2.ウォーカー

「こ、今回、ノエさんに頼みたいのは、ウォーカーの討伐任務です」

「自分たちが、ウォーカーを?」


 ウォーカーとは、その名の示す通り、街を彷徨い歩く幽霊になれなかった魂の集合体である。幽霊は魔素を構成霊素へと変換して、人々に姿を見せて恐怖という感情を餌として食らうが、ウォーカーはその構成霊素を変換する力が弱い者同士でくっついた異形だ。

 普段はそこまでの危険性はなく放っておかれるのだが、大幅に個体数が増えると魔術師の手によって討伐することとなっている。しかし、その役目は一年目や二年目の新人特務員の仕事だ。

 ノエは所属して三年目。ウォーカーの討伐依頼を請け負うには、やや違和感のある状態である。


「その、他の子達もするんですけど、の、ノエさんにも、手伝って、もらえたらっ」


 真剣な顔でそう言うベアトリクスを見て、ノエは小さく頭を掻く。

 ベアトリクスの気の弱さでは、新人特務員が依頼を受け入れなかった可能性も高い。そこで白羽の矢が立ったのが、比較的どんな依頼でも受け入れ、かつベアトリクスと同性のノエであった可能性は皆無ではない。


「分かった。個体数とかは、これを見ればいいんだね?」

「っはひっ!あの、あ、ああ、ありがとうございます!」

「いいよ、気にしないで。ベディも、構わないかな?」

「貴方がそれをしたいのであれば、私はそれに従うまでです」


 ベディの返答にノエは頷き、資料に手を伸ばした。

 討伐すべき個体数は十五。多くもなく少なくもない数字だ。場所も、前回の人狼事件の際にも訪れたストランド・ストリート付近と、移動時間の面でも優遇された依頼案件だ。

 ノエとベディであれば、特に問題なく遂行できるだろう。


「はーあ。俺様もそろそろ身体を動かしてぇなぁ」


 フォルトゥナートは、肩と首を動かしながら小さくぼやいた。


「……来る?」

「っいいのか!」

「まぁ、ヴィンスは嫌がりそうだけどね。彼は、内に籠るのが好きなタイプだろうし」

「別に、いっつも一緒に依頼を受けてるわけじゃねぇよ。ヴィンスが受けたのを、俺様が一緒になって解決するだけだ。あいつ、戦闘向きな魔術が使えるわけじゃないからな」

「それは、まぁ、確かにそうだけど」


 フォルトゥナートの言葉を、ノエは言葉を濁しつつも肯定した。ベディは首を傾げ、「でも、合格試験の成績は一番だったのでしょう?」と二人へ問いかける。


「そうだね。彼が自分達四人の中で、一番の成績優秀者だった。でも、それは彼の魔術の威力や戦闘技術が評価されたからじゃないんだよ」

「俺様達の実技試験は、アクシデントがあってな。本当はちょっとした中級の異形を倒すだけだったのが、合成獣キメラが沸いてな。そいつは、見習い魔術師四人にゃあ、少々分の悪い相手だったんだ」

「監督官には手を出す権限がなかったから、自分達だけで判断しなければならない状況だった。で、その場を仕切ったのが、ヴィンス」

「ヴィンセント様が」


 ノエは頷く。

 あの時のヴィンセントは、三人の魔術の特徴を把握した上で、個人の技量を見せる実技試験の中で、チームとして連携した戦闘が出来るように指示を出した。

 ノエはヴィンセントのサポートをし、フォルトゥナートとミーアで合成獣キメラを叩いた。そして、結果的にチームとして合成獣キメラを討伐することが出来た。

 ヴィンセントは、素早い状況判断や一番に「チーム」という形を呼びかけたことを理由に、第一位合格者という称号を手に入れたのだ。


「ヴィンスの魔術は、決して強いわけじゃない。俺様達同期組の中で、一番弱いかもしれねぇくらいだ。でも、その分あいつは頭を回して状況を見る。ノエが人を見るのと同じように。俺様にはない才能だ」


 フォルトゥナートはふふんと鼻を鳴らして、自分のことのように胸を逸らす。ノエはその反応に苦笑をこぼし、ベアトリクスはそんなノエに見惚れていた。


「ま、とりあえず、ローライン情報員」

「あ、あのっ」


 ベアトリクスは、ぽぽぽっと顔を赤くしつつも、じっとノエと視線を合わせる。ノエは首を傾げつつも、ベアトリクスの言葉の先を待った。


「その、わ、私、ウェルズリー様の、代わりに、その、……ノエ、さんの専属に、なったんです……」

「……自分の、専属」


 ノエはベアトリクスの言葉を反芻し、それから溜息と共に眉間に親指を押し当てる。

 間違いなく、アリステラの仕業だろう。ベアトリクスを指名したのは、偶然か故意かは定かではないが。


「君は、随分と運が悪いみたいだね。自分の専属だなんて」

「ちっ、ちがい、違いましゅ!」


 ベアトリクスは、声を大にして否定する。その迫力に、ノエは口を閉じて彼女を見やる。


「わ、わた、私は、ノエさんの専属に、しっ、志願したんですっ!それは、その、すごく、私にとっては運が良いことでっ!」


 必死の形相をしたベアトリクスの訴えに、ノエはただ見ていることしか出来なかった。

 というよりも、どうしてベアトリクスがここまでノエを慕ってくれているのか。それが分からないからこそ、黙っているしかなかった。

 あるいは、呆気に取られていたという表現が正しいかもしれない。


「………っ、ご、ごごご、ごめんなさいっ!その、そのっ、生意気なこと、言っちゃって…」

「……いや、いいよ。怒ってないから、うん。驚きはしたけど」


 あわあわし始めたベアトリクスに、ノエは苦笑する。


「とりあえずまぁ、よろしくね。ベアトリクスさん」

「……っえ、あ、名前……」

「専属になっちゃったなら、まぁ、親しくなるだろうしさ?嫌かな?」

「ぜ、全然!嫌じゃないですっ!」


 ベアトリクスは、ポンッと一気に顔を赤く染め、それから「はうぅ」と奇妙な声を漏らしながら、顔を両手で覆い隠した。

 フォルトゥナートはくつくつと笑いながら、ノエへ軽く目配せを送る。


「ノエも罪なヤツだなぁ」

「罪?」


 フォルトゥナートの言葉が分からず、ノエは鸚鵡返しに問い掛ける。だが、彼は特に言葉を返さずに、笑うばかりだった。

 ベアトリクスはすくっと勢いよく立ち上がり、変な方向に曲がっていた眼鏡の位置を直す。

 顔の赤みはまだ引いていないものの、先程よりは幾分かマシになっている。

 ベアトリクスは、小さく頭を下げた。


「そ、それでは、よ、よろしくお願いしますっ!」

「うん、任せて」


 ベアトリクスは、ベディの方へ向き直り、ぺこりと小さく頭を下げる。


「こ、こう、紅茶、あ、ありがとうございました。とっ、とっても、おい、美味しかったです!」

「それは良かったです。またいつでもいらしてください」


 ベディの言葉にベアトリクスはまた頭を下げ、個人研究室からぱたぱたと足早に出て行った。


「じゃ、俺様も用事は終わったし。帰るかな。また夜な、ノエ」

「うわ、本当に来るんだ。……まぁパン、ありがとうね、フォル」

「うわってなんだよ。その代わり、また手ぇ貸してくれよな?俺様達も、勿論貸すけどよ」

「考えておくよ」


 ノエの言葉にフォルトゥナートは歯を見せて笑い、ベディにも手を挙げてから彼もまた部屋から退室していった。


「さて、と。そこまで難しい相手じゃないけど、準備は万全に」

「はい、ノエ」

「うん、良い返事」


 ノエはベディへふわりと小さく笑いかけ、それから空いている食器を片付け始める。そして、唐突にその手の動きが遅くなった。


「ノエ?」

「………自分、寝ぼけている時に、……」


 ノエの止まっていた頭は、ようやく寝ぼけていた際の失態に考えが及び、さぁっと顔面を青くしていた。

 ベディはそんな彼女を丸い目で見つめ、口角を少しだけ上げる。


「フォルトゥナート様もベアトリクス様も、そこまで気にされていませんよ。いつものノエがしっかりしていますから、意外性を感じていたかもしれませんが、ノエが気にすることではないかと」

「そんなことない!はぁあ、やってしまった……」


 ノエは、溜息を吐きながら項垂れる。

 年相応に悩んでいるその姿を、ベディは微笑ましく見つめ続けていた。

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