幕間――未来交錯線――極地探検・序

 まさに轟音。

 空気を押しつぶすかのようにして一機……いやさ一基のジャンボ・エア・フォートレスが荒れ地に着陸した。目指す場所はほとんど荒野だが、それでもこの巨体を落ち着かせる場所を探すのにパイロットはしばらく考え込んだものだ。


 そう、ほとんど荒野。というかここは正確には氷原である。

 ここは南極。言わずと知れた世界の極点である。


 パイロットが頭を悩ませていたのは、機体の巨体を載せて本当に安全かどうかを再三チェックしていたからである。結局のところ、無難に地面が見えている僅かな……といっても世間の基準からすれば相当に広いが……地へと降り立った。


 このエア・フォートレスに搭乗した一団の目的は調査にあった。

 世界が神秘の開示により大幅に情勢の変化を見せて、時折国というもののあり方すら分からなくなることもしばしばだが、そうした時こそむしろ気を使うものだ。


 各地に点在する各国の基地から離れたところがベースキャンプとなるのも、搭乗員がパイロットから護衛まで所属がバラバラなのも全ては気遣いから来ているのだ。

 折角実現した幾つかの大学間による調査を要らぬところで邪魔をされたくない。そう言い表すこともできる。


 幸いなことに、魔術と科学が融合して過度とも言える巨体を実現したエア・フォートレスには大量の物資が備蓄できる。事前準備を念入りにしておけば、制限をある程度無視できるほどだ。

 さらに最新型であり、足場が悪くとも一週間は重力干渉で足場を維持できるとさえ派遣技師は豪語していた。

 

 流石にそれは誰も心底からは信じなかったが、とうとう乗客達はこの人を拒む環境の地へと足を踏み入れた。

 しかし今更、この地で何を調査しようというのか……それは当然、神秘による変化であった。


/


「ふぅむ……にわかには信じられんが……〈黒い霧〉自体が当の『百鬼』にもどこへと繋がるかは分からぬという……であるならば、こうしたこともあり得るのか?」



 長い髭をしごきながらルーアルファ大学の神秘学教授、ダンセルが呟いた。教授と呼ばれるような学者然とした格好ではなく、長いゆったりとしたローブをこの極寒の地でも着込んでおり、人がイメージする大魔術師そのものの姿だった。

 よれよれのフードの下に位置する瞳は訝しみと子供のような好奇心で溢れんばかりで、見るものの笑みを誘う。


 いまだ彼が老人とは言えなかった頃は、邪教趣味の変人と揶揄されていたが、ハルマン某の神秘暴露により世間は手のひらをひっくり返して彼を持て囃した。

 その経験が彼を一種の人間不信に陥らせていた時期もあったのだが、共に目指すものがあるこの探検隊では話が別らしい。知恵のある好々爺である。



「彼ら自身の証言と、当時の観測記録から百鬼が〈黒い霧〉――『百鬼という組織が用いた兵器。強力な結界を敷くと同時に副次的に別世界との接続を可能にする。世界各地で使用され、その跡には異界と混在する地域が広がることになった』――をここでも使用したのは間違いないのだが……不発だったのか? ううむ……」

「間違いありませんよダンセル教授。ボーリング調査は既に幾度も試みましたが結果は同じ……かつての調査結果と完全に合致しています。つまりこの南極に変化はなく、別世界との交流は行われなかったということになります」



 対する地質学者のレイドンはいかにもなインテリ型エリートだ。

 格好はしっかりとしたもので、極地用の防寒具を入念に着込んでいるが、それにもどこか品がある。

 家系からして学者を多く排出した、金銭的にも裕福な家系と言われているがそれは真実だろう。現代に甦った善良な貴族といった雰囲気を醸し出していた。


 単純な仕組みのストーブで暖められたテント内で、老人と初老の紳士が採掘した石を前に唸る。

 まさに19世紀末から20世紀にかけての南極探検のような趣だが、それをぶち壊すような存在が人の中にもいるのが今の新時代だ。

 


「この石ころがそんなに珍しいのかよ、れいどん・・・・さんよ」

「珍しいと言えば珍しいが、昔と何ら変わりない……おお、Mr.サムライ。外の様子はどうかね?」

「どうもなにも、化物なんぞ影も形もない。拙者たちのような護衛なんぞ不要であったのではないか?」

「むぅ……異界生物もいないとなれば、やはり何も無かったのか……」



 この環境であろうことか和服。その上からコートを羽織っているが、とても極寒の地で使用するようなものではない。高い身長に合わせて、長い髪が揺れる。隻眼であり、片方の目には眼帯がかけられていた。

 さらにはその腰には二刀をさげていて、場違いなことこの上ない。レイドンのいう『サムライ』という表現がぴったりだ。

 そして彼は実際に侍である。名を柳生十兵衛三厳。歴史にも残る隻眼剣豪が現代に甦させられた存在で、現在は過激側の退魔師団体『同盟』に籍を置いている。過激派とは言うが縁からの関わり。本人の人格は中々に練れており、歴史を知る者たちをそうがっかりもさせないだろう。


 傍らには身の丈2メートルはあろうかという寡黙な巨漢と、小柄な鬼族の娘がいる。柳生十兵衛を同盟から選出する際には異種族への配慮ということから、行動を良く共にする彼らの存在を考えてのことでもあった。



「どう見てもいしっころだけどねぇ……こんなのから何か分かるの?」

「……」

「ははは。それこそ無数のことがだよ、お嬢さん。だが、それが全くの未知だった時代はとうに過ぎたがね。今回の遠征はかつての〈黒い霧〉がいかに極地へ影響を与えたかの調査でもあったのだが……」

「外れか? 平和でいいのか、骨のある敵がいないと嘆けば良いのか……贅沢な悩みになってきたものだ」



 この様子ではむしろ人と人の方が剣呑な存在になりそうだ。

 そう言わんばかりに、十兵衛は今や自分の寄る辺ともなった基地エア・フォートレスを見やった。


/


 元々が旅客機である。

 機内は過ごしやすい内装となっているが、雰囲気は全く快適とは言えない。

 理由は色々だ。可愛いものは研究者同士の対立から果ては所属組織の軋轢まで……そんな中で神経の太い者達も多かった。



「しかし、アレだな。末端ほど看板を気にするってな、どういう理屈だろうな? なぁ、先生よ。あ、コーヒーはエスプレッソで頼むわ」



 機内だというのに黒コートに黒マスクを付けたままで、体格の良い男が言う。

 きちんと帽子はかけてあるあたりにこの男なりの基準があるのだろうが……彼、入間誠は自分なりの粋を大事にしていた。【同盟】アライアンスでも『鉄槌のイルマ』として名高い歴戦の退魔師だ。



「素人が淹れて嬉しいのか? 先生はむず痒いから止めてくれ……今は依頼を受けて来たただの連合ユニオン

の退魔師だよ……はい、どうぞ」

「ありがとよ。コーヒーってのは他人が淹れてくれるから美味い時もあるのさ。まぁ大体は自分てめぇで淹れるけどよ……あー、50点」

「実に俺らしい点数をありがとう」



 苦笑しながらビジネスコート姿の退魔師が返した。

 洒落た眼鏡と短髪で、他の面子に比べれば真っ当な見た目と言える。実際に切った張ったの世界に生きる者としては酷く地味なところが彼……双眸護兵にはあった。


 各勢力に配慮しただけあって、探険隊護衛の人選は各勢力から実力と人格を考慮して指名されていたのだが……【同盟】と【連合】自体が敵対まではいかずとも、険悪だ。必然的にピリピリとした空気が機内に満ちている。



「組織が組織として機能しているから、恩恵に預かれている者が多いという証拠でもあるだろう?」

「冒険の旅に、呉越同舟。見知らぬ敵を前に一致団結か、仲違いで起こるサスペンスか……せんせ、じゃなかった護兵さんよ、どっちに賭ける?」

「生憎、つまらない人間でね。どちらかと言えば前者で行きたいな。最後は皆で肩を抱き合って、朝日を前にハッピーエンドで」

「はっ! クソB級っていうよりは全米が泣いたって感じだな! あーリクライニングシートよりも、外の氷を前にしたほうが美味そうだ。俺たちも降りようぜ。何も無くともソッチのほうがマシさ。今度は俺が100点のコーヒーを淹れてやるよ」



 入間誠は長年の経験から、双眸護兵は流派の観察眼から共に感じ取っていた。この探険はどうにも無事には終わらない、と。現在の情勢から退魔師を雇うのは分かる。派閥への配慮もだ。

 だが、指名された退魔師のレベルが全体的に高すぎる。総じて中の上から、上まで踏み込みかねない面子を揃えている。そして……ここは〈黒い霧〉が発動した地域だというのに、使用者であるテロリスト集団百鬼なきりがなぜ残っていない?


 疑問が分かるときにはそれに対して言えることは唯一つだけだろう。このクソッタレ。

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