1.開幕の刻

「バネ足ジャックにも個性が出てきたな」


 研究室に入ってすぐ。ヘンリーは、ノエ達へそう言った。

 ヴィンセントは、<ブラック・バグ>のライナスとオスカーに会いに行っており、ノエ、ベディ、フォルトゥナート、ミーアの四人が、彼の部屋に居た。


「個性というか……」

「悪趣味極まりない」


 テーブルの上に広げられているのは、写真に収められたバネ足ジャックの「死体」の数々。優に十体は超えているそれらを見て、ノエは小さく眉を寄せる。

 被害者は、子どもだけではなくなっていた。成人済みの男や女、老人も増えている。そして、バネ足ジャック達は、どれも皆違う衣装を身に付けていた。衣装は男女関係ないようで、男が女物の衣装を着ていたりその逆もあったりと、実に様々だ。まるで着せ替え人形を、好き勝手に着せ替えているようである。

 一貫して同じなのは、全員がガイ・フォークスに似せた白仮面を付けているところだけだ。


「……レイラ・クロックフォードは、どうしてこんなことを……」

「さぁな。ただ、根幹部分は魔術師ぼくたちとそう変わらないが。そこまで気味悪がることか?」


 ヘンリーは、乱雑に頭を掻きながら、言葉を続ける。


「魔術師だって、世界の原初を探るべく、色々なものを犠牲や生贄にして実験をしてるだろう。本質部分は変わらない」

「まあ、そう言われればそうですわね」


 ミーアは、こくりと頷く。

 この三人の中では、彼女が一番魔術師らしい感性を持っているからこそ、ヘンリーの言い分も難なく呑み込める。ノエも、反論を口にすることはなかった。


「でも、無関係の人を巻き込むのは違うだろ……」

「そう、ですね」


 フォルトゥナートの言葉に、ベディはこくりと同意する。彼らの言葉に、ヘンリーは眉を寄せて肩を竦めて見せた。


「甘い奴らだな。つくづく人間臭い」

「本当、魔術師としての誇りがあるのかどうか、疑うレベルですわね。ねぇ博士」

「僕はお前に同意を求めたわけじゃない」

「っなんですの、その言い方!」

「口喧嘩は止めて。この場においては、不毛だろ」


 言い争いに発展しそうになる前に、ぴしゃりとノエが止める。ミーアは不服そうな顔をして、ふいっと顔を背けた。

 ノエは部屋が静かになったのを見届けると、再び写真に目を通していく。真剣な表情をしている彼女へ、ベディはそっと傍に寄った。


「何か見つかりましたか、ノエ」

「いや……。見つかったというか、気になることがある、かな」


 ノエは目の前の十数枚の写真を見て、くっと眉間に皺を寄せる。そして、すっとコルセットスカートを身に付けた少女型バネ足ジャックを指差した。


「もし不特定多数の市民を殺す為に作ってるなら、動きが制限されるような服をわざわざ着させているのはおかしい。……その理由が分からない」


 大抵の女性物の衣服は、体の動きが制限されてしまうものが多い。だからこそ、ノエは男装しているし、ミーアは特注の衣服を身に纏っている。そんな、相手を倒すことに関しては不利な衣装を着させていることが、ノエには理解できなかった。

 とんとん、と顎先を指で叩きながら、ノエは思考を深めていった。


「単に着飾らせたいだけ? それともこの行為自体に何か意味があるのか……?」

「なんだっていいだろう。つまるところ、着させているという事実が転がっているだけだ。それ以上でも以下でもない。ほら、ちゃんと情報提供をしてやったろう。さっさと帰れ」

「ったくぅ。ほんとお前は、つれねぇなぁ~」


 頬を膨らませるフォルトゥナートに、ヘンリーはペストマスクの下で大きく溜息を吐きだした。


「いずれにせよ、こんなに作られている時点で、向こうは何らかのことを企んでいることは間違いないだろう。つまり、向こうの戦力は高いということだ」

「……俺らで何とかなるかな」

「馬鹿ですわね。何とかするんですわよ」


 フォルトゥナートの言葉にミーアが噛みついたその時。部屋の扉が、素早く二回ノックされた。ヘンリーが腕を動かして使い魔に合図を送り、扉を開けさせる。


「は、はっ、はあっ……。す、すみません、えと情報課のベアトリクス・ローラインですっ!」


 耳に飛び込んできたのは、ベアトリクスの声。彼女は、弾んだ息を整えながら声を絞り出す。


「情報員が何の用だ」

「は、はえ、えっ、えっと、その、すみません。ウォルターさんのところ、連絡がつながらなかったので、ちょ、直接、来たんですけど。え、えと、その、スペンドラヴさんが皆さんが、こ、ここにいると仰られて……。その、あの、スペンドラヴさんがお呼びです、皆さんのこと」


 ベアトリクスの言葉に、ノエ達の体に緊張が走る。ノエは、持っていた写真をテーブルに置き、ヘンリーの方へ向く。


「ウォルター博士、すみませんが自分達はこれで……」

「あぁ、さっさと行け」


 ヘンリーはしっしっと手を振り、使い魔達を己の傍へ寄せる。

 ノエは、再度彼へ頭を下げた。フォルトゥナートは入り口の傍に立てかけていたランタンを手に取り、昇降機リフトへと一同が向かう。

 全員が昇降機リフトへ乗り込んでから、ぜぇぜぇと息を吐くベアトリクスにフォルトゥナートは問いかけた。


「ベアトリクスちゃん、ヴィンスは他に何か言ってたか?」

「は、あ、えっと、その、準備をしてから、エントランスホールへ来て欲しい、って言ってらっしゃいました」

「了解っと」


 フォルトゥナートは小さく返答し、ノエはベアトリクスへ小さく笑いかける。


「伝えに来てくれて、ありがとうベアトリクスさん」

「へ、へぁい! 全然、えと、これが、わた、私の仕事、なのでっ!」


 声が裏返ったり上ずったりしつつも、ベアトリクスはノエへ礼を口にする。ノエはそれへ小さく笑みを返しながら、胸の内に巣食い始めた焦燥感をいなしていた。

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