幕間――未来交錯線――極地探検・③

 司令部が対応に追われている間、既に十兵衛、イルマ、護兵の三名は現場へと急行していた。

 人選がどうだ、方法はどうだ、時間はいつが良い。それらを一顧だにせず、三人の退魔師が氷原を駆け抜ける。


 性質が悪いのか良いのか。彼らはそうした議論を無価値だとは思っていない。

 大事なことだし、効率も良くなる。生命がかかった事件なればこそ良く話し合って決めるべきだと理解している。しかし、それでも三人の足に迷いはない。

 会議のメリットを捨てても、情報を取りに行くべきだと判断したのだ。詳細を把握していない以上は趣味の差としか言えない。しかし情報の鮮度が重要なのは事実である。敵の正体が分かり、それを伝えられたのならば……最悪三人が死んでも後の面子がやりやすくなる。


 良くも悪くも彼らはプロだった。負ける気は微塵も無いが、同時に最悪の事態でも布石を打つようにできてしまっている。それは数多の経験からの教訓……というよりは意地だ。

 ただでは死なない。例え首だけになっても相手へと食らいついて引きちぎる。師として、ベテランとして、旧家として。思いは様々でも誇りを足場に駆けつけるのだ。



「すまないが、先に行く」



 言葉と共に一行から抜きん出たのは護兵だ。

 操気師にして気功使いである護兵は瞬発力で他二人に劣っても、持久力に長ける。駆けつけるという点においては適任だ。加えて万能さから来る粘り強さが、戦闘に陥った際の補助輪となる。他二人が駆けつけるまで持ちこたえる能力があった。



「気刃生成! ソリの型!」

「器用だな、オイ! 最初からしろや!」

「ほう……」



 足回りを覆った発光体でこれまでを助走として、最高速を維持したまま滑り行く。

 ソリというよりはスキーかスノーボードだろう。そうしたツッコミをイルマと十兵衛はしなかった。強者として単純に褒めていた。

 足から刃を生成するのは地味に高等技術だ。気功士ではない彼らだが、ちょっとした応用の難しさを知っている。


 もっとも護兵からすればむしろ船の感覚に近かったりもする。足場の悪さを克服して、かき分けていく力強さだ。


 ともあれ、その速度を持ってして寸毫でも速くたどり着く!


 そうすることで後ろに繋げることこそ、護兵の役割だ。英雄になれないことは知っている。だが英雄の手足となることはできる。経験と力量から立ち位置を見切った護兵に迷いはない。

 それほどに十兵衛とイルマの力量を高く評価している証だ。

 彼らは自分よりも強い。しかし未だにそれを素直に認めることが自身の非凡さだとは気付いていない護兵だった。



/


 そうして辿り着いた。未だにエアローターから煙が立ち上っている。

 金属の残骸と、人の肉片が飛び散る様は分かりやすく地獄絵図だ。不快感に耐えて周囲を確認すれば、奇妙な点が幾つも見て取れる。

 退魔師らしき死体は、爆発に巻き込まれたと思しき死体とは違い比較的整っている。いいや、整いすぎている。


 強力な攻撃でできた損傷のようだが、それではもっと派手に吹き飛んでおかしくない。にも関わらず遺骸は四肢が揃っている。これが何を意味するか……護兵は、そして残る二人も知っているだろう。



「こちら、護兵。先遣隊は全滅している。状況から未知の敵……恐らくは深淵の類と予想される。以上」

『ああ!? 無駄足か!? クソが、もうちょっと持ちこたえろってんだ。それでも退魔師か! 敵は!?」

「敵影無し。しかし先遣隊の成果はある。刺激臭のする液体が雪に染み込んでいる……解析に回せば、対抗するに便利な武器が出来るだろう」

『先槍もただではやられなかったか。彼らの冥福を祈ろう。しかし、手傷を負わせたが体液だけ……敵には知性があることは疑いないな。深淵の類という意見の根拠は?』

「妖怪の類にしては遊びが見えない。能力は退魔師達を上回っていただろうに、必死に撃退したような跡が残っています。つまりは……」

『人間を知らないってか! ファック! ライブラリにも無い類かよ! 面倒くせぇぞ、ふざけんな!』



 遠くからきっちりと状況を把握しているらしいイルマに護兵は舌を巻く。

 イルマは鉄のような男だ。熱されて赤く輝いているが、それでも本質は固い無機質さを併せ持っている。



『もう少しで我々も着く。護兵、気配を消して待っていてくれ。三人揃った方が良い。戦は数だ』

「了解です、十兵衛さん」



/


 数分後に十兵衛とイルマも現着した。

 二人は護兵とほぼ同じ意見を持ったが、同時に独自の意見も持った。



「こりゃ相手は複数だな。生意気に仲間をかばったような感じだ」

「連携が取れているな。少なくとも似た形の徒党ではあったようだな。こうした類は兵に近い怖さがある」

「それならば、先遣隊がやられていることも納得がいきます。私達の仲間も雑魚ではなかったようです」



 赤と緑が染み付いた氷と雪。それらに残された足跡や穴から一行は情景がありありと想像できた。奮戦したであろう同業者に敬意と哀惜が募る。



「引きずったような跡もあるな。人型じゃないかもだ」

「尾で持っているのかな。敵は理知的だが、それゆえに余り遠くまで行っていないはずだ。馬鹿じゃないほうが読みやすいのは我々には僥倖だ」

「つまりは……」



 人間に近い思考形態を敵が持っていたのならば、そして賢いのならば。半端な真似はしない。速やかな完全撤退もしくは……



「待ち伏せか。深淵は自分たちの臭いに無自覚なのが玉に瑕ですね……ってあれ?」



 殺る前に殺る。シンプルで効率的な思考を持った敵のエントリーに、護兵は間抜けな声を出した。理由は敵の姿形にあった。星型の頭部、幾つもの触手。方向性の違う知性。



「はぁ!? まんま旧支配者じゃねーか!?」



 イルマの叫びが谺する。

 確かに完全に予想外の展開だった。

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