Case.3 絡繰師は機械人形と共に

Prologue

Prologue.騎士の運命

「随分あの子と仲良くなったんだね」


 カンタベリーにひっそりと建つ魔術師の家。朝日が差し込む中庭が見える魔術工房。

 私の方へ向き直ることなく、良く分からない機材に触れながら彼女はそう言う。

 あの子――、それは私の視線が追っていた者。

 木々がざわめき、草花が生い茂る庭の中で、少女は戯れている。

 楽し気に花を摘み取り、輪状に編んでいく。それを彼女の周囲から伸びている黒く太い糸のようなものが、編まれた部分を支えたり、花を摘み取って彼女へ手渡ししたりしている。

 あれは、あの子の魔術。害のないものであると分かっている。それでも緑の世界で微笑む少女の傍には、どうしても似つかわしいとは思えなかった。


「本当、君がここまで保つとは私も計算外だったよ。人形ドールであるという自覚を持たず、右腕が固有能力スキルの試し撃ちで吹き飛んだ時点で、一週間後には君と話せないだろうなと思ってた。それが、二週間!いやー、凄いね。……あの子と、どんな話をしたの?」


 嬉々として私に問いかけてくる彼女に、私は言葉に詰まる。

 彼女と私が交わした言葉を、目の前の「先生」に教えることが憚られたからだ。


「………特に、お伝えするほどの話ではありません」

「そうか。ま、忠節の騎士様がそう言うなら、私には要らないものだってことかな」


 彼女はくるくると試験管を回し、それから「よっし」と声を上げた。朝から作っていた何らかの薬品が完成したのだろう。


「それで、……私をここへ呼んだ理由は」

「あぁ、次の実験に移るんだ。君にも協力して欲しくて」

「協力、ですか。……魔術は、出来ないですよ」

「私も人形技師だからね、それくらいは知ってるよ。君には、あの子の死体と契約を結んで欲しいんだ」


 一瞬、私は動きを止めてしまった。

 呼吸も、瞬きも、全て。


「なん、で」


 動揺している。戦場でも揺らがなかった心が。

 王に似た風格と魂を持つ彼女が喪われてしまう可能性に、恐怖を感じているのかもしれない。


「何故、彼女を殺す、など」

「原則、人形ドールは、契約主マスター一人としか契約できない。その人が死んでしまったら、人形ドールは強制的に休眠状態スリープモードに移行してしまう。それを防げるかもしれない研究に、彼女を利用しようと思ってね。

 生きたまま魔術経路を切り刻んだら死にかけるから、それなら最初から死んでてくれた方がやりやすいし。それに、あんまり叫び声聞きたくないんだよね、うるさいから。

 いやぁ、もし成功すれば、第一人者ザ・ファーストだよ?歴史に名を刻むだろうさ」


 にこにこと楽し気に笑う彼女は、無邪気だ。自分の発言に対して、何も思っていない。

 底知れぬ恐怖に、思わず私は唾を飲んだ。


「一応君には言っておいた方がいいかなって。ほら、親しい友人なのでしょう?死ぬと分かっていたら、悔いのない接し方が出来るかなと思ってさ」

「……どうしてそう軽々と、人を殺すという発言が出来るんですか?あの子は、あの子は貴方の子どもでしょうっ?」

「子ども?」


 楽し気に笑っていた彼女は、一転きょとんとした顔をする。それから私の言葉を反芻して、くすりと口元を歪めた。


「ははッ、子ども?あのが、私の?」

「人間……モドキ……?」

「そうそう」


 彼女はそう言って、するりと彼女自身の下腹部の上を撫でた。


「だってあの子、私の腹から生まれた子じゃないよ?」


 にこりと。実に晴れやかな笑顔で、彼女はそう言った。

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