4.共闘、再び
ホームの硬い路面を、赤い靴が駆ける。
ミーアは、ぴょんとホームから飛び降りると、金色の人狼の視線が彼女へ向けられる前に魔術具たるブーツをかつりと鳴らす。
金色の人狼は巨躯である分、動きは遅いようだった。
ミーアはバラ色の唇を綻ばせて、金色の人狼へ微笑みかけて見せた。
「さぁ、行きますわよ。見せましょう、魅せましょう!
詠唱と共に、赤い靴が金色の光を纏う。
そこで人狼の鋭い視線が、ミーアを捉えた。その後ろをノエとヴィンセントがホームから飛び降りて走り出す。
「頼みますよ、ノエ」
「うん。ヴィンスも、気を付けて」
「えぇ」
ヴィンセントは、ちょうどミーアと反対側に当たる位置で足を止め、腕に止まっていたカラスを放つ。
ヴィンセントから離れたノエは、
そのアイスブルーの瞳は、フォルトゥナートとベディの二人に向けられている。
ホームの上では、
先程放った時よりは威力は劣るものの、それでも不思議とフォルトゥナートに不安感はなかった。
信頼しているノエが立てた単純で明快な作戦だからか、あるいは彼の後ろで舞台が整うのを待っているベディがいるからか。
フォルトゥナートには、自身の気持ちに判断が付かなかった。
そんな彼の背中で、ベディはただ立っていた。
既に銀製の剣は失われた。彼には切り札であるもう一つの
フォルトゥナートの魔術が放たれた瞬間に、その
それが、主人たるノエから言われた、この作戦におけるベディの役割だった。
ベディからすれば、この
このままでは、ベディは
「どうするつもりですか、ノエ」
ベディは、金色の人狼の向こう側にいるであろう主人の身を案じ、静かに目を閉じた。
ミーアは、金色の人狼へ次々と蹴りを放ちながら、しかし相手に深手を負わせるような行動はしなかった。
彼女の魔術具であるブーツは、金色の人狼の幻影を砕くことは出来ない。せいぜいヒビを入れることが出来る程度のものだ。故に、ノエから任されたことは、ひたすらに人狼の気を引いて欲しいというものだった。
人狼が腕を振るい足を振り上げ、ミーアを吹き飛ばし押し潰そうとしてくれば、彼女はその動きを読み取っていち早く躱す。そして更に攻撃を加えた。
舞い踊るように。華麗に、軽やかに。
その背後、出来る限りパイプを保護できるよう、ノエは黒い糸を張り巡らせた。
そして、それとは別の糸を素早く紡ぎ出し、金色の人狼の足元に狙いを定めて一気にその両足を拘束する。それは金色の人狼の動きを制限し、出来る限りホームへ攻撃を仕掛けられないようにする為だった。
ホームの防衛魔術が喪われたり足場が崩れてしまったりしては、フォルトゥナートの時間がかかるあの魔術の発動に失敗してしまう。ノエのもう一つの役割は、それを出来る限り食い止めることだ。
もう一人の陽動員であるヴィンセントは、
小さい攻撃ではあるものの、カラスそのものの動きは素早い。人狼が機械仕掛けのカラスを握りつぶそうとすれば、その前に飛び去り、同じ硬度の拳が人狼の肉体に落とされる。同硬度の物同士がぶつかり、非力にも見える機械仕掛けのカラスでも、人狼の肉体にひびを入れさせることが出来た。
そして、ノエの黒い糸によって人狼の動きが制限され、「見る」ことが可能になった今、眼帯の奥に隠された彼のもう一つの切り札である魔眼が開かれる。
「断ち切れ」
金色の人狼の太ましい足の指先が、彼の魔眼の力によって切り取られる。足の指が切り取られたのを確認してから眼帯を元に戻し、自らの体力に気を配りつつ駆け続ける。
金色の人狼は、足の拘束を何とか振りほどこうと足を踏み鳴らす。そして、小蠅のように周囲を駆け回る二人めがけて、矢継ぎ早に拳を落とす。そんな行動をする度に砂煙が舞い上がり、だんだんと二人の姿が見え辛くなっていく。
これこそが、ノエの狙いの一つでもあった。
ノエは、ベディが
ヴィンセントもその意図を汲んでいるようで、時折ミーアの死角の位置で、わざわざカラスを低空飛行させて砂煙を更に巻き上げていた。
ノエは、残り一つの魔法薬を口に含み、ふうっと短く息を吐き出した。ぐわんぐわんと頭が揺れ出すのを感じながら、懸命に彼女は倒れないように踏ん張る。
魔法薬の服用に伴う副作用だ。
だが、こうでもしないとベディの最大限の能力を引き出すことは不可能であり、金色の人狼を倒してチェルシーを救い出すことは出来ない。
「フォル、ベディ……。頼むよ」
ノエは砂塵立つ向こう側にいる二人に、強い視線を送っていた。
ホームの上に立つフォルトゥナートは、既に全ての剣に風を纏わせて、発動の準備を終えていた。
「ッよーし、そろそろ撃つぜ、構えとけよ、ベディ!」
「かしこまりました、フォルトゥナート様」
ベディもいつでも
フォルトゥナートの十指が緩やかに動く。それに呼応するように、彼の周囲に顕現している幾本もの風を纏う剣は、ゆらりと切っ先を金色の人狼へと向けた。
そして、フォルトゥナートは詠う。
「
十指全てが、金色の人狼へ向けられた次の瞬間。何十本もの風を纏う剣は、弾丸の如く射出される。
剣の柄に纏わりついていた風が唸りを上げて、金色の人狼の胸元めがけて剣の刃が突き刺さって行く。
造形魔術によって生み出された剣は人狼の幻影の硬さに次々と砕け、光の粒となる。が、一撃一撃の衝撃は風によって強化されており、今まで不動であった金色の人狼は、あまりの衝撃に仰け反った。
その瞬間、ベディはフォルトゥナートと入れ替わる形で、彼の前に立つ。
続け様に、第二撃。
ベディの手の内、そこへ意識を集中させていくと、その手の内が徐々に熱を持ち始める。
剣が巻き起こした砂煙は、更に視界を不良している。しかし、ベディには狙うべき場所がきちんと分かっていた。
熱はやがて光となり、光は集まって一振りの槍となる。
光を放つ槍を右腕で強く握り、ホームの縁を蹴って跳躍する。
チャンスは一度きり。絶対に外すことは許されない。
「——
ミーアに声が聞こえない様小さく呟き、光る槍を金色の人狼へと穿つ。
常人の瞳には、たった一突きの槍撃である。だが向上した膂力で放つ彼の槍は、刹那に九突きを叩き込んだ。
続けて撃たれた衝撃に耐えきれなかったようで、堅牢なる人狼の幻影は、ばきりと音を立てて砕かれた。
ひび割れた部分からぼろぼろと砂のように崩れていく光の粒の中、赤い外套がひらめいたのが見えた。
「チェルシー!」
彼女の身体は、そんなに高い位置から落ちているわけではない。しかし、チェルシーが落ちていく場所は、固い路面と古い線路、尖った石礫が敷き詰められた場所だ。
打ちどころが悪ければ死んでしまうことは、想像に難くなかった。
全てがスローモーションのように動き始める。
フォルトゥナートは、手を伸ばす。しかし、彼の立つ位置からでは、チェルシーに手を伸ばしても届かない。
ヴィンセントは、カラスを飛ばす。だが、身体の小さな機械仕掛けのカラスでは、チェルシーを受け止めることは不可能だ。
ミーアは、ただ見ていることしか出来なかった。蹴るべく宙に浮いていた彼女は、突然金色の人狼の姿がなくなったことにより、きちんと着地するべく自分のバランスを取ることで精一杯だったのだ。
ノエは、黒い糸を編もうとした。が、それが出来るほどの魔力は残っていなかった。ゆらりと彼女の視界は揺れていた。
そんな中、ベディがチェルシーの腕を掴む姿が見えた、その瞬間。
ふわりと、ノエの意識は飛んでしまった。
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