スランプに立ち向かおう!

 落ちていく。

 空舞う戦乙女は、その鋼鉄の羽を撒き散らしながら遥か上空から叩き落とされたのだ。


 散華という言葉のようにパラパラと……父から受け継いで己のために改良した専用の甲冑が砕けて、中身である女諸共落下していく。

 数十秒後には凄まじい衝撃が自身を襲うだろうが、そんなことすら頭に浮かばないままに女は嘆きに胸をかきむしられる。



「なぜだ……」



 なぜ届かない。そう伸ばした手は虚しく宙をかいただけで敵には全く届いていない。

 敵は空に浮かぶ太陽。黒く、波打つ表面の全てが人のソレによく似た目玉ではあるが。

 

 これこそが彼女が討つべき敵、深淵。本来の神々だとも、異界の住人あるいは邪神、そして星の来訪者とも称される。つまり何もかもが判然としない。だが、確かに世界に存在している最悪の邪星共。

 それを討つのが封印騎士たる彼女の使命。そのはずだったが、現状は……



『こちら、レイブン1es部隊。目標地点に到達した。直ちに撃退ないし封印を試みる』

『ひょーっ!コテコテの深淵だ。野郎ども、落とされてもレイブンから出るんじゃねぇぞ!脳がやられたら俺が後ろから撃つからな!』



 大型の航空機が深淵の出没地域を通りすがっていく。恐らくは深淵から発せられる精神汚染から遠ざかるためだろう。そして、通過中に大きな、しかし空に対しては小さな人影を幾体も放り出してくる。

 機械と神秘で編まれた今様のゴーレム。人が乗り込む人型戦闘機械〈レイブン〉という兵器達だった。


 鋼鉄の無骨な羽で、吹き出る熱と速度で無理矢理に空を飛んでいる彼らは勇敢にも深淵へと突き進み、オレンジ色の光彩を空に加えた。

 深淵を何とかしようと足掻くその姿。それは本来なら同志とも言えるだろう。



「ああ……」



 だが封印騎士は、いやベリンダ・ミヨシは居場所を奪われたように感じてしまった。醜い感情だと思っても、それは止まらない。

 甲冑姿の古式ゆかしい騎士でありながら、細身の鎧に刻みつけた魔術で空舞う。それが封印騎士としてベリンダが他と違う点だった。

 しかし、航空力学すら活かしたレイブンの前では身を削るような飛行は不格好に過ぎた。深淵という存在の影響力から身を護る、その点でも文字通りに全身を分厚く覆う彼らには遠く及ばない。

 サイズの違いから火力など比べるのもバカバカしい。

 そして、より多くの人に扱える。



「私は……」



 宿敵であるはずの深淵ではなく、新時代に現れた上位互換の存在によってベリンダは空から落ちていった。


/


 包帯でミイラのようになった女を見て、双眸護兵はため息をついた。

 怪我をしてふらりと曽良場の街へと顔を出すのは珍しくは無かったが、今回は極めつけであるようだった。

 包帯はほとんど全身を覆っており、片目と短い金髪がぴょこんと飛び出ている姿から辛うじて風変わりな友人、ベリンダであると判断できる。


 退魔師であり、数回は深淵を見たことがある護兵だが専門家という訳でもない。見たら逃げるか、遮断なり封印するか考えるのが普通だ。正真の神と同等以上とも言われる深淵は戦うべき相手ではなかった。

 長年を神秘の裏稼業に生きてきた護兵でも最後まで戦ったのは、青春時代の疑似深淵相手の時ぐらいのものだ。


 そんなことは承知の上で、深淵へと食らいつくのが封印騎士だ。彼らが深淵を相手にするのは仕事ではなく、誓いであり義務なのだ。



「それはそれとして、少し傷を負いすぎたな。魔術であれ、科学であれ、再生治療の連続はオススメできない。気による療法も限度を超えれば同じことだ。しばらくは休むんだな」



 ここのところのベリンダは深淵を相手にし過ぎであった。戦闘、治療、また戦闘……となれば当然に肉体はついて行けない。

 特に封印騎士の中でも少し風変わりなベリンダは所謂ところのソロ。単独戦闘者だ。特殊な甲冑を用いるため、騎士らしい集団戦術も取れないため仕方の無いことではあるが傷は増える一方だ。



「大体個人用の甲冑サイズのシールドでは精神汚染も完全には……ベリンダ?」

「……」



 眼の前で手を振られてもベリンダは身動き一つしない。療養先を借りるために事情を話したところで、精神的に振り切ってしまったようだが、自分も戦闘者である護兵はその気分に覚えがあった。



「スランプか。これは重症だな」



/


 官庁と学び舎が奇妙に融合した趣のある曽良場大学の学舎。その一室で、茶飲みがてらにベリンダの一件を話す。華風はオカルト絡みになると常軌を逸した行動を取るが、友人には案外と真摯でありベリンダはその対象だった。

 室内は散らかっているとも言えるのだろうが、積み上げられた本はピッタリと整列しているのが二面性のある彼女らしい部屋だ。



「ふぅん。スランプね。ソウボーくんもそういうのあったんだ。地味なのに心臓に毛が生えてる質なのに」

「俺の話になるんですか? まぁスランプと言っても俺の場合は大したことありませんでしたがね。地味な流派ですから、限界点は自ずと分かっていますし」



 双眸流はきちんと体系だった流派だ。堅実に強く成れる強みはあるが、爆発力に欠ける。自分では達成困難な事態に陥った時も『結局は地道に鍛え直す他ない』という結論に至るので、かなり早い段階で悩むのは辞めた。



「そこ行くところ、封印騎士は相手が相手だ。目指している高みは宇宙の彼方ですからね……一度迷うと何も出来なくなるでしょうよ」

「時期なんか考えると……この空飛ぶ目玉事件のことなのかな。同盟が対処したっていう」



 狭霧がやたら広く、そして薄いモニターのリモコンを操作すると丁度ニュースでの検証が行われているところだった。

 深淵の被害よりも、墜落した兵器による二次災害などに重点が置かれているあたりが如何にも昼時のニュースである。テロップにはでかでかと『同盟の対処法は本当に正しかったのか!?』とある。知ったことか。



「映像には出てないけど、このロボットの前にベリンダちゃんが戦ってたってことなのかな? それであっさりと負けて自信喪失っと」

「身も蓋もないですね」



 なんとも救われないことに件の深淵はしばらくレイブンを相手に遊んだ後、自分でどこかに帰っていったらしい。はた迷惑なことだが、むしろどこのアホが呼び出したのかを捜索する段に世間は入っている。

 そうなると、猪武者ならぬ猪騎士であるベリンダにはますますできることがない。



「深淵なら私にも見えるんだよね?」

「まぁ強大で意味不明なのを一括りに深淵と呼称しているだけなので、一概には言えませんが……可能性は高いかと」



 霊的なモノを感知できない華風だが、深淵クラスの存在はとにかく巨大だ。神秘の要素は見えずとも、物質的な質量も桁違いであることが多いために華風でも異形を見れる確率は高い。



「って今回、部長の嗜好はどうでもいいんですよ。我らが友人をどう励ますかという、過ぎ去った青春のような悩みですよ」

「まだ過ぎてないよ? そっちに話を戻すと単純にスランプって訳じゃないと思うよ、ベリンダちゃんは」

「分かるんですか?」

「んー、そう難しい話しじゃないよ。ベリンダちゃんは父親から封印騎士の座を受け継いだんでしょ? 活動する中で深淵を許せない気持ちは確立しただろうけど、切っ掛けが受動的だったんだ。簡単に言うと幹が頑丈なのに、根っこが弱いままなんじゃないかな?」



 はぁ、とピンと来ないので生返事をする。

 自分とて操気の法を身につけたのはそういう家だったからで、当主の座も長男だから得たものだ。しかし、それでも根っこから揺らいだことはない。

 世には善悪関わらず倒すしか対処が無い相手がいる。自身の卑小さとやるべきことは別のものだ。それが自分の考えであるからで……



「ああ、根っこが無いってそういうことですか」

「突っ込み入れようと思ってたけど、自分で気付いて安心したよ。ベリンダちゃんは自分で思っているより普通の感性の子。まとめるとそういうことじゃない?」



 鎧を着るよりも制服や流行りの服を着て、真っ当に生きるのが似合うということか。

 ベリンダの容姿と実力に気を取られて、自分を含めた誰もそこを見なかったのだ。似合うからと言って、戦乙女が無理をしていると誰も気付かなかった。



「開祖の域は遠いですね。当主がこれでは、あらゆるものを見通すという理念が泣きます」

「ふんふん。となるとやることは簡単だけど……ソウボー君にやらせるのは私が気に入らないな。かといって博光君では賢すぎる。……よし、ここは私がひと肌脱ぐとしようか」



 元よりその積りではあるが、華風の中ではなにやら既に構想があるようだ。同じ女性として分かることもあるのだろう。

 ここは自分も予定通り、華風に任せるとしよう……

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