第3回 愚かな愛(前編)
001:俺、医者 2020/△/○◇(土)03:57:34 ID:~~~~
俺ちょっと前まで医者だったんだけど面白いこと発見したんだよね
――っあ、そう
――どんなこと見つけたの?
――どうでもよ
010:俺、医者 2020/△/○◇(土)04:12:24 ID:~~~~
今各地で起きてる不審死が俺の勤務する病院で起きたんよ
で、俺はその死体の第一発見者に催眠術をかけたんだよね。催眠術とかも趣味で嗜んでたし
そしたら、警察にも言わなかったある証言を聞けたんだよね
――で?
――勿体ぶらないで教えろ
――ガチなやつ?
030:俺、医者 2020/△/○◇(土)04:42:53 ID:~~~~
死体の第一発見者は、死んだ奴とある場所に行ってたらしいんだわ
それが、愛の式場って言うんだけど
「高倉さん、どう思います?」
森岡の問いに対して、高倉は何も答えずにただじっと眉をひそめていた。ようやく口を開いたと思えば、ただため息を吐くのみ。
「高倉さん、やっぱり何かあったんですか? あの屋上で。あの時から様子が変ですよ」
高倉の頭の中には、あの屋上で聞いた意味深な言葉がずっと巡っていた。
――また会いましょう、高倉警部。お菓子の欠片は撒いてあります。後は辿るだけですよ。
謎の声はその後にこんな事も言っていた。
――ですが、身の回りには注意してくださいね。能ある鷹は爪を隠しますから。
「……倉さん……高倉さん……高倉さん!」
高倉の意識は森岡の声で現実に戻された。顔を上げれば不安そうにこちらを見つめる森岡が見える。高倉は面倒くさそうに「あぁ、聞いてるよ」と答えた。
「じゃあ、何の話でどこまで話したか覚えていますよね? 勿論、警部ですもの」
「っ……お前……!」
一瞬森岡に掴みかかかろうとした高倉だったが、彼もそこまで“落ちぶれた”訳ではない。警部としてのプライドも当時程では無いが持っている。
高倉は「はぁ……」とため息を一つ吐き、森岡が話していた内容を語り始めた。
「ネットの掲示板に投稿された不可解な証言。ある大学病院の医者が今有名な不審死の事件の真相を知るために、その事件の関係者に催眠術を掛けた。そしてそこで『愛の式場』という単語が出てきた……だったか?」
「……覚えてるじゃないですか」
「“警部”を舐めんじゃないぞ」
「はいはい」と森岡は返事をしつつ、話を続けていく。
「重要な点はその後の投稿です。被害者には共通して口付けの後がありましたよね? あれは現場に向かった我々しか知らない情報です。しかし……」
「その情報が漏れている……と言ったところか?」
「はい。それだけならまだ問題は無いんです。問題は……その医者を名乗る人物が『死体に一切触れていない』ということなんです」
「ほう……何故そう言い切れる?」
森岡は得意気に高倉にある書類を見せた。それはとある大学病院の医者に関係した写真や情報だった。
「特定したんです。その掲示板に投稿した人物を。以前の高倉さんを参考にさせてもらいました」
「専門家に依頼した訳だ。で、どの書類を見てもこの医者は死体に一切触れていない訳だ。だから死体の詳細情報である『口付け』を知るはずが無い……と。そこから考えられるのは……」
――本物の情報である可能性が高い。
「聞く価値はある。行くぞ森岡」
「はい!高倉さん!」
高倉は茶色のトレンチコートを羽織って、森岡と共に警察署から現場に向かっていった。
高倉警部と森岡が向かった先は都内の中でもかなり大きな大学病院。
高倉達は小部屋に案内され、そこでしばらく件の医者を待った。待つこと数時間後、その医者は姿を現わした。白い白衣に少し長い黒髪、背中が曲がった猫背で眼鏡を掛けた男だ。別に不潔という事は無いが、少しばかり暗い印象を持つような医者だ。
「あぁ、どうも。警察が何か私に御用でしょうか?」
「あなたがあの掲示……」と森岡が言葉を続けようとした時、高倉はその言葉を遮るように質問を始めた。
「“愛の式場”という言葉の意味を調べに来たのですが、何かご存じでしょうか?」
その言葉を聞くなり、医者は「ふっ……」と鼻で笑った。それから高倉の目をじっと見つめながら口を開いた。
「あなた方、もしかして“あの掲示板”の件について調べに来たんですか? 今の警察は凄いですね。そこまで個人を特定するなんて」
「じゃあ、あの話は本当なんですか?」
森岡は食い気味で会話に割り込むが、高倉に肘鉄砲を食らわせられ、そのまま黙り込んだ。
「どうぞ、気にせず話を続けて下さい」
「話を続けるも何も、あなた方は何が知りたいのですか?」
「私たちが知りたいのは、あの情報が事実であるかどうかだ」
「……そうですか。では、当時の話を一つずつ話していきましょうか」
ある日、病院のある一室でナースコールが鳴り響いた。私たちが向かうと、すでにその部屋の患者は心肺停止で亡くなっていた。その部屋の患者は酷い交通事故で意識不明の重体だったんです。全ては唐突に起こり、患者の同伴者は酷く精神が錯乱していました。そんな同伴者がある日突然この病院に駆け込んで来て、その数分後に患者が亡くなっていたのです。
患者を部屋の外に連れ出す際、私は少し異様な光景を見たのです。空の結婚指輪ケースを持ち、微笑みながら泣いてる同伴者の姿を。それもただ微笑んでいるのでは無く、微笑んでいる同伴者の目に、何と言えばいいか……光が差して無かったんです。虚無の中でただ笑っている。そんな風に感じられたんです。
その後、私はその同伴者の居場所を突き止めて催眠術を試みた。趣味で嗜んでいた程度ですが、それなりに効果はありました。そして、私は彼に質問を始めた。
「あなたは彼女が病院で死んだあの日、何をしていたのですか?」
「僕は……変わった神父と変わった場所で話をしていた。神父と言っても、かなり若そうだった」
「神父と何を話したのですか?」
「『彼女を深く愛してるか?』とかよく分からない事を沢山聞かれた。中でも……」
「中でも……?」
「中でも……たった一つの愛を守る為に……守るために…………!」
彼の様子がそこからおかしくなりました。彼の手が徐々に震え始め、その震えは手から足へ、足から胴体へと次第に大きくなっていきました。最終的には身体全体が痙攣の様に震え始め、口から泡を吹き始めた。
流石に危険を感じた私は彼にもう一度暗示をかけて眠らし、一度落ち着かせました。
落ち着いた頃、私は最後の質問を彼にしました。
「あなたは、神父とどこに居たのですか? そこで何をしていたのですか?」
彼はゆっくりと答えました。ですが、その答えに生気は全く感じられませんでした。
「“愛の式場”で、彼女に誓いの口付けを交わしました」
「とまぁ、こんなところでしょうか。これ以上に話す事はありませんね」
医者は電子タバコを吸いながら、そう答えた。高倉達はあえてタバコの件には触れず、ただ「情報提供に感謝します」とだけ言い残しその場を去ろうと立ち上がった。その瞬間だった。
「高倉警部と森岡さんでしたっけ? 捜査には気を付けてくださいね」
気怠そうな声で医者はそう高倉達に言い放った。彼はそのまま言葉を続ける。
「人には触れてはいけない領域というものがあります。同時に、世界にも触れてはならない領域があります。思わぬ落とし穴に落ちないように足場を選ぶしかないんですよ。もしくは、落ちても気付かないように感覚を麻痺させるしかない。高倉さん、あなたにもそういう経験ないですか?」
高倉の眉が一瞬だけピクリと動く。だが高倉は気にすることなくその場を去って行った。
去り際、香水の匂いが強めの派手な女性とすれ違った。顔を見れば、男の誰もが振り返る様な美貌を持った女性。女性は先程の医者がいる部屋へと堂々と入って行った。
「こんなところに居たのね~探したんだから!」
「あぁ、すぐに行くって言ったじゃないか」
「待ちきれなかったから来ちゃった~」
そんな甘ったるい会話が微かに漏れて聞こえてくる。高倉はその声、その姿にどこか見覚えがあった。
「森岡、さっきの女見たか?」
「は、はい……見ましたけど……。まさか、高倉さんああいうのが好みなんですか?」
「お前は馬鹿か? 違う、さっきの素性を調べろ。直近の書類にあるはずだ」
「高倉さん、一体何をする気ですか?」
――愛の式場を誘き出す。
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