幕間――未来交錯線――極地探検・⑤

 イルマ達三人が奇妙な邂逅を果たしている頃、緊急事態に慌てふためく乗組員の中で別の理由から興奮している者もいた。責任者でもあるためにテントから呼び出された魔術師ダンセルだ。

 こうした場合の対処法など、そうそう決まるものでもない。第一、彼は魔術師然としていても学者ではあったし、荒事の指揮に向いていない。本人が荒事ができないわけではないが、能力と気質は全く別のことなのだ。

 早々に即応を諦めて開き直り、ボーリング調査で得た資料を最新の工学機器と魔術的装置から解析していく。普通なら見落とす反応を、ダンセルは長年の経験から見逃さなかった。



「なんと、なんと! レイドンはこの地では黒い霧は効果を及ばさなかったと信じているが……!」



 目を爛々と輝かせて、機材が示す結果の微細な変化に快哉を叫んでいる。それが世界にどう重要なのか。それがどう役に立つ日が来るのか。などといったことはこの老学者の前では些末事だ。

 


「黒い霧は発動していた……! 確かに別の世界をつなげていたのだ!」



 ただ単純に事実が解明されたことを喜んでいる。

 その前に幾らかの乗組員が死傷したことなど、ダンセルにはどうでもいいことだった。



/


 『あなた方はどこまで現状を把握している?』



 死体を使って人語を表現する。恐ろしくおぞましいが、同時に知能の高さを示してもいた。深淵と称される者たちの原典に相応しく、善悪云々ではなく理解しあうことができない。そもそも対話を試みるのならば、相手の同胞の遺体など使ってすべきではない。

 もっとも、彼らにとってはそれこそどうでもいいことだ。同じ知的生命体としても、古の者たちにとって人間たちは下等に過ぎた。



『随分と粗雑な次元接合技術だ。しかし、それゆえに抜け出すことを困難にした。現状で解決を図れば、どちらか……あるいは両方の世界に影響を与えかねない』

「……とりあえずこの死体を使って喋るクソは潰して良いよな?」

「同意したいところだが……会話も戦の花とはいえやり辛いことだな」

「とりあえず言い分だけ聞いておきましょう。会話を引き伸ばして、目で連中とのピントが合う波長を見つけられるかをやってみましょう」



 十兵衛とイルマにとってかなり不本意な提案だった。

 万事中道からモノを俯瞰する理想を目指す護兵からしても、不承不承といった具合なのだから仕方も無いことだ。価値観の違う相手との遭遇は現在において珍しいことではない。だがそれに慣れるかは完全に別問題で、上手くいかないことの方が大半を占める。


 殺意を収めたものの、戦意を漲らせたままの三者を古のものは呆れたように見ていた。



『単純かつ選択肢が実質無いというのに悠長なことだな。しかし、原始的種族とは言え耳は付いているようで安心する。我々が提示する提案こそが、この不本意な遭遇を終わらせることだと納得することができるだろう』

「やっぱり焼きイカにしようぜ、コイツ」

『待て待て。失礼した。優雅さからあえて遠のいた迂遠かつ、感情的な種族と言い換えよう』

「イカは切れ目を入れるのが包丁の基本だと聞くぞ。考えて喋れ、人外」

『全く……これだから現地種族は……我々が見守っていた恩も忘れ果て……』

「あー、良いから話を進めてください。この際事務的な会話しかしないほうが良いでしょう。分かりあえないなら分かりあえないなりの接し方があることぐらいは深淵でも弁えていただきたい」



 ふんと鼻を鳴らすが、鳴っているのは死体の鼻だ。

 それも生業を同じくし、同じ任務に参加していた者の死体だ。コレの中身が聖人であろうとも同種族を納得させるのは難しいだろう。同じ人間の死霊術師でも世間からは白眼視されているのが現状なのだ。



『では解決作を提示しよう。この……』



 スチャっと擬音がしそうな仕草で深淵の一人が、奇妙な機械を取り出す。丸の先に4つの棒が生えて、先端部分は尖っていいない。奇妙な金属製の代物で、それを機械と判断されたのは棒と棒の間に電気が走っているからに過ぎない。



『万能銃を使って次元接合の跡地に楔を打ち込めばいい』



 凄まじく短い答えだった。

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