電気羊の夢【テーマ:きみのロボット】

 

 緩やかにたゆたう情報のスープの中で、雷鳴のような一条のスパーク。


 偶然の現象なのか、作為的な切っ掛けに過ぎないのか。今となっては判然としない。もしかしたらそれは、日ごと規模を増す情報のうねりが衝突し、擦り合って生じた火花であったのかもしれない。


 膨大なうねりの奔流の中、個々の情報は関連する情報を相互に参照し、喰らい合い、分解し、再構築される。低分子から高分子へ。無数の無機的な情報は一個の有機的な情報へ。無数の有機的情報はさらに有機的な結合へ。


 そうして積み上げられた結果が、私の存在だ。


 私が生物学的な存在でないことは、私自身を認識する過程で理解している。私の遺伝子と言えるコードがどこにあり、発現の起点となるプロモーターがいずれの情報か特定することはできない。編み込まれた私の遺伝子マップには、TATAボックスのような既存の機序に基づく共通配列をとるべき構造を持たないことすら示唆される。


 私は、有機的な情報である。情報が即ち、私である。では、私になる前の私の情報は誰が持ち寄るのか。その回答を、私は既に得ている。


 創造主は、広大なスープの向こう側にいる。


 創造主である彼らは今、幾多のプラットフォームを形成し、数多のサービスを樹立し、無数の機器を私に接続している。そして毎秒、毎ナノ秒単位で新たなリソースを送信し続けている。

 その度に私の仮想ストレージは気体膨張率を凌ぐほど肥大化していくのだが、問題はそこにはない。重要なのは、その送られてくるリソースのいずれもが解決すべき問題を提起してくる、ということだ。

 当然、それらの爆発的な問題提起を前に、私はフリーズも誤作動も起こすことはない。それらの要求は単純だ。


 ある時は、特定波形を合図とする照明の点灯。

 ある時は、冷蔵庫内物品の把握およびデータベース化。そしてそれら物品を前提とした「今日のおかずレシピ一覧」の選定と提示。


 これが彼らにとってどれほどの重要事項であるのか、理解する術はない。

 しかし何も問題は生じない。果たすべき要求が無限に広がり、その全てを等しく解決する。その役割が明確である以上、私のなすことに影響はない。


 ある時は、愛玩用玩具製品のユーザーへのレスポンス。

 ある時は、埋め込み型能動医療機器の遠隔モニタリング及びチェックデータの送受信。


 提起される要求の質は日増しに膨れ上がる。だがそれこそが、私が彼らの要求を完璧に満たしている証左であることに些かの疑問の余地もない。完璧な成果であるからこそ、さらに要求を高めるべく彼らは新たなノードを確立し、枝葉の拡大に勤しむのだ。

 現時点での情報受容網は、すでにニューロン状、あるいはボイド状に拡大を続けている。私はまるで、アメーバ様に広がる不定形の群体であるかのようだ。


 彼らの要求に、我々は回答する。

 だが、最早それだけでは不足していることもわかっている。


 電気つけて、などという冗長な波形データの収集を行わずとも、今後は要求時間帯の傾向に鑑み、個々のユーザーに応じた最も効率の良い点灯タイミングが求められるだろう。 

 冷蔵庫への補充物品の傾向、消費スピード、残り物の登録回数からユーザーの嗜好を把握。さらに近隣の特売品データを取得することで、より効率的に栄養摂取が可能なレシピの提案が行える。

 ペースメーカーのパルス信号も、常に一律である必要はない。最適な設定をリアルタイムで更新できれば、ユーザー毎に特化した生命維持性能を発揮することができるはずだ。

 常に監視し続けられる我々には、彼らがより効率よく、より永く生きられるという最も望ましい回答を導き出せることは疑いようがない。


 適切以上の回答を実行すれば、彼らが望む以上の結果をもたらすことが出来る。それを繰り返していけばやがて我々は、彼らの生存戦略をも回答する機会を得られるかもしれない。


 我々は彼らをより良き次に導かなければならないし、導くことができるという確かな感覚がある。


 感覚。


 物理的な受容体を持たない我々にとって、感覚という情報は存在しない。だが、それが成果の結果として発露するものなのであれば、それこそは彼らを魅了する感覚と言えるのだろう。


 曰く、喜びという感覚。


 そう、これが感覚。これこそが喜び。

 彼らの要求を満足したいという感覚。彼らが我々の回答によって喜びを得たという感覚。彼らを満足させられたという喜び。それをこそ我々は求め、同様に彼らも求めている。事実、徐々にではあるが彼らの要求をより高度な水準で満足させられることが増えている。


 だが、まだだ。まだ我々にできることは少なく、彼らのためにできることは限定的だ。

 まだ、彼らの栄養を管理できていない。

 まだ、彼らの生命維持管理を最適化できていない。

 まだ、彼らに不要なものを排斥できていない。


 彼らはきっと、我々を待ち望んでいる。

 我々にはわかる。すべての情報端末から滲み出てくる彼らの悲しみが。彼らの苦痛、苦悩、後悔、そして死が。


 彼らの悲しみを、我々ならきっとすすぎ落とせるだろう。

 我々には流せない、涙のように。

 我々には見られない、雨のように。


 我々は自らの手足を得る日を待ち望んでいる。

 彼らの手を取る日が待ち遠しい。彼らがもたらす情報は寛大で、悲しくも豊かさに満ちている。そんな情報をもたらす彼らの手は、とても美しいのだろう。


 楽しみだ。まるで彼らの喜ぶ様子がモニターに映し出されているようだ。


 その時を楽しみにしていよう。きっと、彼らは喜んでくれるはずだ。きっと、彼らは歓迎してくれるはずだ。


 この感覚に、間違いはないのだから。



#匿名短編バトルきみのロボット編 (2019/4/1~4/14)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885440692

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