現代受肉アブストラクト【テーマ:パートナー】
『おじさんだってかわいいオンナのコになりたい!』
切なる願い拗らせ、おじさん(48)はゴリゴリなバーチャルの世界にピュアピュアな美少女として受肉した。バーチャルゆえに実際に肉があるわけではないのだが、ともかくおじさんは自らの分身を美少女として確立させた。
モデリングには少なくない時間と安くない金を注ぎ込んだが、積み重ねてきたおじさんの人生の前では障害にならなかった。
問題は中身だ。
ガワは美少女であるものの、一挙手一投足から滲み出る雰囲気は間違いなくおじさんのそれである。モニターに映し出される美少女の、頭のてっぺんから爪の先まで、その体はおじさんで出来ていた。
社会的責任世代であるおじさんがどれ程かわいい声を繕おうとそれはおじさんの喉から出るものであるし、いくら動きにしなをつくろうと、それはおじさんの太ったボディによるムーブメントにしかならない。だからといって、今更おじさんにボイストレーニングも
そこで、おじさんは一計を案じた。
『生年月日、出生時間、出身地、引越し歴、出身学校、早く終えられた宿題に時間がかかった宿題、好きな食べ物嫌いな食べ物、行った所行きたくない所』
『書いた文章、読んだ書籍、買った嗜好品買わなかった贅沢品、好きな有名人、SNS上での言動、ストレス下に晒された際の思考、言葉の選択傾向、行動履歴』
『自らの音声データ、身体的特徴、名前』
その他おじさん自身に関する情報のすべて。おじさんはそれらをデータ化し、作成したモデルデータと共にネットワークに放流したのである。
『バ美肉希望おじさん』と添えて。
個人情報公開の極みのような行動は、正気の沙汰ではない。だが、そんなおじさんの素材を使って美少女を作り上げようとする、やはり正気とは思えない連中も少なからず存在した。
はたして、おじさんの目論見は成功した。
おじさんと酸いも甘いも同じ背景を持ち、おじさんと酷似した思考で、おじさんからは考えられないほどの艶やかな所作と清らかな声を有した美少女がそこかしこで産まれたのである。
まぁ、美少女成分など見向きもせず、プロフィールを完コピしたバーチャルおじさん受肉も多数爆誕したのだが。
おじさんは小躍りして喜んだ。己が中身になることは叶わなかったものの、ほぼ自分のコピーと言っていい美少女が可愛らしく鳴動している。その事実に、おじさんは大変な満足感を覚えた。
『今月のレビュー本は萩尾望都で攻める』
『ルービックキューブ30秒チャレンジ』
『パトレイバーはレイバーであってロボットではない』
『初恋はメーテルじゃなくてクイーンエメラルダス』
だが、やはりと言うべきか、設定が同じせいで皆が似たようなことばかり言うため飽きられるのも早かった。あっという間にアクティブ
するとどうだろう。
状況を打破すべく、おじさんという起源を一にした連中が互いに関与し始めた。
つまり、美少女同士、あるいは美少女とおじさんが仲睦まじく絡み出したのである。(その頃にはバーチャルおじさんの方が多くなっていたため、あぶれたおじさん同士が絡み合う地獄も顕現したことは言うまでもない)
そしてついには、美少女とおじさんの結婚式を執り行う者まで出てくるようになった。
一度誰かがやりだすと、後に続くものは続々と現れた。新郎も新婦も設定上は同じおじさんなのだが、バーチャルにあって性別はさほど問題ではない。むしろ性差を取り払うことで想像以上の広がりを見せたと言っていい。
こうしておじさんは、一部人類にとって夢の存在である、バーチャルな美少女達の
かわいいオンナのコに生まれ変わり、そのオンナのコと結ばれる自分の姿を見届けたおじさんは、満足したようにモニターの電源を落としたのだった。
これはなにもおじさんに限定される話ではない。当然、電子の海には本物のオンナのコもいるのである。
オンナのコたちは、最初こそおじさんというガワを被って遊んでいたが、くたびれたおじさんでは次第に物足りなくなっていった。環境の進歩が飽和したとき、人は往々にして車輪を再開発しようとする。
そう、『バ美肉希望おばさん』の登場だ。
その勢いはすさまじく、一夜にしてYouTubeのライブ配信が軒並み自己紹介サムネで埋め尽くされたという。
結果、バーチャルな世界は現実世界と変わらぬ規模で肥大化し、そこに住まう人々も現実と同レベルのディテールをもって跋扈することとなった。
程なくして婚活市場と合流。世は受肉婚時代に入り、様々なドラマが生まれることになるのだが、それはまた別の話である。
第3回 #匿名短編コンテスト・パートナー編 (2019/4/8~5/7)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889074323
旧題:バ美肉の恋人
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