幕間――未来交錯線――極地探検・終

 その余りに簡潔な答えに鉄槌の狩人の額に青筋が走った。

 


「万能銃ってなんだ、ふざけてんのは造形だけにしろ」

「……でもこのデザイン見たことありますね」



 記憶を辿っても一向に出てこない護兵に入間も考えて応える。これで意外に多くの文化を嗜んでいる面もあるのは、人生を楽しめている者の特権かもしれない。



「あ? あー、アレだ。カートゥーン版のアレで見たことあんな……カートゥーン? おい、ちょっと待てよ……ひょっとしてコイツらよぅ」



 その豊富な雑学ゆえに、入間は考えたくもない答えにたどり着いた。変わるはずなのに変わっていない光景。そこで起きた異常事態。そしてこの世界では信じられないことも普通に起こる……ならば可能性は無視できない。



「このイカタコ共はもしかして、違う道筋を辿った地球から来たんじゃないか。それだって別世界と言えば、別世界だ」



 己の発言ながら頭の痛い学生のようなセリフだ。入間は顔をしかめるが、同行者達は笑ったりはしなかった。同じような渋面になってしまう。彼らは全員がそれなりの実績を持つ退魔師。

 事態が起こってからではなく、起こる前から駆けつけていたという経験は全員が持っている。突飛なものから絶望感のあるものまで。始まってさえしまえば、多くが戦いで解決するのだが、神秘に関わる事件は過程こそがおぞましく、時に理解不能だった。



「かーとうーん……最近よく行くかふえにある滑稽本だな。黒い霧……とやらが接続した世界というのが、絵草紙のものってぇことか?」

「こんな世の中だ。あり得ない話じゃあないだろ? お前らも俺も対神秘のスペシャリストだって思われているが、実際のところはどうだ? 全ての異変を知っているか?」



 知っている訳がない。それを知っているなら退魔師などしていない。

 現代の神秘は、ハルマンによる神秘暴露によって無数に枝分かれしている。元から膨大だったものが、無限に変化したようなものだ。個人が知ることのできる範囲など小枝よりも小さい。

 そしてそれは妖怪や怪異……深淵にとっても同じことなのだ。



『話し合いは終わったか? 返答を聞きたい』



 人の死体すら道具のように扱う、古のもの。その声からは焦りが感じられる。

 地球へとたどり着いてから、他の古代種族の襲来まで全ての種族を率いていた威圧感は薄まっている。この万象溢れた世界と接した上は彼らもまた一つの種族に過ぎない。



「己の性質を色濃く世界に滲み出させて新しい領域を作り出す、いわゆる創界法。彼の術のように、余りに多くの者が思い描いた一つの仮想神話が形を持った? あるいはあの創作群自体が実際にあったことであった? どちらでしょうね?」

「あっちが本当の世界で、我らの方が異形だった……は笑えないがな」

「胡蝶の夢めいた話に発展して行きそうですね……」



 ともあれ、選択肢はあまり無い。

 彼らを排除するかは置いておいても、黒い霧の効果をこの地から排除できるというのは魅力的な提案だ。ひどい話だが異星異界の存在のことは後で決めればいい。それに本当にあの万能銃で解決できたならば戦う必要もない。

 意外なようだが、完全に不要な戦闘はできるだけ避けるというのは重要な要素であり、守っているものも多かった。無論、気に入らないというだけでも充分に戦う理由にはなるのだが……


 より気に入らない存在が登場すれば話は別となる。

 世界の境目に立つ彼らの感覚は鈍くなっていた。考えに没頭し、鼻は異界の匂いでおかしくなっていた。領域の違いが霊的肉体的視界をぼやけさせる。

 氷原を踏みしめて、人間たちがこちらへとやってきていた。



「そんなことはどっちでも良いことじゃないかね!? 未知が! そして新たな隣人を得る機会! この異変を終わらせるなど、とんでもない損失だ!」

「教授? 本陣にいたのではないので?」



 長くゆったりとしたローブ。魔術師然とした格好は間違いなく、神秘学教授、ダンセルのものだ。長い髭にも、ローブにもびっしりと雪と霜に塗れて滑稽に見えるが、目の血走りで笑えない。



「それこそどうでもいいことだ……あちらが現実であれ、こちらが空想であれ……異界への接合技術が齎す無限の可能性の萌芽だ! 摘み取ってはならん! その銃を持ち、ここから一旦離脱するのだ! そして、装備を整えて出直す!ここを維持して異界の存在の研究の場へと生まれ変わらすのだ!」



 正真正銘異界の技術。世界各地で展開された世界を繋げるテロ活動は皮肉にも一部の技術を急速に進化させていた。そのほとんどが文明ではない土地だけの接触だったにも関わらず、だ。高い知能を持つ隣人を得ることができれば、その発展は凄まじいモノになることは疑いない。

 あらゆる問題を無視すれば……だが。



「……この異界生命の話が本当なら、こちらの世界にも随分と悪影響を及ぼすようですが?」

「学問の成長が加速する! その前には些末な犠牲だ!」



 連合も同盟も、どうしたものか分からず動けずに居る。深淵も先程までのような奇怪な愛嬌を捨て去って、人のやることを傍観していた。

 十兵衛はどちらかというと興が削がれたと言った風情だが、そんな中で老人の狂気だけが加速していく。延々と続く語られる理想、それを打ち破るのは……



「あー、駄目だこりゃあ。身内からゲスイカを上回るクズが出ちまった。あー、もしもし教授? あんたが危惧していたとおりになったぜ……ああ、オーケー。これより依頼の遂行を開始する」



 さらなる狂気だけなのだ。

 ゴスッという気味のいい音がしたかと思えば、事態はすでに収束していた。

 入間の鉄槌が脆くなった頭骨にめり込んでいた。



「さてと……癪だが、その連中の言うことに従って黒い霧の後始末をしようや」



 突然の凶行に誰も言葉が出ない。

 何を……と探索本部の隊員達が口を開きそうになったのを身振りで制して、入間は通信機を掲げてみせた。



クライアントも・・・・・・・そう言っている。しがねぇサラリーマンならやらなきゃな」

「クライアント?」

「もう一人の責任者、地質学者のレイドンだよ。本当なら出発前にかたを付けたかったんだが、ダンセルが狩りの対象となる証拠が掴めたのが今しがた。この爺、最初からここにイカ共がいることを当て込んで裏で色々と細工をしてやがった」

「はぁ……なぜ空中基地の中で寝起きしていないのかと思えば……」

「ハルマンの神秘暴露で急激に成り上がって頭が飛んじまったらしいな。最初から疑ってたレイドンは、俺を指名して雇った。そんなわけだ……悪く思うな?」



 入間は面倒そうに、歩きながら等身大イカの肩らしき部分を叩いた。叩いた後、手に付着した液体に顔をしかめる。軟体生物めいた存在と、鉄槌をかついだ人を先頭に、事態を解決するために人の列が動き出した。それはまさにこの時代らしい光景だった。


/


 奇妙な電気を地面の亀裂の中に打ち込む作業を、探索者達が行う。その作業から外れて、男が一人だけ場から離れた。彼は入間、十兵衛、護兵が戦闘を繰り広げたエリアにたどり着くと、わずかに流れていた異界生命の体液を試験管の中に入れた。

 それをしばらく揺らした後、微笑んだ。


 笑みが消えると同時に、男の姿は南極には無かった。

 


 

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