つながるおもい【テーマ:再会】

 蒼く透き通った海の底で、小さなクラゲがひらひらと生まれました。同じように生まれた兄弟たちも、周りでたくさんひらひらしています。小さなクラゲは、潮にすぐ流されてしまう自分は、兄弟たちと比べてなんて小さいのだろうと思っていました。


 クラゲたちの海はいつも穏やかでしたが、ある時、大きな嵐がやってきました。嵐はとてもどう猛で、真っ黒な雨と真っ白な風でクラゲたちの海を襲いました。クラゲたちは流されないように、ひらひらとした身を寄せ合います。小さなクラゲも、必死になって兄弟たちにしがみつきました。

 ところが、一際大きな波がおこると、小さなクラゲが瞬く間に呑み込まれてしまったのです。兄弟の呼ぶ声はどんどん離れていくのに、どうすることもできません。何も見えない闇の中、どんどん、どんどん流されます。小さなクラゲは心細くて、花びらのような体を折り畳み、目を瞑り、嵐が収まることだけを祈りました。


 やがて嵐が収まると。

 クラゲは、光が差し込むごつごつとした岩穴の前に流れ着いていました。どうしたらいいのか分からず漂っていると、ふにふに、半透明の体が誰かに押されました。そこには、大きなタコのお母さんがいました。その岩穴はお母さんのおうちだったのです。お母さんはクラゲを押しながら言いました。

「ここは私たちの住処です。どこかへお行きなさい」

 小さなクラゲは言いました。

「疲れて動けません。少しだけ休ませてください」

 嵐に遭い、兄弟たちと離れたのだとクラゲは言いました。お母さんは仕方なく、疲れが癒えるまで休んでいいと言ってくれました。

 クラゲはお母さんに、どうしてここをおうちにしているのかと尋ねました。するとお母さんは岩穴の中にクラゲを案内し、たくさんの小さな卵を見せてくれました。


 しばらくの間、クラゲはお母さんの岩穴で過ごしました。もう疲れは癒えていましたが、クラゲはいつまでたっても小さいままで、海へ出るだけの力がありません。クラゲの細くて頼りない触手を見たお母さんは、少し笑うと、まだここにいてもいいと言ってくれました。



 ある日、岩穴に大きな魚がやって来ました。魚は目敏く、卵がある岩穴を見つけ、食べてしまおうとやって来たのです。

 お母さんはクラゲに隠れているよう伝えると、十本の足を広げ、真っ黒くて大きな墨を吐き、魚の行く手を塞ぎました。魚も対抗してお母さんの足に食らいつきます。魚はお母さんの足を何本か食いちぎりましたが、お母さんは魚の目玉に吸盤をくっつけました。吸盤はとても痛くて、魚はたまらず逃げ出してしまいました。魚が戻ってこないことを確かめてから、お母さんは岩穴に戻りました。クラゲには、お母さんがとても疲れているように見えました。


 たくさんの卵の中で、小さなタコの子供達がくるくると動き始めた頃。

 小さなクラゲはやっと大きなクラゲに成長しました。子供達がくるくる回ると、クラゲも嬉しくなって一緒にくるくる回りました。お母さんも嬉しそうに足先をくるくるしました。自分は岩穴を出た方がいいかお母さんに聞くと、お母さんは微笑んで言ってくれました。

「ここにいていいよ」


 ついに、タコの子供たちが生まれました。

 生まれたばかりで元気よく動き回り、お母さんはとても安心したようでした。

 しかし、その後のお母さんはみるみる元気を無くしていきます。

 そしてお母さんは、今では大きく立派に成長したクラゲに言いました。

「子供達を、お願い」

 お母さんはそれだけ言うと、小さな小さな墨を一息、一度だけ吐きました。そうして眠ったきりになり、やがて身体が白く濁ってしまいました。

 泣いている子供達に、クラゲは言いました。

「僕がみんなを守るよ」


 クラゲは子供たちの成長を見守りました。子供たちもみんなで支え合い、逞しく、どんどんと大きく育っていきました。

 そんな時、また大きな魚がやって来たのです。魚の目玉には、吸盤のような傷跡がついていました。子供達は手を広げたり、小さな墨を吐いて必死に追い返そうとしましたが、あっという間に次々と食べられてしまいます。子供達は岩穴の中に隠れるほかありませんでした。

 ついに魚が岩穴に入ろうとした寸前、カンカンに怒ったクラゲが立ち塞がりました。

「やめろ!」

 クラゲは細い触手を魚に伸ばしました。

「弱そうな触手だな」

 魚は笑ってクラゲを無視します。しかし、触手が魚の皮膚に触れた途端、魚は大きく仰け反り、たちまち逃げてしまったのです。急な出来事にクラゲ自身も驚いていると、岩穴に隠れていた子供たちがお礼を言ってくれました。


 日々は過ぎ、子供たちは岩穴を出て一人で生きていけるようになりました。次々と出ていく子供たちを見ながら、クラゲも自分の命がもうあまり長くないことを悟りました。

 最後に残った子供はなかなか岩穴を出ようとしませんでしたが、勇気を出すようにクラゲは励まし続けます。お母さんに頼まれたから、最後まで見守ろうと決めていたのです。

 そしてついに、最後の子供が岩穴を出ました。クラゲも一安心し、触手を動かすのを少し休みました。それでもクラゲは岩穴を出ようとはしません。タコのお母さんが休んだ場所だから、ここで休みたいと思ったのです。

 やがてクラゲは、光が差し込むごつごつとした岩穴のほとりに落ちました。



 長い間、岩穴には誰もいません。

 しかしいつの間にか、クラゲが落ちた所から無数の突起が伸びています。突起は少しずつ伸びていき、途中でが出来ました。くびれは何重にも連なり、その溝はどんどん深くなっていきます。そして遂に、突起の一番先端にあったくびれが、突起を切り離してしまいました。すると切り離されたその突起が、ひらひらと動き始めるのです。それから後に続くように、次々にくびれが突起を切り離していきます。

 たくさんのクラゲの兄弟たちが、花びらのように生まれたのです。

 目の前に広がるのは、蒼く透き通った海と、静かな岩穴のほとり。兄弟たちは初めて見ましたが、なぜか岩穴を離れたいと思いませんでした。


 やがてそこへ、一匹のタコがやって来ます。タコはその場を離れようとしないばかりか、昔ここでクラゲに勇気をもらった、同じ場所でクラゲに再会したのだから、その恩を返したいと言うのです。

 タコは小さなクラゲの子供たちに向かって言いました。

「大きくなるまで、この洞窟で君たちを見守ろう」



#新匿名短編コンテスト・再会編(2022/5/1~6/14)

https://kakuyomu.jp/works/16816927862378848244

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