Epilogue

Epilogue.魔術師にとっての友人

 二人が依頼協力を求めて来た日と同じく、ノエが刺繍に勤しんでいる午後過ぎに、フォルトゥナートとヴィンセントはノエの個人研究室へとやって来た。

 あの日と違うのは、フォルトゥナート達が持ってきたのは依頼の協力などではなく、四人分のタルトタタンの入った箱が握られている点だった。

 ベディが紅茶を淹れ、四人でアフタヌーン・ティーを開始しようとしたところで、ノエが口を動かした。


「あの子は、どうなったか知ってる?」


 ノエはあくまでも依頼協力者であったため、人狼討伐依頼の詳しい情報への接続アクセス権限はない。チェルシーの処遇について、ノエは情報を手に入れられない状況であった。


「ん、結局は審判局預かりらしい」


 フォルトゥナートはタルトタタンを含んだまま、流暢な発声でそう言った。

 時計塔取締局の中にある部署の一つだ。正式名称は時計塔取締局審判課だが、独立した権限を持つことから、取締局とは違う組織とみなされて「審判局」と言い表されることが多い。

 特務課とは似たような部署だが、特務課が戦闘など実力行使で問題を解決するのに対し、審判局が魔術世界の中の法律で問題を解決するというように分けられている。

 所属する魔術師は、魔術師が引き起こした魔術犯罪や妖精・精霊・幽霊達と無辜むこの人々の争いを裁いたり、争いの仲介人になったりする役割を持っている。魔術師達の裁判所のような組織だ。


「今回のは、たくさんの人々が人狼に変えられ、魔術師達の手によって殺されてしまっています。そのことを鑑みてもスコットランド・ヤード側に引き渡しても構わない案件でした。けど彼女、第五席の遠縁の子どもで、更に未成年者であることも踏まえて特別措置を取られました。しばらくは審判局の職員が更生に付き合うらしいです。それと、カヴァーディルの触媒管理にも苦言を呈すみたいです」

「……第五席、か」

「人狼の血液持ってたのも頷けるよな。カヴァーディル家なら、人狼の触媒を置いてておかしくない」


 第五席・カヴァーディル家は、黒魔術や死霊魔術ネクロマンスを極める家柄だ。時計塔魔術学校では死霊魔術学科を受け持ち、十二月には剥製蒐集競売会カヴァーディルズ・オークションという名の社交会を催すなど、比較的十席会合グランド・ローグの中でも財力のある魔術家系の一族でもある。

 名誉ある家の親戚が起こした事件とはいえ、あまり目立った動きを取らせない様、審判局を抑え込んだと考えるのは妥当だった。

 審判局は、チェルシーは魔術工房にあった人狼の血液を盗み、それを子ども特有の好奇心のままに使ってしまい、今回の事件を引き起こしたと考えていると、ヴィンセントは付け足した。

 つまり、偶発的にこの事件が起こったのであり、未成年であり判断能力の低いチェルシーを、責め立てることは出来ないという判断だ。


 疑問点は残る。

 親戚程度の娘であるチェルシーが、第五席という高位役職に就くカヴァーディル家の魔術工房にやすやすと入れるのか。

 どのような手口で人狼を増産したのか。

 少女一人でそれは実行されたのか。

 それは果たして本当に、出来事だったのか。


 しかし、それらを知る権利は、特務課にはない。彼らは探偵ではなく、依頼を遂行するだけの魔術師であるからだ。

 したがって、多くの真意が明るみにならないまま、この事件は幕引きとなる。


「彼女も、未だお姫様になるとか何とか言う妄言を吐いているそうで、詳しい審問が出来ないみたいですし、大方はその方向に話はまとまっていくそうです」

「これ以上は特務課連中に言うことないってさ、依頼金渡されてお終い。っつーわけで、はい」


 フォルトゥナートは、懐から紙封筒を取り出してノエの目の前に置いた。それが何であるかが分かったノエは、すぐにフォルトゥナートへ突き返そうとした。しかし、彼は首を横に振るうばかりだった。


「え、いや、別に自分は協力しただけで」

「かなり協力してもらいましたから、ほぼ三人で達成した依頼みたいなものでしょう。受け取ってください」

「そうそう!」


 にかっと八重歯を見せて笑うフォルトゥナートに、ノエは断り切れずに渋々それを受け取った。


「ミーアには」

「あいつにはあいつで、死の赤外套デス・レッドフードの討伐報奨金がまるまる入りますから、要らないでしょう。むしろ、俺達に分けて欲しいくらいです」


 ヴィンセントはそう言って紅茶を飲み、それから「これ、美味しいですね、どこの茶葉です?」とベディに話しかけていた。ベディは親切に「ストランド・ストリートの」と店名を教えていた。

 ノエはそれを微笑ましく見ながら、タルトタタンを口に頬張る。


「伝えとく用件はそれだけだなぁ。……あぁ、ノエ」

「うん?」

「ヴィンスから聞いたけど、別に謝罪とか要らなかったぜ、俺様も」


 ノエはフォークを持っていた手を小さく震わせたかと思うと、「うん…」と小さく声を零した。

 魔術師同士、隠し事は当たり前ではある。それでも隠していたことがバレてしまった以上、謝るべきだとノエは思った。だから、謝罪の言葉をヴィンセント達に投げかけたのだ。


「……安心しろよ。別に言いはしない。俺様達にとって、ノエもベディも友達で、チームメイトだからなっ!」

「いつ友達になったのさ……」


 ウインクするフォルトゥナートに対し、ノエはただただ呆れた声しか出せなかった。

 魔術師に、真の意味での友人は存在しえない。所詮、魔術研究を主とする魔術師にとって、自分自身以外の魔術師とはお互いに利用し合う存在にしかならないからだ。

 やはり、フォルトゥナートはこの時計塔では異端児の考えを持っている。それでも否定的な意見を吐かないのが、ヴィンセントであり、ノエもであった。

 それを理解しているからこそ、フォルトゥナートも冗談めかして言うのだ。


「まぁ、内密に頼むよ」

「おうよ」


 ふふんと鼻を鳴らして笑う彼に、ノエはまた溜息を吐き出した。だが、そのあとに見せた表情は酷く穏やかなものだった。

 ヴィンセントと言葉を交わしていたベディであったが、そんなノエの様子を目にして小さく口元を緩める。

 そして四人は、ゆっくりと任務達成後のアフタヌーン・ティーを楽しむのであった。

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