幕間――未来交錯線――極地探検・①

 本来は風鳴りだけの静寂が支配するであろう南極は、にわかに騒々しいパーティーの会場へと様変わりした。


 駆動する機械音。調査器具が響かせる轟音。曲者ぞろいのヒトどもの喧騒。

 人間たちは忘れてしまったのだろうか。古来、身を隠す者達の前で踊れば岩戸の中の神は這い出てくるということを……

 皮肉にもこの場に集った者たちはその道に精通しているはずだった。



「……ほれ、コーヒーだ。ロブスタだからな、ミルクもよく合う……」

「ああ、ありがとう」



 わざわざ持ってきたのか。直火式のエスプレッソ・メーカーを真剣な目で操作していたイルマが護兵と十兵衛にエスプレッソカップを差し出した。

 苦味の強い芳醇な香りが寒空を一瞬だけ温めるように感じる。その1角だけはキャンプ場のような独特の雰囲気で結界を張ったかのようだ。


 十兵衛は未だにこの味には慣れないのか、少しばかり顔をしかめてはいるがそれでも味わっているようだ。ミルクも合うと言われた護兵はミルクを入れすぎて、イルマから渋い顔をされる。



「ところで……アレは何だ?」



 十兵衛が指さした先には、奇妙な機械があった。

 形自体は奇妙なものではなく、人型と言えるだろうが姿勢が四つん這い……それも肘と膝を時に逆へと曲げたりしてのそれのためにホラー映画の怪物じみていた。

 光沢からすると金属製なのだろうが、奇妙に生物的な印象を与える。



「アレって……ああ、アレか。うち同盟の資金源として開発されたもんでな。戦闘用だったレイブンをわざとデチューンして民間でも扱えるようにした〈ネクストン〉ってんだ。商標・特許出願中。南極探検って言えば犬ぞりとテントと相場が決まってるもんだがな」


 今回の探険には犬も同行しているが、労働力というより貴重な生体ソナーの一員だ。正直なところ人間より価値がありそうであった。



「仕事に口を挟む趣味は無いが……景観が台無しではないか?」



 極寒の地で動く巨大ロボット……確かに地球上よりも宇宙を舞台にした映画の光景と言ったほうが似合いである。



「便利な時代になったとは思いますがね。連合で製作中のカラクリシリーズよりも合理的そうですし」

「なんだそりゃ」

「糸と歯車で動く、単純な操り人形ですよ。凄いデカイですが。完全自動型だと延々と暴れまわるのが欠点で、まだ公の場にはお出ししてませんが……」

「使えんのか、それ……」

「今のところは戦場のど真ん中に放り投げて使っていますね。勝ったら術者が止めに行きますが、劣勢なら歯車だけになっても暴れさせます」

「お前らの方が悪役っぽいぞ!」



 連合の方が同盟より穏やか、というのはあくまで全体的な傾向に過ぎない。旧家の持つ技術を結集させて次の段階を模索していく階段でこそ変態的な技術が生まれやすいのは何かの皮肉だろうか?

 最近の技術について話し合うのは楽しいことだった。神秘の開示で最もわかりやすい変化であり、そして身近に現れる。学生たちから退魔師達まで共通の話題である。

 三人が学生のような馬鹿話に興じながら時間を潰していると、轟音と風圧が話を中断させた。

 

 見れば、UFOキャッチャーのクレーンとヘリコプターが融合したような塊が飛んでいくところであった。



「エアローターか。一応、結構な範囲を調べる気みてーだな」

「カラクリの類はよく分からんが、これだけ人と物を集めたのだ。やることをやっておかねば面目も立つまいよ。学者先生は今の時代では中々の権威なのだろう」

「へぇ意外……でもねぇな。柳生十兵衛っていや親は柳生宗矩だもんな」

「と、なれば十兵衛さんは世が世なら御曹司ですね」

「いや世が世でなくとも、御曹司じゃねぇかな……」



 十兵衛の父である柳生宗矩も相当な有名人だ。剣豪、名人の類に少しでも知識があればその名は知っている。剣士としても相当であっただろうが、大名としても、兵法家としても大人物である。



「親父殿か。懐かしいな……と言っても、拙者が死んだのは親父殿とさほど離れてはいないがな」



 少しだけだが十兵衛の精悍な顔に陰りが見えて、護兵とイルマは大人しく苦い液体を啜った。伝わる話でも十兵衛と宗矩の親子関係は複雑であったが……それだけ思い入れは深いのだろう。

 既に一度人生を生ききった人間の持つ厚みは、他者には容易に計り知れないところがある。



「さてさて……こうして再び世に出ることあろうとは、浮世は正しく迷い路よな。ともあれ、拙者にはこの地は一筋縄では行かない気がしてならん」

「そうなのですか? 見渡せる範囲には何も無いようですが……」



 護兵が周囲を見渡す。視力を特化させる双眸流の使い手である護兵の見渡せる範囲というのは、詳細が分かる範囲を意味していた。人間双眼鏡にして霊的なモノまで感知できる護兵にも何も問題があるようには見えない。



「……あん? 何もない?」

「ええ、影も形も……」

「霊的な視界だけ、強化してもっかい見てみてくれや」



 イルマから先程までの気のいい様子が抜け落ちている。狂気に近い戦意と獣じみた感覚が顔を出している。その指示に護兵は惑うこと無く従った。

 十兵衛の経験からくる勘働きと、イルマの本能から来る勘働き。両方が異常を告げているとなれば、気を引き締める必要があるのだ。現実主義者と夢想家が同じ答えを出した時のように。


 循環する気の流れをさらに特化。溜まりを作ってわざと狂わせて、物理的な面を見る目から位相をズラして観る・・。両方の視界を平均的に強化するのは容易いが、どちらかに偏らせるのは至難の業だ。操気士も結局は生きた人間であるから、幽霊になれる訳ではない。



「……本当に、何も無いですね。これは……所謂ところのなにもないことが・・・・・・・・おかしい?」

「だろうよ、このクソッタレが! 依頼者の大本は何か知ってやがったな! 集めた退魔師の数が多すぎると思ったんだよ!」



 事ここに至れば護兵にも察せられる。

 霊が一切いない。ここは世界の極地であり、確かに生命体は少なかっただろう。だが、探険の最中に死んだものも幾らかはいる。そして僅かながらの野生生物もだ。

 それら総てが残らず成仏して死んだ……というのは些か虫が良すぎる。



「恨みを持ち続けるには辛い環境とはいえ……早計ではあるが、魂まで食らう類の存在がいる可能性は無視できまいよ」

「あり得ない!はあり得ない!みたいな話ですね」



 だが、警戒しておくに越したことは無い。いやさ、すぐにでも動くべきか?

 この探険における不安要素は?


 三人がそれぞれの思考を落ち着けて、出し合おうとしたその時。

 彼方に微かな音と光が……



「エアローターの向かった方角か! クソが、いよいよきな臭くなってきやがった! 血も煙も無い依頼なんてあるわきゃねぇよな!」



 

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