぇかねぇ」
「ッうわ!?」
ガイは下から掬い上げるようにして、両肩にノエとアレンの二人を抱えた。そして、隣に並び立つベディを肘でつつき、ボソリと耳元で囁く。
「正面突破は任せたぜ。ベディ殿?」
「貴方に言われずとも」
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「ノエの命を、遂行するまでですから」
ベディの返答に、ガイはヒュウと茶化すように口笛を吹いた。
ノエは、そんな二人を尻目に、立つ三人に声を掛ける。
「ッフォル、ヴィンス、ミーア! ごめん、頼む!」
「へへ、気にすんなよ。りょーかいっと」
「えぇ、任せてください」
「はぁ、貴方に指図されるとか、最悪の一言に尽きますわね。……お二人共、優秀たる私の足を引っ張らないでくださいませ?」
「っはは、逆だろ。お前が俺様の足を引っ張んなよ」
「何ですって?」
「あ?」
「そういう言い争い、やめてもらっていいですか?」
フォルトゥナートとミーアが言い争いをしだしたのを、ヴィンセントがすかさず制した。ノエはやや顔を顰めるものの、すぐに唇を噛んで「頼む」と小声で発する。
ノエ達四人の姿が小さくなってから、三人はそれぞれの魔法を身に纏う。
フォルトゥナートは人差し指を突き出し、その先に魔力を込める。
ヴィンセントは、持って来ていた機械仕掛けの烏をその腕に乗せ、静やかな声音で詠唱を開始する。
ミーアは、その足に鮮やかな赤の靴を纏い、軽くステップを踏んで自らの体を温めていた。
「——……まったく、本来なら、こういうのは警察案件でしょう」
ミーアの言葉に、二人も無言で返す。
魔術師である以上、人やそれに付随するような存在を殺めるという経験は、無きにしも非ずだ。だが、魔術師であり特務員でもある彼らは、人を殺めるような呪術系の魔術師でない限りはそのような行為を行わない。
あくまでも彼らの仕事は、日常生活を脅かす異端を狩ること。人間を殺すことではない。それは、
それを理解しているからこそ、ノエは先に謝っていた。「ごめん」と。
「ま、ほとんど異形と変わんないだろ? 思ったより、罪の意識ってーの? そういうの、ないわ」
「相変わらず、脊髄で物事考えてるみてぇな回答ですね。ほぼ同意見なのが最悪ですが」
「ほんと、最悪の役回りですこと。このキャスティングをしたのが、あの女というのが一番気に食わないのですけれどね」
「まだ、ンなこと言ってんのかよ、クソ女」
「ああら。変な子犬がキャンキャン吠えてますこと」
「あ?」
「何か?」
「……俺も、ノエ達についていった方が楽でしたかね……」
テンポの良い軽快な会話をぽんぽんとしながら、三人は襲い掛かってくるバネ足ジャック達を、次々と屠っていく。その様は、まさに異端取締局の中でも随一と呼ばれる彼らの実力を如実に表していた。
フォルトゥナートが風の弾丸で彼らの脳天を穿ち、ミーアが鮮やかな足さばきで彼らの首を蹴り折る。ヴィンセントが二人の仕留め損ねたバネ足ジャックを追撃してゆく。
一糸乱れぬその動きにより、バネ足ジャックはどんどんと死体となって折り重なっていく。
まさに、蹂躙。その一言に尽きる光景が、生み出されようとしていた。
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