〈嫉みし者〉と戦乙女ー②

 延々と振るわれる暴力の一人芝居に、地下室は台風でも過ぎ去ったように荒れ果てている。

 それを行っている真っ最中の人間台風は、表現する荒々しさとは真逆の冷え込んだ感情で事態の収拾法を考えていた。


 双眸流・気脈傀儡。本来は麻痺などの毒を受けた際に無理矢理に肉体を動かすための操気術だ。双眸流のご多分に漏れず、これも気功としては珍しい技ではない。

 〈嫉みし者〉相手に戦闘は悪手だった。放たれる異臭や嫌悪感によって対手である護兵の肉体は拒否反応によってマトモな動きは封じられてしまった。これは護兵が人間である以上は仕方のない生理的反応というものだ。

 ゆえに言わば自身をからくりと化す気脈傀儡で自動的に戦闘を行えるようにした。自動といえば聞こえは良いが、気脈の流れだけ・・で肉体を操作するのは迂遠な方法である。速度も機転も大幅に低下し、総合力で言えば先程までの半分以下へと落ち込んでいる。


 そもそも戦うことが間違いと知れた存在を相手に、そうまでして戦いを続行するのは一応は考えがあってのことだ。〈嫉みし者〉は生命が抱く何らかの感情を食らっている。それぐらいは真正面にいる護兵にも分かることだった。

 ならば離脱すれば良いと考えるのが普通だろうが、相手を封じるのならば結局は後手になってしまう。


 ここは調伏や祈祷と同じ手段で相手をするのが無難だ。奇しくもそれはこの国に古来よりある考えと似ていた。感情を餌とされる以上は動揺から来る逃避などは避けるべきなのだ。

 気脈傀儡を使ったのは最後まで舞うためだ・・・・・。相手を鎮めるためには、誠心が必要である。途中で行動を放棄するのは誠とは言えない。



「まぁ……舞うのが美人でないのは申し訳無いとは思いますが」



 声まで機械的な抑揚になってしまっているが、動きは苛烈だった。

 気刃生成からの回転攻撃。そこから吹き飛ばした先へと餓鬼の炎を設置してのスリップダメージ。全方位からの連続攻撃におぞましい甲冑姿は……全くの無傷だった。



「格が違うからそもそも攻撃が通らないのか? 自信を無くしそうですが……仕方も無いこと」



 こんな存在ばかりを相手にしているのならば、封印騎士達には全く頭が下がるというものだ。そう思いながら双眸護兵は仲間達に期待をかける。そう……地上にはその封印騎士の友人もいる。

 自分が届かなくとも、それを補える相手がいる。ヒトはそうやって勝つ生き物だから。



「だから感謝しますよ、華風。……遅いぞ、博光。うっかり殴ってしまって、こっちは大変なんだ。早く助けてくれ」

「おっと珍しく素直な援軍要請だなゴッちゃん! 傀儡までして戦う相手だからさもありなん。てなわけで……」



 地下室へと殴り込んでくるのは軽薄そうな緩い格好の男。

 狭い空間内で溢れる暴威の間を滑るように、それでいてすばやく動いてくることこそがこの男の実力を証明していた。舞う護兵を庇うように、前に立って符を指先に挟んでいる。



「符木津博光! 異界の異形を鎮めるため、友のため、ここに推参! どうよ、格好良くね?」

「お前は最後まで言わなければ、大体格好いいよ博光。見れば分かると思うが、戦いが通用する手合ではなかったけれど読み違えてこの様だ。頼む」



 博光を控えさせていたのは共通の知人、狭霧華風だろう。

 数いる退魔師の中から彼をチョイスしたのは無論信頼もあるが、それ以上に……



「極めて汚きも帯無ければ、穢とはあらじ……内外の玉垣清浄と申す……!」



 符木津博光は退魔師の名家の生まれ。その万能性は当然に相手を鎮め、祓い、退けることにも通じている。こと支援にかけて博光に勝る者はいない。それほどに優れた退魔師だ。

 事実、古典的な一切成就の祓で深淵の場を清めていく。


 護兵と違い、傀儡の状態で無くとも立てているのも事前に完璧な防護を施しているからだ。軽薄そうに見えるが、このあたり全く抜け目がない。



「もう傀儡じゃなくてもいいぜ~ゴッちゃん!」

「助かった。が、このまま続ける。舞を奉納することに切り替えているから。それと博光……こいつは多分だが口だ。地上に何か変化があっただろう?」

「でっけぇ目ん玉がいたよ。やっぱ連動してるみたいだな。上は他がなんとかするだろうから……俺とゴッちゃんはこっちに専念しよーぜ」

「承知。俺の術だと餓鬼炎がほんの少し効果があった。参考にしてくれ」

「承知承知。つまりはまぁ……こいつの理解の外からなら多少は効くわけだ」



 傀儡でなくなったことにより、元の能力で戦闘を続行する護兵の後ろで、博光が構えた。だが戦うためではない。符があたりに敷き詰められ、準備が整えられていく。

 そしてどこから降ってくるのか。神鏡が据えられ、真榊が突き立つ。それだけなら神事のようだが、まだ続く。



「おいでませ深淵様。この国のごちゃ混ぜ感をたっぷりと味わうがいいぜ」



 独鈷杵。十字架。白木の杭。斧。木盾……ありとあらゆる祭具が揃っていく。それらの意味合いを束ねることの難易度たるや相当なもののはずだが、天才は頓着しない。



「縮めんと欲すれば、まずは伸ばすべし。静かに笑っているだけなのは、それがお前の動きで、相手が動いてくれた方が楽だからだ。見え見えだ。隠そうっていう発想自体無いだろうがな……口ぐらいは何とかしてやる!」



 上は任せた。

 そうとも。今日の主役は博光でも護兵でも無いのだ。そのためにいくらでも捨て石になってやろう。些細なキッカケで落ち込むのも人なら、些細なことで深淵すら落とすのがヒトなのだ。

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