幕間――未来交錯線――極地探検・②
爆散し、四方に破片と炎を撒き散らすエアローター。回転したままのローターが爆煙を纏いながら斜め下へと離れていく。どこに巻き込まれても即死は免れない……常人ならば。
そこから4つの影が飛び出した。エアローターに搭乗していた護衛役の退魔師達だ。
平均して高いレベルと称された彼らにすれば常人にとっての必滅程度、あくびが起きるほどに緩慢だ。とは言っても起きるはずも無い事態だ。警戒を通り越して戦闘態勢に移行しながら、各々の術技で地上へと落下した。
「負傷者と死傷者は?」
「パイロットと学者がそれぞれ一名で計2名死亡。負傷者は副操縦士が重度の火傷。戦闘員は4名とも無傷だ」
他の生き残りは退魔師が咄嗟に抱えられた者達だけ。
状況を考えれば、及第点程度はもらえるかもしれないが……それも全てはここから更に被害者が出ないとしての話だ。二人救えなかったという点が彼らの矜持に傷を付けたが、プロである4人は強いてその感情を抑えた。
「敵、もしくは自然現象でも良い。墜落の原因を見た者はいるか?」
犬頭の男が油断なくハンドガンを構えながら言うが、他の3人は首を横に振った。
後は整備不良の可能性もあるが、神秘と科学で混成した新型の機材だ。仮に不具合を起こしてももう片方の分野で立て直すように作られている。余り高いとは言えない可能性だ。
何よりも退魔師としての勘が、敵の存在を疑っている。4人はそれぞれのやり方で探知を試みる。
「霊符探知は反応無し」
防寒具を着ながら頭に烏帽子を被った男が言う。落下中に四方に放った符で即席の陣を作り出していた手腕から抜け目の無い性格であると見える。
「センサーの類はエアローターの爆発で乱れている。しかし生体反応はここにいる者だけと示している」
フルフェースバイザーを青緑に点滅させながら言う女。緑色のかぎ爪が毒々しいが、一行の前に今にも驚異が現れて良いように飛び上がるような姿勢で皆を案じているのが分かる。
「地脈、霊脈探索。短距離では異常なし……、いや待て長距離で脈に若干の歪みがある。今までに例のない感覚だ」
和服に突撃銃の男が何かに気付く。それは実にほんの些細な違和感であり、臆病とさえ言える神経質な性格が無ければ気付きようもないほどである。
彼は犬頭と元々コンビを組んでいた。その神経質さは相棒をひどくいらいらさせたが、危険時には気にならない……そういう者が言う違和感は重視するべきだったことを犬頭も弁えているからのコンビである。
「どっちの方角だ?」
「かなり遠いが……嗅げるのか? 東寄りの南だ」
「ふん……? 朧げだが確かに奇妙な気分だ。空気が違うようにも感じるが、同時に曖昧……バイザーの、俺の向いてる方向に何か見えるか?」
「当然。最新型よ……変わったものは特に……強いて言えば亀裂が見えるぐらいだけど。
「だろうが……感覚と一致した位置にあるというのが気にかかるな。調べてみるか」
犬頭の発言には全員が同意とはいかない。彼はリーダーというわけではないからだ。
ビジネスライクに考える者、人命を大事に考える者からすれば非戦闘員を無事に帰すのが最善である。一方で驚異は先に排除すべきという者、好奇心第一の考えからすれば亀裂を見に行きたくもなる。
結果として彼らは本来忌避する玉虫色の答えに帰結する。
多彩な手段で動ける符術士が非戦闘員を後方に移送。そして残りがさらなる調査を試みるという手段だ。この極寒の地は完全な防備を施していても人を狂わせるのかもしれない。
「……気をつけろよ」
一時とは言え同じ部隊の仲間だ。気遣わしげに、そして後ろ髪を引かれるような顔で言うと、符術士は即席の
「んじゃ、行ってみるか。おいバイザー、帰らなくて良かったのか?」
「あんた達だけじゃ危なかっしいわよ。前衛不足するし、残ってあげるわ」
「無駄話はここらあたりにしよう。本当に敵がいるなら、遠くと言っても大した距離じゃない。現にエアローターは落とされたんだしな。ステルスできるやつはしておけ」
一行は極寒の地を歩む。
ここを多くの冒険家が歩き、そして犬ぞりで滑っていただろう。だがその時代に比べればこの一行のなんと奇妙なことか。中には防寒具と言えない格好の物もいるが、神秘が実在する今の時代ではそれが防寒具でないなどと誰が言えるだろうか?
同時に環境にそぐわない格好をしている者があれば外からでも手の内を推察することもできる。相手にそんな考え方があるとするならば、だが。
「亀裂だな。確かに……しかし、南極ってのはこうキレイに線を描いて割れるものなのか? いや極地の知識なんて何もねぇけど」
そして一行は拍子抜けするほど早くそこへと辿り着いた。
神秘と進化した科学による軽装。もしくは身体能力の向上が影響している。かつては短い距離を歩くのに数時間というのも珍しくは無かっただろうが、前準備を整えればご覧の通り。
平地とさして変わらずに行動することが可能だ。
しかし、氷の裂け目は奇妙なものだった。
犬頭が洩らした通り、定規で計って線を引いたように一直線。それがどこまでも南極の地を走っていた。幅は狭く、1メートルにも満たない。
試しに一行が飛び越えてみるが、特に妨害のようなこともなく見かけどおりのようだ。
「いえ、幾ら何でもこれは変でしょ。ウォーターカッターだの使ってもこうはならないわよ……これじゃまるで……」
「まさに、断層……か! そうか、これが原因なのか!」
「多分ね。〈黒い霧〉は効果が無かったんじゃない。そしてここが本当に割れた後だとすれば……」
板チョコレートが割れる様子を想像する一行。余りにも鋭くキレイに割れた大地。
敵が見えなかったのはもしかしたら……と想像を膨らまして冷や汗が一滴頬を伝いそうな感覚を共有した。まさに、ああ、まさにその時、犬頭が異常を感知した。
「うぇつ!? 何だ、この臭い……!」
他の者は少し空気が変わったと思った程度。しかし外観通りの嗅覚を持つ犬頭にとっては、毒霧と変わりなかったのか。
純粋に不快な臭いに対する嫌悪感から、嘔吐しかける。そして、涙目としかめた顔のまま銃を構えた。
バイザー女は爪を飛び出させ、和服男は突撃銃を構えて姿勢を低くする。それまで何も感じなかったというのに、一瞬で危機を感じ取ったのだ。わずか1メートル。
そこを境に世界は変わっていた。
戦闘を開始する信号を発してから、数分で彼らの生存ビーコンは消えた。それを知った探険本部は各員を召集して会議を執り行うことをすぐさま決定したが……その時既に3人の隊員が信号が途絶えた地点に近づいていることに気付くのにはしばらくの時間を要した。
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