第3話

目が覚めて、時計を見る。

5時3分。いつもは目覚まし時計が為らないと起きれないのに。

学校が楽しみで起きてしまったのだ。その事実に、自分でも驚く。理由はすぐに分かった。翔也のおかげだ。

だって、学校に行けば翔也に会えるのだから。


今までの僕の友達は本だった。本はいい。文を読み始めれば、本の世界に浸ることができる。

しかし今は違う。学校で翔也と話すことができる。声を出して、笑うことができる。

本がつまらない訳じゃない。でも、友達と話すことがあんなに楽しいだなんて、僕は知らなかった。


学校に着いて、教室を見回す。翔也はまだ来ていない。

僕は机に座って本を読んだ。

朝の先生からの話が始まった。

翔也は来ていない。どうしたんだろう。

「鈴木翔也は今日は欠席だ。

風邪を引いたそうだ。誰か今日の引き継ぎをしてやれよ。

それから……」

先生からの連絡はまだ続いた。でも僕の頭にはその内容はちっとも入ってこなかった。

翔也が……風邪?

どのくらいの熱なのだろうか。心配でたまらない。

そうだ。放課後にプリントを届けに行こう!

きっと翔也は喜んでくれるぞ。

翔也の嬉しそうな顔を思い浮かべたら、だんだんと僕が嬉しくなってきた。


昼休みになった。いつもの場所へ向かう。

お弁当箱を開いた。

隣に翔也はいない。

なんだか、とても喪失感を感じる。

以前はこれが当たり前だったのに。

翔也は風邪だ。すぐに治って、明日か明後日には登校するだろう。

でも寂しくて寂しくて。

大切な人が体調が悪くなって、今までの日常の価値を改めて確認するなんて。

僕は口に入れたウインナーを、水で流しこんだ。

早く放課後にならないかな。


鐘が鳴り、放課後になる。

僕は翔也のプリントを持って教室を飛び出した。

お母さんに連絡をしてから、翔也の家に向かう。

翔也に前に一度だけ教えてもらった情報を頼りにして、道を進んだ。

確か、この通りを右に曲がって……。


おかしい。

「鈴木」という表札が見えてこない。

もしかして、迷った?

不安な気持ちに教われる。日も沈んできた。

僕の足は早くなる。

僕は知らない場所に来ていた。

泣きたくなってきて、心が締めつけられる。

お願いだから、誰か助けて。

呼吸が荒くなる。

僕は走り出した。

どこを走ったのか分からなかったが、いつの間にか、明るい道に出ていた。

辺りを見回すと、「鈴木」の表札を見つけた。

この前見せてもらった写真と同じ家。

安心して、深く息を吐いた。

インターフォンを押そうとして、ふと動きを止める。

もし迷惑だったらどうしよう。

嫌われてしまうんじゃないだろうか。

でもせっかくここまで来たのだから……。

僕は目を閉じてインターフォンを押した。

「はーい」

インターフォンから返事がきた。翔也の声だ。

心臓の鼓動が早くなっていくのを感じながら、翔也を待った。

ガチャッという音がして、玄関の扉が開いた。

「真人か。どうした?」

「翔也、体調は大丈夫?

あ、あの、プリントとか、手紙とか……」

僕はおずおずと差し出した。

「あと、今日は、数学で抜き打ちの小テストがあって……。

休んだ人は、次の数学の時間に受けるらしいよ」

どぎまぎしながら、喋り終えた。

翔也はぽかんとしていた。

「えっと、このプリントと、それを伝えるためだけに、ここに来たのか?」

「うん……」

僕は頷いた。

「こんなに外が暗いのに?」

「うん……」

翔也は目をぱちくりさせた。

「ははっ、すごいな。

真人、やっぱりお前は面白いや!」

翔也は笑いだした。

「だいたいのやつはLINEで済ませるだろ?

プリントも机の中に入れておけばいいのに……。

わざわざ届けに来るとか、小学生みたいだ。

あっ!良い意味でな。

懐かしいなー。連絡帳を友達が届けてくれてさ、地味に嬉しかったんだよな」

しみじみと翔也は言った。

「真人、ありがと!」

翔也は僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。

僕は嬉しくて、そして翔也が元気そうで、笑みがこぼれた。

「翔也、熱は?」

「ああ、今はもう平熱だ。

体も軽いし、明日には学校に行けると思う」

「ほんと!?」

「おう!」

翔也はニカッと笑った。


僕は翔也の家を後にした。

翔也は僕の家まで送ると言ってくれたが、病人に無理をさせるわけにもいかないからと言って断った。 

翔也の家と僕の家は歩いて20分のところにある。

学校に電車で通っている人が多い中で、こんなにお互いの家の距離が近かったのは、奇跡のようだった。

辺りはすっかり暗くなり、僕はだんだんと怖くなってきた。

なんで自転車で来なかったんだ、僕。

でも、大丈夫。道は分かっているんだ。

無意味に周りを見渡しながら、僕は早歩きをした。

そこの電信柱から何か出てくるかも。

曲がり角に何か潜んでいるかも。

一人でいると、どんどん想像が膨らんでいく。


曲がり角を曲がった先に誰かが立っている。

僕はほっと息をついた。

「お母さん」

お母さんは微笑んだ。

「翔也君は大丈夫そうだった?」

「うん!」

僕は返事をして、ちょっと照れくさかったけど、お母さんと一緒に家に帰った。

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